『愛のため、さよならと言おう』- KAKKO(喝火) -
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「え~っと」
と声に出したものの、あまりの質問内容に声音が小さくなった。


「それって……」
 質問の意味が分からない。

「それって、分かりません」
 かすれ気味の声で答えた。


「ふ~ん、秋野さんって真面目で正直な人だと思ってたけど、
分かりませんってか……ふ~ん」


 冷たく言い放たれてますます百子は困惑を深めた。


 質問内容もさることながら、なんで自分はいきなり上司に冷たく
されているのか。

 涙目で石田の顔を捉えてみれば、上司は自分とは顔も合わせず下を向いて
仕事をしている。


『神様、仏様、どうぞ私を……わたくしめをお助けください』

 百子は、ババ臭いことは承知の上で百子流の伝家の宝刀を抜いた。


 するとどうだっ!
 どこへ行っていたのか、黒田が席に戻って来た。


『神様、仏様、ありがとうございますぅ~』
と百子はさっそくのご利益(りやく)に礼を言った。


「ねぇ、私が席を離れる時はまだ営業の人が一人いたんだけど、いつの間にか……
むひひっ、すごいじゃない、秋野さん、石田さんと二人っきりだったんだね」


 何も知らない黒田が何がうれしいのかルンルンで能天気な言葉を掛けてくるものだから、
ますます百子は悲しくなるのだった。


 そして百子は涙目を隠しつつ、曖昧な作り笑顔を貼り付けて彼女に
無言の返事を返した。


 この日の出来事は百子にとって大問題だった。

 同期の女子たちからハブられるのとは訳が違う。

 毎日机を並べ仕事をする上司から嫌われたようなのだから。

 同年代の女子たちから人気のある上司に、憧れてた上司に……
嫌われるなんて、耐えられない。

 まだ入社してからやっと1年というところだが、百子は『会社を辞めたい』
というような思いに囚われるようになっていった。


 電車が同じになって楽しく会話した日が随分遠い日のことのように
感じられる。


 あの後、石田とは随分と距離が近くなったような気さえしていたと
いうのに、どうしてこんなことに。


 考えるのはこんなことばかりで。

 いわれのないあのような理不尽なことを問われるとは。
 理由が分からない以上自分ではどうしようもない。

 幾度となくこのまま会社を続けようと思い直すも、結果は同じだった。

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