目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
◇86 お披露目パーティー
事前に何度もこのドレスを試着したけれど、完成したこのドレスは本当に着心地が良かった。そしてとても軽い。そういう生地を使っているのかな。まぁ私にはよく分からないけれど。
「んも~アヤメちゃん最高!」
「ほら思った通り! アヤメちゃんなんでも似合っちゃうから薄ピンクもいいんじゃないかって思ったんだけど正解だったわね!」
ここに立って、って指示をされてあのカメラ魔道具で何枚も絵を撮るお母様。あぁ、だからこんなに早い時間にこちらに来たのね。納得。
「うふふ、残念ね~バート。こーんなに可愛らしいアヤメちゃんをこの目で見られないなんて」
その割には楽しそうですよ、お母様。そして何ちゃっかりお兄様も一緒に並んでるんです? こんなイケメンのお兄様とのツーショットも大歓迎ですけど。果たして何枚撮る気なのだろうか、お母様は。早く来たけど遅れちゃいますよ。
今回のパーティーは、リアさんのブティックの関係者の方々が数多く参加されるそう。確かに、このパーティーはこのドレスのお披露目他の為に開かれたものだし。
本当なら王室主催のパーティーで披露したかったんだけどねぇ~、だなんて恐ろしい事を言っていた事は私は知らない事にした。やめて、そんな事。辞退しますよ。
「母上、そろそろですよ」
「あらやだもうこんな時間? もう、アヤメちゃんといると時間を忘れちゃうわね」
お兄様、ナイスです。
でもさ、お兄様のエスコートって事は今日もお兄様狙いのご令嬢方の餌食、というか巻き込まれてしまうんだろうなぁ。とは口が裂けても言えなかった。エスコートを買って出てくれたんだから言えるわけがない。
「どうした、アヤメ」
「いえ、お兄様今日もカッコいいなぁって思ってました」
「……」
ふむ、今日も効果抜群ですな。まぁ本当の事を言ってるんだからいいよね別に。
「アヤメも……似合う」
「へ……」
「……」
お兄様が、似合うって言った……だとぉ!? え、あの映像を記録する魔道具が欲しかった!! 激レアじゃないですか!! え、マジですか!!
「あ、りがとう、ございます……」
「……」
なんか、今日のパーティー頑張れそう。こんな激レアなお兄さまのお言葉貰ったからなんか頑張れそう!!
とか何だとか言っていたけれど、それでもやっぱりパーティーって苦手で。会場に入った瞬間大注目。しかもこんな素晴らしいドレスを着ているからいつも以上に視線を感じて。
でも、気持ちは分かる。こんなに美しいドレスが目の前にあったらうっとりしちゃうよね。でも着てるのがこんな16歳の小娘ですみませんっていう気持ちでいっぱいです。
「とても素晴らしいドレスですね。ご令嬢が着ていらっしゃるから、最大限ドレスの魅力を引き出しているという事でしょう。本当に素晴らしい」
「いえ、そんな事は……」
「カーネリアンとルーチェリンを繋げた立役者、と言ったところでしょうかね」
いや、ほめ過ぎですって。これはリアさんとパトラさん二人の力で作り上げられたドレスなんですって。私はただマネキンをしていただけですよ。
「これほどまでに素晴らしいドレス、私には到底着こなせませんよ」
「そうです、見劣りしてしまいますわ」
いや、だからドレスを褒めてって。見るところが違うって。
そんな心の中の私のツッコミは全く彼女達には届かなかった。
「大丈夫か」
「え? あ、いえ、大丈夫です」
「そうか」
もう絶対このドレス汚せない。そんな緊張もあって顔が引きつっていたのかしら。お兄様がそう聞いてきた。もう帰ろう、だなんて言い出しかねなそうだし。やめて、今日はこのドレスの為のパーティーなんだから。
でも、そんな緊張は違うものに変わったのだ。
そう、とある人物の登場によって。
「初めまして、わたくし、プリシラ・ホリトンでございます」
どこかで聞いたような名前。そう、あの殿下との手紙のやり取りでだいぶ沢山書かれた名前。殿下の想い人である!!
