陰キャな凄腕プログラマーくんの視線が気になって仕事になりません!
薄暗い洞窟のような空間で、二人で丸いテーブルで向き合うように座っていた。
セメントで作り出された人工的な洞窟の空間は、来店者にアドベンチャーのようなワクワク感を与えるが、初めて男女で来るような飲食店ではない気がする。
「ここ、すっごく暗くて雰囲気ありますよね」
注文したパスタとワインが届くまでの間、私は沈黙を埋めるための会話に尽力していた。
「そうですね。僕も実はここ、初めてなんです」
「そうだったんですね……」
緊張で膝の上で固く握りしめていた拳に汗がこもり、私は必死に話題を探る。
考えてみれば、数年間一緒に働いていた彼とはまともに話したことがなく、ほとんど知らない。知っていることといえば、好きなファッションアイテムはトレーナーで、ガムを噛むのが好きで、昼休み中はよくイアホンをつけてゲームをして過ごすことぐらいか。
「実はここ、会社付近の女性が喜ぶレストランとして有名なところだと聞いたもので……」
「あっ、そういうことだったんですか。てっきり、海堂くんの趣味かと思っていました。こういう暗いところは何だかワクワクしてしまいますよね……あっ、そういえばお化け屋敷とか暗い場所にいると、人間って不安によってドキドキしてしまいますよね。そのドキドキを恋愛感情と誤解してしまうことを吊り橋効果というらしいですよね」
緊張でつい口走ってしまい、場違いなことを言ってしまったと後悔する。
「お待たせしました。ご注文の品でございます」
タイムリーな食事とワインの提供に内心感謝し、モッチモチなパスタと辛口のワインを堪能する。
お互いにワインを数杯飲み終えると、ようやく普通の会話ができるようになる。
「海堂くんは、どうしてうちの会社を選んだの?ほら、海堂くんっていつも昼休みゲームしてるでしょ?海堂くんぐらいのスキルがあれば、乙女ゲーム会社よりも、普通のゲーム会社の方が面白いんじゃない?」
「あ、言っておきますけど、僕別にゲームが好きという訳ではないんですよ。あれは一種のカモフラージュというか、人に話しかけられないような空気を出すためにやっているだけですよ。それに、実は僕、親会社から今の会社に派遣されているだけなんですよ。数年間だけここで働かせていただく契約で、志望して入ったわけではないんです」
「えっ、知らなかった」
目を丸くして聞く私を前に、彼は初めての笑顔を見せた。
目元が柔らかく細められ、いつもは冷たい印象を与えるその眼差しが、温かく感じる。
「でしょうね。普段あまり会社の人間とは関わりを持ちたくないので、自分のことはあまり明かして来なかった訳ですから」
「では、どうしてうちの会社の人間と関わりたがらない海堂くんが、こうして私を食事に誘うんですか?」
答えは何となくわかっているのに、あえて質問する勇気があるのは、この片手に持っている赤い液体のせいに違いない。
「それは……あはっ、困りましたね。そんなにストレートに聞かれるとは思いませんでしたよ」
海堂は照れを隠すように少し苦笑いをして、眼鏡を外しテーブルの上に置いた。
裸眼ではより一層の引力を持つ瞳に思わずドキッとする。
「……広瀬さんのことを少し、誤解をしていたようなんです。……僕は全てのことに白黒をつけるのが好きでしてね、プログラミングは広瀬さんもご存知の通り、自分で作ったルールをコンピュータに忠実に実行してもらうだけのことです。そこでバグが発生するのは、そのルールに問題があるから。それを解決するにはそのダメなコードを特定して、対処することです。……僕にとって、人間も一緒なんです。バグを起こしそうな人間とは最初から関わらない、というのが僕のデフォルトでした」
「ですから、まず一番に警戒していたのはうちの女性社員でした。まるでプログラミングされているように皆、容姿のいい男性や権威のある男性を見つけるや否や、髪や化粧に注力し、周りが見えなくなっているように思えたんです。ある意味、僕は広瀬さんを含むうちの女性社員を一括りにして見ていました。……改めて、あのような場面を聞かせてしまって、申し訳ございませんでした」
「いえいえ、謝らないでください。海堂くんの言うことは、あながち間違っていません。……うちの女性社員にそういう傾向があるのもたしかですし、私がいまいち彼女たちと馴染めていないのも、そういうところなのかもしれません。女子力が低いというか、何というか……ただ、乙女ゲームが大好きという共通点だけはあるみたいですけどね」
それ以上の言葉が見つからず、私はグラスに残ったワインを一気にグイッと飲み干した。
カールやカラーとは無縁の黒髪に、気まぐれの百均のネイルポリッシュ以外を知らない質素な爪。何をやっても、彼女たちに近づける気がしない。
「別に馴染めなくてもいいではないですか」
漆黒の双眸が、心に抱いている悩みごと優しく撫でるように私を射抜く。
「ぇ……」
「馴染めないなら、馴染む必要はない。馴染めるところ、そのままの広瀬さんを受け入れるところを見つければいいだけのことですよ」
海堂はぶれを感じさせない、真剣な眼差しで言う。
