花火のように咲く、君の笑顔が見たいから
そのあとのことはよく覚えていなかった。周りに集まる警察官や、救急の音が鳴り響く。

知らせを受けて来たばあちゃんは、何も言わずに俺を抱きしめてくれた。
彼女の手の温かさを感じても、それに完全に心を許すことはまだできなかった。

「ばあちゃんは違う」と自分に言い聞かせても、家族という存在そのものへの恐怖は消えてくれない。
その日からは、ばあちゃんが俺を引き取ってくれて"普通"の日常を過ごせていた。
暴力を振るわれることも、罵倒も、喧嘩もない。それなのに俺の心にはぽっかり穴が空いたようで何をしても塞がらなかった。

中学にあがり、話をする友人も出来た。それでも心から楽しさを感じることはなかった。
もう自分の感情さえも偽るのが当たり前になっていたんだ。嬉しい時も、悲しい時も、心の奥底では何かが揺れ動いているのを感じるが、その感情を表に出すことはない。
「感情を持つことさえ、無駄だ」とさえ思い込んでしまうんだ────あの日から。

中学の学校生活のなかで「恋愛」という行事も少なからずあった。
でも、俺は人を好きになることはできなかった。
他人から向けられる好意の眼差しに気づいても、それを無意識のうちに拒絶してしまう。

『 好きになるなんて、無理だ。もし好きになれば、また自分も…』
そんな思いが頭の片隅にこびりつき心に近づこうとする人に対して、無意識に距離を置いてしまう。
好きになるということはいずれか家族になる存在。
俺には無理だ、と思った。

「昨日父さんがさぁ…」
「ままがね新しい服買ってくれたんだ〜」

クラスメイトの日常的な会話を聞くたびに、胸の中に冷たい刃が刺さるような感覚が広がる。
「家族」という言葉は、いつだって俺にとって呪いのようなものだった。どれだけ心の中でその存在を否定しようとしても現実は容赦なく俺を追い詰めてくる。

「彗、これ食べる?」

ある日、昼休みに友人が笑顔で購買にあったパンを差し出してきた。俺が弁当を忘れたことに気づいたらしい。その姿がかつての"父"と重なる。

『───彗、食べるか?美味いぞ』
これまで、そんな些細な優しさすら俺は無意識のうちに遠ざけていた。
でも、その時はなぜか手を伸ばして受け取ってしまった。

「ありがとう…」

自然と口をついて出た言葉に自分でも少し驚いた。
感謝なんて、もう何年も口にしていないような気がする。それでもその一瞬だけは、冷たく閉ざしていた心の奥底で何かがわずかに揺れた気がした。でも、すぐにその感覚を打ち消す。

何を勘違いしてるんだ。こんなこと、ただの一時的な気まぐれにすぎない。

そう自分に言い聞かせ、また心の中に鍵をかける。

家族は…人間同士の関係は、いつか壊れる。そう信じている自分がいる。どんなに誰かを愛しても、結局は裏切られるのに。
その恐怖が俺を一歩踏み出すことから遠ざける。

人を信じるなんて、恋をするなんて、馬鹿馬鹿しい。
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