あらまぁとてもお可愛らしい方ですこと。うん、殿下ってこういう系が好きなんだ。可愛らしくて、守ってあげたくなっちゃいそうなご令嬢って感じ? 学院で彼女の妹さんとお会いしたけれど、確かに顔が似ていらっしゃる。髪色は違うけれど、とても綺麗なミルクティー色だ。
「とても、アドマンス嬢にお会いしたいと常日頃から思っていたのです。今日お会いできてとても光栄です」
「こちらこそ。以前学院で妹さんとお会いした際、貴方が会いたがっているとお聞きしました」
うん、声も可愛らしい。お人形さんみたい。でも、ちょっと待て。
「あの、アドマンス子息にもお会いできて光栄です」
「……」
ちょっと待て、なんだその顔は。頬を染めちゃっているではありませんか! え、まさか、そのまさか!! もじもじしちゃってるし! どこからどう見ても恋する乙女じゃないですか!!
え、もしかしてお兄様が好きなの? まぁ確かにお兄様はもう完璧なイケメンですけど。でもまさかお兄様ですか!! え、じゃあ殿下の恋敵が、お兄様!?
やばいな、やばい事になってしまったぞ。え、じゃあお手紙どうやってお返ししよう。パーティーに来る前に殿下からお手紙が来てたからお返事を返さなきゃいけないんだけど、え、これ書いたほうがいい? やめた方がいい?
困った、非常に困った。
お兄様、何と罪な人なのだろうか。
「アドマンス子息はいつもパーティーなどにはご参加されませんので、今日お会いできて、こうしてお話が出来てとても嬉しいです」
「……」
お兄様、何か喋ってあげて。お願いだから。可哀想だから。
一体私、どうしたらいいんだろう。勿論殿下の事は応援したいよ? でも相手がお兄様でしょ? 勝てる? いや、お兄様の気持ちというのもあるし。でも……その顔、だいぶ興味なさそうだな。
いっそのこと、お兄様を喋らせてこの言葉のキャッチボール皆無な所を分かってもらっちゃう? そしたら諦める? いや、でもそれではこんなにお可愛らしいご令嬢の恋心を踏みにじっちゃうかしら。あ~も~難しい!!
「……お兄様、私リアさんの所に行ってきますのでご令嬢とお話されてはいかがですか」
「俺も行く」
「お兄様! ご令嬢を一人にさせる気ですか?」
「……」
いや、そんな不満顔しないでください。そっち見て、とっても嬉しそうなご令嬢の満面の笑みを。
ではごゆっくり、とリアさん達の所に早歩きで向かっていったのだった。お兄様足長いから捕まえられちゃうかなとも思ったけれど、あら、追いかけてこない。でも、帰ってから何言われるか覚悟はしておこう。怖っ。
「あら、フレッドは?」
「置いてきました」
「あらあら、私抜きで何面白い事してるの?」
え、お母様何楽しそうにお兄様捜しちゃってるんです? あらやだあの子女の子と話してるわよ! ってテンション高いんですけど。まぁレアなのは分かるけれどね。
「ねぇねぇアヤメちゃん、疲れちゃったんじゃない?」
「え? いえ、全然」
「こぉら、そろそろ一回休んできなさい。いろんな人とお話して疲れてるでしょ?」
「あの……」
「休憩室があるから、行ってきなさい。あとで迎えに行ってあげるから」
この人に連れて行ってもらいなさい、とメイドさんを呼んでくれて。では失礼します、とその場を後にした。
なんか怪しい。あんなに強引に。大丈夫だって言ったのに。
ではこちらでお休みください、とお部屋に案内してくださった。普通の客間のようなお部屋だ。部屋に何かあるんじゃないかって思ったのに、なぁんだ何もないじゃん。
「ふぅ」
ドレスに皺が寄らないようそぉーっとソファーに座った。こんなに凄いドレスに皺が寄ってしまったら一大事だ。私のお小遣いで弁償できるだろうか。……無理かも。こんな最高傑作品、もう一枚作るだなんて出来るのかな。
それより、どうしてお母様はこんな所に私を連れてきたのだろうか。
そんな事を考えていた時、いきなりこの部屋の扉が開かれたのだ。え、ノックなし!?
