陰キャな凄腕プログラマーくんの視線が気になって仕事になりません!
「海堂くん、他にチェックの必要な項目はありませんか?」

 新リリース機能に伴い、割り当てられたチェック項目を着々とこなし、残業の必要はなさそうだった。

 窓の外で映し出された高層ビルの背景となった空が、うっすらと杏子色に染まり、他の社員たちは帰り支度を始めていた。

 名前を呼ばれた海堂は一度私と目を合わせてから再びパソコンで何かを打ち出した。

 ガン無視されたと思い掛けた矢先、ピコンと社内のメッセージアプリの通知が画面横から飛び出し、新着メッセージを知らせてくれる。

『ありませんが、このまま帰ってしまえば僕の嘘が部長にバレてしまいますので、皆が帰ってからお帰りください。今日はお疲れ様でした。』

 うそ……海堂くんは私の気持ちを見兼ねて嘘までついてくれていたなんて。

『私のために嘘までつかせて本当に申し訳ないです。海堂くんはまだ仕事があるんですか?今日のお礼にいくらでも付き合いますよ!』

 エンターキーを押して、彼の反応を待つ。

 メッセージを読んだと思われる海堂は少し思案するように、キーを何度も打っては、それをバックキーで消すようなキーの打ち方をする。

 ちょっと返事に時間かかりすぎなのでは、と思い始めたときにやっとピコンと新着のメッセージが入った。

『それではお言葉に甘えて、少しだけ付き合っていただけないでしょうか?ちょっとした表示エラーのバグがありまして、それだけ片付けてから帰ろうと思います。』

 海堂がエンターキーと思われるキーを強めに打ち、私の表情を伺う。

『喜んで協力させていただきます!』

 そう打ち込んで、まだ私を見ていた海堂に小さく微笑みかけると、海堂は目を少し見開き、絡み合っていた視線を慌てて外した。

 何だか、二人だけの秘密のやり取りをしているようなこの時間が、むず痒く感じる。

 海堂くんには助け舟を出してもらい、こうして他ではなくこの私に仕事の協力を頼んでくれるあたり、私に対する評価は以前より大幅に改善したように思えて、「見返してやろう!」と意気込んで気持ちが少しばかり和らいでいく。

『もう一つお願いがあります』

 彼はそれだけ打って、続きをこじらせた。

 痺れを切らした私は、続きを促すように海堂の方を見る。

『差し支えなければ、仕事が終わった後、一緒に食事しませんか?佐京部長のように、僕に気を遣う必要はありませんよ。嫌であればNOと、行きたいと思うのであればYESと打ってください。断られたからといって、僕は今までの対応を変えたりはしません。広瀬さんの正直な気持ちでお答えください。』

 驚きを隠しきれない表情の私を、彼はあえて見ないようにしているのか、彼の顔と頭は完全にモニターに隠されていて、表情を伺うことができない。

 答えはすでに決まっているように思えた。私は指をキーボードの定位置につけて、ローマ字3文字打って、エンターキーを押した。
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