花火のように咲く、君の笑顔が見たいから
数分が経ってからサイレンの音が遠くから徐々に近づいてくるが、耳にはほとんど届いていなかった。

「想乃…」

声はかすれていて、自分でもかけたのかどうかわからない。身体のどこかが凍りついているような感覚で、何か言葉を発しようとしても、頭の中が真っ白だ。

救急隊員が駆け寄り、想乃を担架に乗せて運び出していく。しかし、俺は上手くその場から動けなかった。まるで魂が抜け落ちたかのように、ただその光景をぼんやりと見つめていた。

「君、大丈夫か?」
救急隊員が優しく声をかける。でも俺はただ、拳を強く握りしめることしかできずに目の前の現実が、過去と重なり合っていく。

「また…」

父が血を流して倒れていたあの夜。俺は無力だった。あの時の声が、また頭の中に響いてくる。

『ご…め…んなぁ……』

その言葉と、想乃の優しい微笑みが何度も繰り返される。守れなかった。大切な人をまた、自分の無力さで失ってしまったのか――。

その時、後ろから急いできた足音が聞こえた。

「彗っ!!」

宙が駆けつけてくる。彼もまた、血の気が引いた顔をしている。想乃が担架に乗せられて運ばれていく様子を見て、心底驚きと焦燥を感じたようだったが、すぐに彗に駆け寄った。

「彗…大丈夫か?想乃ちゃんは…どうなってる…?」

宙の問いかけにも、何も言葉が出てこない。頭の中で「──また失うぞ」と何度も誰かが殴るように、繰り返されていた。

しばらくして、医師が緊急手術を告げた。俺と宙は説明を受けたが心はどこか遠くにあるようだった。

「今日はもう夜も遅いし、手術も時間がかかります。ご家族以外の方は帰ったほうがいいかもしれません。」

そう言われても、動くことはできなかっ。病院の椅子に腰を下ろしたまま、まるでその場に根が生えたかのように動かず、ただ虚空を見つめている。

病院の白く冷たい光の中で、時間が止まったかのように感じた。手術室のドアの向こう側では、想乃が命を懸けた戦いをしているのに俺はただ、そこにいるだけだった。

胸の中に広がる虚無感。まるで誰かに深く深く沈められたような気がして、息苦しくなる。
何度も深呼吸を試みたがうまく呼吸ができない。ただ、浮かんでくるのは想乃の優しい笑顔。そして、俺が守れなかったという現実。

「…」
宙の拳が震えているのに気付く。彼もまた同じように不安で彼女のことを心配しているのが分かる。こんなことになったのも全部…俺のせいだ。

『…やっぱり、誰かを好きになるなんて無理だ』

心の中では、その言葉が反響する。想乃を好きになったことで、俺は彼女を傷つけてしまった。守りたかったのに自分の無力さを証明してしまった。

父が倒れたあの瞬間を俺はまだ鮮明に覚えている。何もできずに立ち尽くしていた自分。
俺の心は、その記憶に再び囚われていく。自分を責める声が頭の中で響き続け、全身が重く、動けない。
壊れかけていた心の壁が再び強く固く閉ざされていく感覚があった。

「…っ…守れなかった…」
それは自分が思っていたよりもか細い声だった。

「彗…」

宙が声をかけてくるが、俺はその声すら朧気に聞こえる。想乃の手が冷たくなっていく映像が頭から離れず俺の心は深い闇に沈んでいく。
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