「い、た……」
「へ?」
扉を開いたのは、いるはずのない人だった。え、何でこの人がいるのさ。
「タクミ?」
「……マジかよ」
こういう事かぁ、としゃがみ込んでしまった。え、どうしたどうした。何があった。
「何でこんな所にいるの」
「手紙貰った。ここに来いって。だから夜営業が粗方終わったらナナミ達に任せていっそいで着替えてここに来た」
「お疲れ様……え、パーティーに呼ばれたの?」
「え? 違う違う、ここに直接来た。こんな油臭い状態でパーティーなんかに来れるかアホ」
「あはは、何揚げてたの? とんかつ?」
「串カツ」
「美味しそ~!」
やばい、あのサクサクの音が聞こえてきそうだよ。今度【なかむら】行ったらそれお願いしようかな。
「それで、何て言われたの?」
「……来れば分かるって書いてあったけどさ、そういう事な」
「え?」
「ドレス」
「あぁ、そういう事ね」
このドレスを見に来いって事ね。なるほどなるほど、だってこんな素晴らしいドレスを見る機会は今日を逃したら一生見れないかもしれないもん。
「凄いでしょ! リアさんとパトラさんが頑張って作ったの!」
タクミの前でくるくる回って見せた。ほら、スカートが揺れて素敵でしょ?
「レースって言うんだっけ、すげぇな」
「でしょでしょ! これ、パトラさん短時間でかぎ針一本で作っちゃったの!」
「え、マジ?」
「マジマジ!」
いや~本当に凄かった。まさに神業。そんなものを間近で見られた私は幸運かもしれない。
「夫人達に感謝しなきゃな。こんなに綺麗なアヤメに会えたんだから」
「……」
「照れた?」
「……嬉しい」
ドレスに皺が寄っちゃうかな、とも思ったけどつい抱きしめてしまった。なんか、嬉しくてつい。
「油臭いぞ」
「別にしないよ? 着替えたんでしょ?」
「まぁそうだけどさ。そんなに寂しかった?」
「【なかむら】のご飯が恋しかった」
「素直じゃねぇなぁアヤメちゃんは」
なんかムカついたけど、キスをされてしまって文句が言えず。
なんかずるいな。
「何、足りない?」
「足りなくない」
「そりゃ残念だ」
なぁにが足りないよ、全く。
パトラさん達と話したけれど、確かにちょっとタクミに見せたかった所はあった。でもパートナーにはお願いできないし。でも、呼んでくれたリアさんとお母様に感謝しなきゃ。後でお礼を言ってこよう。
「あ」
何か聞こえてきた。音楽だ。これは……ワルツかな。
「これ、ダンスパーティーだったのか」
「本当に知らなかったのね」
「手紙に数行しか書かれてなかったんだから当たり前だろ」
一体なんて書いてあったのやら。
「踊る?」
「ワルツ踊れるの?」
「楽勝だろ」
あぁ、文化の違いはあるけれどワルツはどの国でも踊られてるダンスだったんだっけ。ラル夫人に教わったな。
「……あの、ですね、私……」
「あ、苦手?」
「運動神経皆無です」
「安心しな、俺は得意だ」
「……」
そりゃ剣扱える人だしな。運動神経ないと鬼であるお父様の訓練受けられないもん。いつもボロボロらしいけどね。
「私、ダンスの先生としか踊った事ない」
「男?」
「男の恰好をした女の先生」
「なーんだ、じゃあなおさらだ。ではアヤメ・アドマンス嬢、私に貴方の初めてのダンスパートナーという名誉を頂けませんか?」
「それ嫌だ。けど、喜んで」
「あははっ」
この人、こういうのやると本当に貴族なんだって再確認させられる。だっていつもは着物の作業姿で冗談とか言ってるんだよ? 包丁持ったり鍋振るってたりしてるし。
しかもこのイケメンフェイス。絶対パーティーとかだったらダンスの申し出がいっぱいあったに違いない。もしあのサミットのパーティーがダンスパーティーだったら大変な事になってたかもしれない。
「何だよその顔」
「んーん、また着飾ったタクミが見てみたいな~って思っただけ」
「俺にまたカーネリアンの社交界に出ろって? ……まぁいいけどさぁ」
「どしたの?」
「……」
何だか浮かない顔のまま、ダンスを始めてしまった。さっき言ってたみたいに凄く上手。なんか悔しい位に。
「……アヤメは、さ」
「え?」
「俺の事知られたくない?」
「……なんで?」
「いや、だって。サミットのパーティーの時さ」
あぁ、聞こえちゃってたか。そういえばタクミってだいぶ地獄耳だったっけ。ご令嬢にはもうお相手がいらっしゃるのでしょうか? って聞かれた時、いませんって答えたんだっけ。あの後お父様達に聞いたら、別に好きなようにしていいって言われた。言っても良かったって事だ。
でもお父様は笑顔だったけど目が笑ってなかった。お母様はすっごく楽しそうだったけど。王様とかが邪魔するだろうけれどそんなもの愛の力でぜ~んぶやっつけちゃえ! って言ってた。
「別にいいんだけど……実はこの国の王様と王妃様が私と王太子殿下を結婚させたいみたいなの」
「え、マジ? それって、アヤメが異世界人で公女だから?」
「たぶんね。だからタクミがイジワルされるのは嫌なんだよね」
「まぁ太刀打ち出来ないしな。そもそもここの国出身でもないし、俺らは店を出させてもらってるわけだし」
確かにそうだ。じゃあ難癖つけて店を畳まされかねない状況にもなり得ちゃう? いやいやいや、それは絶対ダメ!
