陰キャな凄腕プログラマーくんの視線が気になって仕事になりません!

解凍

 今更ながら、私はあの日のことを後悔していた。

 海堂の会話を盗み聞きしていたこと、そして憎まれ口を利いてしまったこと。もう合わせる顔がない。

 いつもよりゆっくりとした足取りでオフィスに向かった。

「おはようございます」

「……」

 いつもより遅く着いたせいで、私の朝の挨拶は喧騒に吸収されてしまったよう。

「おはよう、広瀬」

 片手に湯気立ったコーヒーマグカップを持った佐京部長が振り返って爽やかに微笑む。

 佐京部長のこういうところは結構好きだったりもする。他の同年代の女性社員の輪にうまく入れず、どこか浮ついた存在の私を気遣ってくれているようだった。

「おはようございます、広瀬さん」

 後ろから男性の声が聞こえる。

 ほんのりと石鹸とヒノキの香りを漂わせた人物が、背後から私と佐京部長の間に立ち、佐京部長に書類を渡す。

「ありがとう、海堂。お前のスーツ姿を見るのは珍しいな」

 か、海堂さん??

 いつもカジュアルな服装をしていたため、彼のフレッシュなスーツ姿を見るのは久しく、そのインパクトは凄まじい。キリッとしたスーツの線が、彼の涼しげな顔をより一層引き立てていて、おまけに眼鏡も掛けていないせいで、本当に別人のようだ。

「今日はクライアントと打ち合わせがありますので」

 淡々と佐京に告げ、目を合わせまいとする私にその鋭い眼差しを向ける。横目で見えたその表情は何かを探っているように見えて、頬の熱が上がりそうになる。

「そうだったな。頑張って来い」

 海堂に下がる許可を出すように佐京は言い、私は去っていく海堂の背中を見つめることしかできなかった。

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