花火のように咲く、君の笑顔が見たいから
「っ!!甘い!」
ふわふわとしたそれは口に入れるとすぐに溶けてしまい、一瞬でなくなった。
けれど今まで食べたもののなかで…一番甘くて、優しい味のように感じた。

綿あめを片手に人混みの中、歩いていると徐々に人が減っていく。辿り着いたそこには神社がぽつりと佇んでいた。
賑やかな音や光が溢れていたあの場所とは違って、ここは静かで先程までの感覚が嘘のようだ。

ふと足を止めて辺りを見回す。歩き疲れていたしどこかに座る場所がないか探そうとしたその時、近くで小さな泣き声が聞こえてきた。

「うっ…うぅ」

振り返ると、幼い少女が座っていた。とは言っても俺と同年代くらいだろうか。
暗くてさっきまでは気付かなかったけれど迷子になってしまったのかもしれない。幼い顔には不安そうな表情が浮かんでいて、どうすればいいのか分からなくなってしまう。

『──お前は誰かを助けられる人にきっとなるぞ』
こんな時に父の言葉が思い浮かんで、無意識に奥歯を噛み締めた。

俺は意を決してその少女に話しかけた。

「泣かないで。大丈夫だよ」
出来るかぎり笑顔で、不安にさせないように。

「ぅう…おか、ぁさんもお父さんもいなくなっちゃった…」
「大丈夫、俺と一緒にいよう!ここで待ってれば絶対来てくれるよ」

'お父さん"と"お母さん"。その言葉を聞いて少し羨ましくなった。きっと…仲のいい家族なんだろう。
それでもこの子を放っておく気にはなれず泣き止むまで話を聞いていた。
徐々に落ち着いていく様子を見ていると俺もなんだか嬉しくなってしまう。俺にも、誰かを助けられて必要な存在になれているのかもしれないって始めて思えた瞬間だったから。

「…の………は」
その子がなにかを発したと同時にどーん!という大きな音が次々に鳴り響いた。
思わず空を見上げると、そこには無数の花火が打ち上げられていた。それは初めて見る景色だった。

ひとつ、ふたつ、大きな花が広がり、色とりどりの光が暗闇を照らしていく。


「わぁー…!きれい!!」
隣にいる女の子も先程とは打って変わって目をキラキラと輝かせていた。その表情を見て少し驚いてしまう。けれどすぐに笑みがこぼれた。
普段、静かな夜しか知らなかった自分にとってその瞬間はまるで魔法のようだったから。

ドンッ、と遅れて響く音が体に伝わるたび、花火は次々に空を彩り星空の一部になるかのように消えていく。大きく開いた瞳にはその光景が夢のように映っていた。どの色も夜の空に溶け込むことなく輝きを放っているんだ。

言葉にできないほどの感動に包まれ、その場から俺たちは二人して一歩も動けなかった。
風がそっと頬を撫で夜の冷たさが花火の一瞬の温もりと混じり合う。まるで、世界が一瞬止まったかのような感覚に囚われる。

その瞬間、この広い世界の中にある美しさと自分がその一部であることを強く実感する。汚い汚いあの場所とは違うこんな場所も…この世界にはあるんだと。

また…見たいな。

「…の!!こんなところにいたの!」
目の前の光景に浸っていると、この子の母親らしき人が駆け寄ってきた。
心配そうな瞳を浮かべているこの人を見ると娘が大事なんだろうと伝わってくる。なんだかこの場にはいてはいけないような気がして俺はその場から立ち上がった。

そんな俺を見てふと女の子が近づいてきた。さっきとは違う安心した笑顔を浮かべていて、ほっとする。

「またね!」
「ぁ…うん、またね!ありがとう…!」
優しい笑みを浮かべて俺が見えなくなるまで手を振り続けてくれていた、泣き虫な女の子。
久しぶりに"優しさ"に触れた気がした。家で否定され続けていた自分を、彼女は『彗』という人物として俺を見てくれた気がした。

話なんか少ししかしていないし、名前も知らない。それでも嬉しかったんだ。
< 109 / 130 >

この作品をシェア

pagetop