あ、でも今はアドマンス家が支援してるんだっけ。でも支援って言ってもどこまで出来るか分からないもんね。
「でも王太子殿下はその気はないって言ってた。だから殿下も力になってくれるって」
「仲良さそうじゃん」
「何、嫉妬した?」
「した、けど、してない」
「あはは、それどっち?」
「束縛とかしたくない」
「私、嫉妬してくれて嬉しいんだけど? それに浮気はしないから安心して」
「お前ずるい。俺もする気ないけど」
「あら嬉しい」
私が浮気なんて、一体誰とするのよ。殿下にはもう心に決めた方がいらっしゃるのよ? あり得ないわ。
「まぁ、王様達が何考えてんのか分かんないけど、アヤメと一緒に幸せになれるなら何でもやる覚悟だし」
「何それプロポーズ?」
「プロポーズがいい?」
「……早いと思うんですけど」
「じゃあ結婚はしてくれるんだ」
「あ”っ」
「あはは、誰かに取られる前にするつもりだから待ってて」
「……最難関のお父様がいるけど」
「それは……まぁ、何とか頑張る」
いつもお父様にボコボコにされてるくせに。手強いんじゃないかな。
結婚、かぁ。まだよく分かんないや。
でもやっぱり殿下との結婚は避けなきゃ。最善策をあとでお父様達とも考えようかな。
その後、コンコンとノックされたあとお兄様の声がして。タクミがいた事に凄く不満顔を見せていた。ちゃんと表情筋お仕事してたよ! お母様とリアさんはずぅ~っとニコニコしてたけどね。
「んも~アヤメちゃん最高!」
「ほら思った通り! アヤメちゃんなんでも似合っちゃうから薄ピンクもいいんじゃないかって思ったんだけど正解だったわね!」
ここに立って、って指示をされてあのカメラ魔道具で何枚も絵を撮るお母様。あぁ、だからこんなに早い時間にこちらに来たのね。納得。
「うふふ、残念ね~バート。こーんなに可愛らしいアヤメちゃんをこの目で見られないなんて」
その割には楽しそうですよ、お母様。そして何ちゃっかりお兄様も一緒に並んでるんです? こんなイケメンのお兄様とのツーショットも大歓迎ですけど。果たして何枚撮る気なのだろうか、お母様は。早く来たけど遅れちゃいますよ。
今回のパーティーは、リアさんのブティックの関係者の方々が数多く参加されるそう。確かに、このパーティーはこのドレスのお披露目他の為に開かれたものだし。
本当なら王室主催のパーティーで披露したかったんだけどねぇ~、だなんて恐ろしい事を言っていた事は私は知らない事にした。やめて、そんな事。辞退しますよ。
「母上、そろそろですよ」
「あらやだもうこんな時間? もう、アヤメちゃんといると時間を忘れちゃうわね」
お兄様、ナイスです。
でもさ、お兄様のエスコートって事は今日もお兄様狙いのご令嬢方の餌食、というか巻き込まれてしまうんだろうなぁ。とは口が裂けても言えなかった。エスコートを買って出てくれたんだから言えるわけがない。
「どうした、アヤメ」
「いえ、お兄様今日もカッコいいなぁって思ってました」
「……」
ふむ、今日も効果抜群ですな。まぁ本当の事を言ってるんだからいいよね別に。
「アヤメも……似合う」
「へ……」
「……」
お兄様が、似合うって言った……だとぉ!? え、あの映像を記録する魔道具が欲しかった!! 激レアじゃないですか!! え、マジですか!!
「あ、りがとう、ございます……」
「……」
なんか、今日のパーティー頑張れそう。こんな激レアなお兄さまのお言葉貰ったからなんか頑張れそう!!
