冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
「わぁ……経歴がすごいですね」
 
 母方の家柄が華族で、大企業グループの経営者一族の生まれ。
 大学在学中に予備試験に合格し、司法試験を受けて、一発合格。
 司法修習を受け弁護士資格を取得後、有名な法律事務所へ就職。若干三十二歳にして、パートナー弁護士となっている超エリートだ。
 
「血筋も高貴で、富豪で、優秀で美男子? 世の中ってこんな人間が存在するんだねえ。あっ、でも独身だって……」
 
 記事を見ると、本人が語った言葉が書いてある。

『一途にずっと想い続けてる人がいるんです』――だって。
 
 こんな美男子に一途に片想いされるなんて、羨ましい。
 振られた私とは全然違う、煌びやかな世界だ。

 乾いた気分になってビールを飲み干すと、鈴木店長がお代わりを頼んでくれる。
 同僚はチーズをつまみながらスマホの画面をスクロールして、コメントを見せてきた。
 
果絵(かえ)さん、弁護士さんの片想い相手、既婚の女優って書いてるコメントがあるよ。あは、それに……『俺様』とか『冷血』とか『サイコパス』とかも書かれてる」
 
『完璧な彼が結婚しないのは既婚女優との道ならぬ恋が原因だ』『人の情を持たない冷血弁護士で依頼を断られた』――そんなコメントが見える。
 ネットのコメントだから真偽不明だけど。
 
 やがて、みんなの酔いも回ってきた頃、私たちは解散した。

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
  
 頭が重い。足元がおぼつかない。
 
「飲みすぎたかな……油断したら寝ちゃいそう」

 ショックなこともあったし、仕事で疲れてもいる。早く家に帰って眠りたい。
 外に出して傘を差すと、勢いを増した風雨が激しく傘を叩く。

「あっ……」
 
 強い風が傘を煽る力に負けて、傘が手から離れて飛んで行ってしまう。傘が見知らぬ中年男性の脚を掠めてしまって、中年男性に怒鳴られてしまった。
 
「あぶねえな!」
「す、すみません!」 
 
 しかも、よろめいた拍子にトートバッグまで落としてしまっている。
 自分で思ってたより酔ってるのかもしれない。
 
 財布にコスメポーチ、スタッフ名と写真付きのネックストラップ……濡れた地面にばら撒かれてしまったものを拾おうとした私の耳に、通りすがりの誰かが「チッ」と舌打ちしたのが聞こえた。

 羞恥心からか、酔いのせいか、全身が熱くなって頬が火照る。
 きっと今、みっともない真っ赤な顔をしている。
 そう思ったら、顔を上げられなくなった。

「……っ」

 なんだか、踏んだり蹴ったりだ。
 さっさと拾って、家に帰ろう。
 
 俯いて泥に汚れた財布とコスメポーチを拾ったところで、誰かの手がネックストラップを拾ってくれるのが見えた。大きくて骨ばっている男性の手だ。
 
 傘も拾ってくれたみたいで、拾った傘をネックストラップと一緒に差し出しつつ、自分の傘を私の頭の上に差してくれている。
 「優しい人もいるんだ」と思ったら、眼からポロリと涙が零れ落ちた。そこに、声がかけられる。

「大丈夫? 夏樹……果絵さん……――果、絵……?」

 芯のしっかりとした男性の声だ。
 私の名前に、驚いている?

「だ、大丈夫です……ありがとうございま――え?」
 
 差し出されたネックストラップを受け取る。
 感謝を唱えながら顔を上げて相手を見た私は、びっくりした。

 だって、目の前にいるのはネットニュース記事で話題だった宝凰寺(ほうおうじ) 颯斗(はやと)さんにそっくりだったから。
 
 酔って幻を見てるのかな? 
 襟にひまわりと天秤をモチーフにした弁護士記章がついている。
 ……本物っぽい。
 
 傘の下で間近に見る彼は、極上の美貌だった。
 漆黒の髪は艶があって、雨に少し濡れて形のよい額に軽く張り付いていて、色気がある。
 
 シャープな眉に、すっと通った鼻筋。
 切れ長の目は意思が強そうで、なぜだか驚いた様子で私を見ていた。

「……俺、颯斗(はやと)だけど。果絵、わかるか?」
「……?」
 
 本人も名乗ったし、本物の宝凰寺 颯斗さんだ。
 ずっと聞いていたいと思うような、耳に心地よく響く柔らかな美声だ。
 でも、呼び捨てだし、「わかるか?」ってなんだろう?

「ほ、宝凰寺 颯斗さん、……ですよね。はい、わかります……」
 
 返事をすると、目の前の端正な顔が、パァッと極上の笑顔になった。

「そうか! わかるか……!」
「……っ?」
「大人になって……綺麗になったな。元気だったか? このタイミングで再会できるなんて……きっと運命なんだな。ああ、家はどこだ? 送っていくよ」

 あれ? まるで昔の知り合いみたいな雰囲気?
 私は初対面で、有名人な彼のことを『有名な宝凰寺 颯斗さんですよね、わかります』と答えたつもりだったんだけど?

「え……と……? すみません、宝凰寺さん?」
「颯斗でいいよ。送り狼になったりはしないから安心してくれ。そうだ、連絡先も聞きたいな」

 親しげに――どころか、明らかに特別な感じで話しかけてくる彼に、「まずい」と思った。
 絶対、誰か別の人と勘違いされている。
 じわじわと焦燥感が湧いて、同時に、思考が鈍くなって、考えるという行為自体が億劫になってきているのを自覚する。

「す、すみません! 私、勘違いしたみたいで。あなたのこと、知りませんでした。誰かと勘違いなさってます……!」
「――果絵?」
 
 慌てて訂正して、逃げ出そうとした瞬間、足がもつれる。同時に、酔いが回った頭がグラリとした。
 倒れそう、と思った時。

「危ない――」

 腕と腰が掴まれて、転びかけた体を抱き寄せられる。
 服越しにもわかる、引き締まった体はどれだけ身を任せても倒れなさそうで、頼れる感じがした。
  
「果絵?」 
「――ね……」
「ね?」
「…………ねむい……です――」

 瞼が重くて、開けていられない。……限界。
 
 行きずりの相手の前で眠ってしまうなんて、と思ったけれど。
 申し訳ないことに――心配そうな颯斗(はやと)さんの顔を最後に、私の意識は途切れた。
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