その言葉の指す『馴染めるところ』がどこかのか、海堂の奥深い瞳を覗き込めば、何となくわかったような気がした。
セメントで作り出された人工的な洞窟の空間は、来店者にアドベンチャーのようなワクワク感を与えるが、初めて男女で来るような飲食店ではない気がする。
「ここ、すっごく暗くて雰囲気ありますよね」
注文したパスタとワインが届くまでの間、私は沈黙を埋めるための会話に尽力していた。
「そうですね。僕も実はここ、初めてなんです」
「そうだったんですね……」
緊張で膝の上で固く握りしめていた拳に汗がこもり、私は必死に話題を探る。
考えてみれば、数年間一緒に働いていた彼とはまともに話したことがなく、ほとんど知らない。知っていることといえば、好きなファッションアイテムはトレーナーで、ガムを噛むのが好きで、昼休み中はよくイアホンをつけてゲームをして過ごすことぐらいか。
「実はここ、会社付近の女性が喜ぶレストランとして有名なところだと聞いたもので……」
「あっ、そういうことだったんですか。てっきり、海堂くんの趣味かと思っていました。こういう暗いところは何だかワクワクしてしまいますよね……あっ、そういえばお化け屋敷とか暗い場所にいると、人間って不安によってドキドキしてしまいますよね。そのドキドキを恋愛感情と誤解してしまうことを吊り橋効果というらしいですよね」
緊張でつい口走ってしまい、場違いなことを言ってしまったと後悔する。
「お待たせしました。ご注文の品でございます」
タイムリーな食事とワインの提供に内心感謝し、モッチモチなパスタと辛口のワインを堪能する。
お互いにワインを数杯飲み終えると、ようやく普通の会話ができるようになる。
「海堂くんは、どうしてうちの会社を選んだの?ほら、海堂くんっていつも昼休みゲームしてるでしょ?海堂くんぐらいのスキルがあれば、乙女ゲーム会社よりも、普通のゲーム会社の方が面白いんじゃない?」
「あ、言っておきますけど、僕別にゲームが好きという訳ではないんですよ。あれは一種のカモフラージュというか、人に話しかけられないような空気を出すためにやっているだけですよ。それに、実は僕、親会社から今の会社に派遣されているだけなんですよ。数年間だけここで働かせていただく契約で、志望して入ったわけではないんです」
「えっ、知らなかった」
目を丸くして聞く私を前に、彼は初めての笑顔を見せた。
目元が柔らかく細められ、いつもは冷たい印象を与えるその眼差しが、温かく感じる。
「でしょうね。普段あまり会社の人間とは関わりを持ちたくないので、自分のことはあまり明かして来なかった訳ですから」
「では、どうしてうちの会社の人間と関わりたがらない海堂くんが、こうして私を食事に誘うんですか?」
答えは何となくわかっているのに、あえて質問する勇気があるのは、この片手に持っている赤い液体のせいに違いない。
「それは……あはっ、困りましたね。そんなにストレートに聞かれるとは思いませんでしたよ」
海堂は照れを隠すように少し苦笑いをして、眼鏡を外しテーブルの上に置いた。
裸眼ではより一層の引力を持つ瞳に思わずドキッとする。
「……広瀬さんのことを少し、誤解をしていたようなんです。……僕は全てのことに白黒をつけるのが好きでしてね、プログラミングは広瀬さんもご存知の通り、自分で作ったルールをコンピュータに忠実に実行してもらうだけのことです。そこでバグが発生するのは、そのルールに問題があるから。それを解決するにはそのダメなコードを特定して、対処することです。……僕にとって、人間も一緒なんです。バグを起こしそうな人間とは最初から関わらない、というのが僕のデフォルトでした」
「ですから、まず一番に警戒していたのはうちの女性社員でした。まるでプログラミングされているように皆、容姿のいい男性や権威のある男性を見つけるや否や、髪や化粧に注力し、周りが見えなくなっているように思えたんです。ある意味、僕は広瀬さんを含むうちの女性社員を一括りにして見ていました。……改めて、あのような場面を聞かせてしまって、申し訳ございませんでした」
「いえいえ、謝らないでください。海堂くんの言うことは、あながち間違っていません。……うちの女性社員にそういう傾向があるのもたしかですし、私がいまいち彼女たちと馴染めていないのも、そういうところなのかもしれません。女子力が低いというか、何というか……ただ、乙女ゲームが大好きという共通点だけはあるみたいですけどね」
それ以上の言葉が見つからず、私はグラスに残ったワインを一気にグイッと飲み干した。
カールやカラーとは無縁の黒髪に、気まぐれの百均のネイルポリッシュ以外を知らない質素な爪。何をやっても、彼女たちに近づける気がしない。
「別に馴染めなくてもいいではないですか」
漆黒の双眸が、心に抱いている悩みごと優しく撫でるように私を射抜く。
「ぇ……」
「馴染めないなら、馴染む必要はない。馴染めるところ、そのままの広瀬さんを受け入れるところを見つければいいだけのことですよ」
海堂はぶれを感じさせない、真剣な眼差しで言う。
その言葉の指す『馴染めるところ』がどこかのか、海堂の奥深い瞳を覗き込めば、何となくわかったような気がした。