とか何だとか言っていたけれど、それでもやっぱりパーティーって苦手で。会場に入った瞬間大注目。しかもこんな素晴らしいドレスを着ているからいつも以上に視線を感じて。
でも、気持ちは分かる。こんなに美しいドレスが目の前にあったらうっとりしちゃうよね。でも着てるのがこんな16歳の小娘ですみませんっていう気持ちでいっぱいです。
「とても素晴らしいドレスですね。ご令嬢が着ていらっしゃるから、最大限ドレスの魅力を引き出しているという事でしょう。本当に素晴らしい」
「いえ、そんな事は……」
「カーネリアンとルーチェリンを繋げた立役者、と言ったところでしょうかね」
いや、ほめ過ぎですって。これはリアさんとパトラさん二人の力で作り上げられたドレスなんですって。私はただマネキンをしていただけですよ。
「これほどまでに素晴らしいドレス、私には到底着こなせませんよ」
「そうです、見劣りしてしまいますわ」
いや、だからドレスを褒めてって。見るところが違うって。
そんな心の中の私のツッコミは全く彼女達には届かなかった。
「大丈夫か」
「え? あ、いえ、大丈夫です」
「そうか」
もう絶対このドレス汚せない。そんな緊張もあって顔が引きつっていたのかしら。お兄様がそう聞いてきた。もう帰ろう、だなんて言い出しかねなそうだし。やめて、今日はこのドレスの為のパーティーなんだから。
でも、そんな緊張は違うものに変わったのだ。
そう、とある人物の登場によって。
「初めまして、わたくし、プリシラ・ホリトンでございます」
どこかで聞いたような名前。そう、あの殿下との手紙のやり取りでだいぶ沢山書かれた名前。殿下の想い人である!!
あらまぁとてもお可愛らしい方ですこと。うん、殿下ってこういう系が好きなんだ。可愛らしくて、守ってあげたくなっちゃいそうなご令嬢って感じ? 学院で彼女の妹さんとお会いしたけれど、確かに顔が似ていらっしゃる。髪色は違うけれど、とても綺麗なミルクティー色だ。
「とても、アドマンス嬢にお会いしたいと常日頃から思っていたのです。今日お会いできてとても光栄です」
「こちらこそ。以前学院で妹さんとお会いした際、貴方が会いたがっているとお聞きしました」
うん、声も可愛らしい。お人形さんみたい。でも、ちょっと待て。
「あの、アドマンス子息にもお会いできて光栄です」
「……」
ちょっと待て、なんだその顔は。頬を染めちゃっているではありませんか! え、まさか、そのまさか!! もじもじしちゃってるし! どこからどう見ても恋する乙女じゃないですか!!
え、もしかしてお兄様が好きなの? まぁ確かにお兄様はもう完璧なイケメンですけど。でもまさかお兄様ですか!! え、じゃあ殿下の恋敵が、お兄様!?
やばいな、やばい事になってしまったぞ。え、じゃあお手紙どうやってお返ししよう。パーティーに来る前に殿下からお手紙が来てたからお返事を返さなきゃいけないんだけど、え、これ書いたほうがいい? やめた方がいい?
困った、非常に困った。
お兄様、何と罪な人なのだろうか。
「アドマンス子息はいつもパーティーなどにはご参加されませんので、今日お会いできて、こうしてお話が出来てとても嬉しいです」
「……」
お兄様、何か喋ってあげて。お願いだから。可哀想だから。
一体私、どうしたらいいんだろう。勿論殿下の事は応援したいよ? でも相手がお兄様でしょ? 勝てる? いや、お兄様の気持ちというのもあるし。でも……その顔、だいぶ興味なさそうだな。
いっそのこと、お兄様を喋らせてこの言葉のキャッチボール皆無な所を分かってもらっちゃう? そしたら諦める? いや、でもそれではこんなにお可愛らしいご令嬢の恋心を踏みにじっちゃうかしら。あ~も~難しい!!
