花火のように咲く、君の笑顔が見たいから

✺火傷の跡は

あの日からずっと考えている。

想乃に過去を明かした。本当はこんな話聞かせる気なんてなかったんだ。
彼女は優しいから、きっと辛い思いをする。そして俺の過去に寄り添ってくれるだろう。でもそれだと駄目なんだ。

人を好きになんてならないと決めた。
自分が傷付くのが怖いから。裏切られてしまうことも、関係が変わってしまうことも何もかもを俺は恐れているんだ。

俺の弱さは、きっと永遠になくならない。

──────────────────────

宙と初めて喧嘩をしたと思う。
それは俺が想乃から距離を取ろうと考えていた時だった。

「彗。想乃ちゃんのこと避けてんのか?」
「…別になにも」

宙にかけられた言葉に目を見開いたが、すぐに何ともない素振りを見せる。けれどその瞬間宙の目が一瞬、鋭くなった。

「別にってなんだよ。お前それが想乃ちゃんを傷付けてるって分かってないのか!」

冷静で静かな物言いだったが、その声色は明らかに怒りを含んでいるのが感じ取れた。
違う…傷付けたくないからこうしてるんだ。好きになってしまったら、きっといつか壊れてしまう。
だから俺は距離をとる選択を選んだ。

「…っお前には関係ないだろ!俺は…傷付けるつもりなんてない。そもそも俺が想乃と話さなくなっても大丈夫だろ」

自分に言い聞かせるように言葉を吐き出した。
けれど、その言葉はどこか空虚で胸の奥からチクリと痛む感覚が広がる。

家族との関係も変わり、彼女は前よりも笑顔が増えた。だから俺は、彼女のそばにいる理由なんてもうない。…それでいいはずなのに。

宙の視線が鋭く俺を見据えている。彼の静かな怒りは、明らかに声に現れていた。

「関係ある…俺は想乃ちゃんが好きだ!お前は、想乃ちゃんのこと好きなんじゃないのか…!?」

その言葉に驚いたが、すぐに表情を隠す。
しかし宙の言葉が心の奥深くに突き刺さっているのを感じていた。

「俺は…」
俺は声を震わせながら言葉を続けようとした。
傷つけたくない。彼女が…大切だから、傷ついてほしくない。
思い出すのは、想乃との数えきれない思い出。彼女が見せた無邪気な笑顔、優しい声、時折見せる弱さ。そんな彼女が大切だからこそ、これ以上自分が踏み込んでしまうのが怖くなる。

その瞬間、頭の中に彼女の笑顔がよぎった。

──初めて会った時、彼女はどこか遠くを見つめていた。笑顔を被っているような表情だった。それが少しずつ溶けていくのを見て、俺は安心していた。

──彼女が悩んでいた時、俺は側にいた。彼女の助けになれたあの瞬間、少しだけ俺は彼女にとっての何かになれたんだと感じた。

──一緒に過ごした時間、彼女が少しずつ変わっていくのを見守っていた。彼女が笑うたび、俺はその笑顔を守りたいと思った。

…でも、それでも。

「俺は…好きなんかじゃない」

絞り出すようにその言葉を呟いた。心の中で叫んだ。いつか壊れる関係、裏切られる恐怖、そして自分が傷つく未来を考えるたびに俺の心は冷えていく。
心の中の感情を無理やり抑え込んだ。すべての感情を抑え、彼女への思いを消そうとした。

しかし、その瞬間宙の声が鋭く響いた。

「想乃ちゃんはっ…彗のことを大切に思ってるよ、!なんでそれが分からないんだよ!!」

宙の瞳は怒りで揺れている。

「彗はいつもそうだよ…俺に全部譲ってばっかでさ。お前、俺のこと馬鹿にしてるのかよ?俺が想乃ちゃんを好きだって、知ってるくせに…」

声がかすれ、強がりながらも、彼の喉が震えるのが分かる。宙の表情が歪んだ。怒りだけじゃない。
嫉妬や不安が複雑に絡み合っている。
それでも宙は涙を堪えながら、俺に問いかけるように視線をぶつけた。まるで「なぜ譲るんだ」「なぜ逃げるんだ」と言わんばかりに。

宙の言葉が胸に深く突き刺さる。けれど、俺は表情を変えずに立ち尽くしていた。

「…宙、俺は、壊したくないんだ。ごめん」

その言葉を吐き出すのに、どれだけの勇気が必要だったか分からない。自分の声が震えているのを自覚していた。けれど、俺の本音だ。

宙は一瞬黙り込んだ。拳を強く握りしめたまま、目を伏せたが、次第にその力が抜けていく。

「悪い…少し頭冷やしてくる」

そう言い残し、宙はゆっくりと背を向けた。彼の背中がどこか寂しげに見えたがそれを呼び止める言葉は出てこなかった。

俺はただその場に立ち尽くし、自分の心が揺れるのを感じていた。これで本当に良かったのか?自分の選んだ道が正しいのか…?

ふと想乃の笑顔が脳裏に浮かんだ。あの時、彼女が俺を見つめていた瞳。それが今、心に重くのしかかる。
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