「……お兄様、私リアさんの所に行ってきますのでご令嬢とお話されてはいかがですか」
「俺も行く」
「お兄様! ご令嬢を一人にさせる気ですか?」
「……」
いや、そんな不満顔しないでください。そっち見て、とっても嬉しそうなご令嬢の満面の笑みを。
ではごゆっくり、とリアさん達の所に早歩きで向かっていったのだった。お兄様足長いから捕まえられちゃうかなとも思ったけれど、あら、追いかけてこない。でも、帰ってから何言われるか覚悟はしておこう。怖っ。
「あら、フレッドは?」
「置いてきました」
「あらあら、私抜きで何面白い事してるの?」
え、お母様何楽しそうにお兄様捜しちゃってるんです? あらやだあの子女の子と話してるわよ! ってテンション高いんですけど。まぁレアなのは分かるけれどね。
「ねぇねぇアヤメちゃん、疲れちゃったんじゃない?」
「え? いえ、全然」
「こぉら、そろそろ一回休んできなさい。いろんな人とお話して疲れてるでしょ?」
「あの……」
「休憩室があるから、行ってきなさい。あとで迎えに行ってあげるから」
この人に連れて行ってもらいなさい、とメイドさんを呼んでくれて。では失礼します、とその場を後にした。
なんか怪しい。あんなに強引に。大丈夫だって言ったのに。
ではこちらでお休みください、とお部屋に案内してくださった。普通の客間のようなお部屋だ。部屋に何かあるんじゃないかって思ったのに、なぁんだ何もないじゃん。
「ふぅ」
ドレスに皺が寄らないようそぉーっとソファーに座った。こんなに凄いドレスに皺が寄ってしまったら一大事だ。私のお小遣いで弁償できるだろうか。……無理かも。こんな最高傑作品、もう一枚作るだなんて出来るのかな。
それより、どうしてお母様はこんな所に私を連れてきたのだろうか。
そんな事を考えていた時、いきなりこの部屋の扉が開かれたのだ。え、ノックなし!?
「い、た……」
「へ?」
扉を開いたのは、いるはずのない人だった。え、何でこの人がいるのさ。
「タクミ?」
「……マジかよ」
こういう事かぁ、としゃがみ込んでしまった。え、どうしたどうした。何があった。
「何でこんな所にいるの」
「手紙貰った。ここに来いって。だから夜営業が粗方終わったらナナミ達に任せていっそいで着替えてここに来た」
「お疲れ様……え、パーティーに呼ばれたの?」
「え? 違う違う、ここに直接来た。こんな油臭い状態でパーティーなんかに来れるかアホ」
「あはは、何揚げてたの? とんかつ?」
「串カツ」
「美味しそ~!」
やばい、あのサクサクの音が聞こえてきそうだよ。今度【なかむら】行ったらそれお願いしようかな。
「それで、何て言われたの?」
「……来れば分かるって書いてあったけどさ、そういう事な」
「え?」
「ドレス」
「あぁ、そういう事ね」
このドレスを見に来いって事ね。なるほどなるほど、だってこんな素晴らしいドレスを見る機会は今日を逃したら一生見れないかもしれないもん。
「凄いでしょ! リアさんとパトラさんが頑張って作ったの!」
タクミの前でくるくる回って見せた。ほら、スカートが揺れて素敵でしょ?
「レースって言うんだっけ、すげぇな」
「でしょでしょ! これ、パトラさん短時間でかぎ針一本で作っちゃったの!」
「え、マジ?」
「マジマジ!」
いや~本当に凄かった。まさに神業。そんなものを間近で見られた私は幸運かもしれない。
「夫人達に感謝しなきゃな。こんなに綺麗なアヤメに会えたんだから」
「……」
「照れた?」
「……嬉しい」
ドレスに皺が寄っちゃうかな、とも思ったけどつい抱きしめてしまった。なんか、嬉しくてつい。
「油臭いぞ」
「別にしないよ? 着替えたんでしょ?」
「まぁそうだけどさ。そんなに寂しかった?」
「【なかむら】のご飯が恋しかった」
「素直じゃねぇなぁアヤメちゃんは」
なんかムカついたけど、キスをされてしまって文句が言えず。
なんかずるいな。
「何、足りない?」
「足りなくない」
「そりゃ残念だ」
なぁにが足りないよ、全く。
パトラさん達と話したけれど、確かにちょっとタクミに見せたかった所はあった。でもパートナーにはお願いできないし。でも、呼んでくれたリアさんとお母様に感謝しなきゃ。後でお礼を言ってこよう。
「あ」
何か聞こえてきた。音楽だ。これは……ワルツかな。
「これ、ダンスパーティーだったのか」
「本当に知らなかったのね」
「手紙に数行しか書かれてなかったんだから当たり前だろ」
一体なんて書いてあったのやら。
「踊る?」
「ワルツ踊れるの?」
「楽勝だろ」
あぁ、文化の違いはあるけれどワルツはどの国でも踊られてるダンスだったんだっけ。ラル夫人に教わったな。
「……あの、ですね、私……」
「あ、苦手?」
「運動神経皆無です」
「安心しな、俺は得意だ」
「……」
そりゃ剣扱える人だしな。運動神経ないと鬼であるお父様の訓練受けられないもん。いつもボロボロらしいけどね。
「私、ダンスの先生としか踊った事ない」
「男?」
「男の恰好をした女の先生」
「なーんだ、じゃあなおさらだ。ではアヤメ・アドマンス嬢、私に貴方の初めてのダンスパートナーという名誉を頂けませんか?」
「それ嫌だ。けど、喜んで」
「あははっ」
この人、こういうのやると本当に貴族なんだって再確認させられる。だっていつもは着物の作業姿で冗談とか言ってるんだよ? 包丁持ったり鍋振るってたりしてるし。
しかもこのイケメンフェイス。絶対パーティーとかだったらダンスの申し出がいっぱいあったに違いない。もしあのサミットのパーティーがダンスパーティーだったら大変な事になってたかもしれない。
「何だよその顔」
「んーん、また着飾ったタクミが見てみたいな~って思っただけ」
「俺にまたカーネリアンの社交界に出ろって? ……まぁいいけどさぁ」
「どしたの?」
「……」
何だか浮かない顔のまま、ダンスを始めてしまった。さっき言ってたみたいに凄く上手。なんか悔しい位に。
「……アヤメは、さ」
「え?」
「俺の事知られたくない?」
「……なんで?」
「いや、だって。サミットのパーティーの時さ」
あぁ、聞こえちゃってたか。そういえばタクミってだいぶ地獄耳だったっけ。ご令嬢にはもうお相手がいらっしゃるのでしょうか? って聞かれた時、いませんって答えたんだっけ。あの後お父様達に聞いたら、別に好きなようにしていいって言われた。言っても良かったって事だ。
でもお父様は笑顔だったけど目が笑ってなかった。お母様はすっごく楽しそうだったけど。王様とかが邪魔するだろうけれどそんなもの愛の力でぜ~んぶやっつけちゃえ! って言ってた。
「別にいいんだけど……実はこの国の王様と王妃様が私と王太子殿下を結婚させたいみたいなの」
「え、マジ? それって、アヤメが異世界人で公女だから?」
「たぶんね。だからタクミがイジワルされるのは嫌なんだよね」
「まぁ太刀打ち出来ないしな。そもそもここの国出身でもないし、俺らは店を出させてもらってるわけだし」
確かにそうだ。じゃあ難癖つけて店を畳まされかねない状況にもなり得ちゃう? いやいやいや、それは絶対ダメ!
あ、でも今はアドマンス家が支援してるんだっけ。でも支援って言ってもどこまで出来るか分からないもんね。
「でも王太子殿下はその気はないって言ってた。だから殿下も力になってくれるって」
「仲良さそうじゃん」
「何、嫉妬した?」
「した、けど、してない」
「あはは、それどっち?」
「束縛とかしたくない」
「私、嫉妬してくれて嬉しいんだけど? それに浮気はしないから安心して」
「お前ずるい。俺もする気ないけど」
「あら嬉しい」
私が浮気なんて、一体誰とするのよ。殿下にはもう心に決めた方がいらっしゃるのよ? あり得ないわ。
「まぁ、王様達が何考えてんのか分かんないけど、アヤメと一緒に幸せになれるなら何でもやる覚悟だし」
「何それプロポーズ?」
「プロポーズがいい?」
「……早いと思うんですけど」
「じゃあ結婚はしてくれるんだ」
「あ”っ」
「あはは、誰かに取られる前にするつもりだから待ってて」
「……最難関のお父様がいるけど」
「それは……まぁ、何とか頑張る」
いつもお父様にボコボコにされてるくせに。手強いんじゃないかな。
結婚、かぁ。まだよく分かんないや。
でもやっぱり殿下との結婚は避けなきゃ。最善策をあとでお父様達とも考えようかな。
その後、コンコンとノックされたあとお兄様の声がして。タクミがいた事に凄く不満顔を見せていた。ちゃんと表情筋お仕事してたよ! お母様とリアさんはずぅ~っとニコニコしてたけどね。