花火のように咲く、君の笑顔が見たいから
想乃が運ばれてから、長い時間が過ぎていた。病院の静かな廊下に取り残されていると医師が出てくる。
「っ…先生!想乃は」
咄嗟に声が漏れる。
「落ち着いてください。命に別状はありません、手術も成功です…ただ──」
「…目が覚めるまでに時間がかかるでしょう」
医師の声は心配を含んでおり、深刻そうに目を伏せていた。
もう遅いので、と言葉を受けて俺と宙は渋々病院を後にした。病院の外に出ても、冷たい夜風がただ頬を撫でるだけで心の冷たさは変わらなかった。
宙と別れたあと、おぼつかない足取りのなかどうにかして家までたどり着いた。家のドアを開けるとばあちゃんがキッチンで何かをしている音が聞こえる。
「彗、おかえり…ほら、出来たてだよ」
ばあちゃんは、俺に何かを言うわけでもなくただそっとテーブルにおでんを置いた。湯気がゆらゆらと立ち上り、懐かしい香りが鼻をくすぐる。
だけど、俺は椅子に座ったままその湯気をぼんやりと眺めるだけで箸を取る気にはなれない。
「…無理に食べなくてもいいんだよ」
ばあちゃんの言葉は優しくて、俺の中にほんの少しだけ温かさが染み込んでくる。だけどそれでも手は動かなかった。
『また…』
あの瞬間が頭の中で何度も、何度も再生される。どうしようもない感情が胸の中で絡み合い、箸を握る手が震えてしまう。
だけど──その震えを感じた瞬間、不意におでんの香りが鼻腔に強く届いた。
「……」
一口だけでも、と思って箸を取った。そして少しだけ口に入れる。熱くて、柔らかくて、ほっとする味。
体の中がじんわりと温かくなっていくのがわかる。それだけで、なぜか泣きそうになってしまった。
「……優しい味だな…」
自分の声がかすかに震えていた。食べることで、少しだけ気持ちが落ち着いた気がする。でも、それでも胸の中の重さが消えることはなかった。
その夜、ベッドに横になって目を閉じたけれど眠れるはずもなかった。想乃のことが頭から離れず、過去の痛みが何度も蘇ってきた。俺はただ、暗闇の中で目を閉じていた。
――朝。
宙からの着信音で目が覚めた。慌てて電話に出ると、すぐ病院に来いと伝える声が耳に届く。
急いで支度をして病院へ向かうと、すでに宙が病室の前にいた。病室の中にはベッドに横たわる想乃の姿がある。まるで普通に眠っているように見えた。
だけど、その静かな姿が、逆に俺の心をさらに不安で覆っていく。
「想乃は、まだ起きてない…よな」
宙が少し俯きながら答えた。
「…うん。ただ、想乃ちゃんのポケットにこれが入ってたみたいで、だから彗を呼んだんだ」
宙の手に握られていたのは小さな紙切れのようなものだった。宙は「ジュースでも買ってくる」と言って気を利かせてくれたのか、病室には俺一人が残る。
そこには可愛らしい文字で[彗へ]と記されている。
「これって…」
捲ってみるとそこには長い文字が書いてあるわけでもなく、ただ一つ──[ありがとう]という感謝の文字が綴られている。そこには何度か文字を消した跡がうっすら見える。
「……っ、なんで」
ふと目の前がぼやけていることに気付く。感謝されるようなことは何も出来ていないのに…彼女は、いつも真っ直ぐで時々それが、苦しくなる。
想乃のために、こんな自分じゃダメだと思う一方で、心の中ではどうしようもない無力感が渦巻いてしまうんだ。
彼女のそばに立って、手を伸ばそうとするが触れる勇気がない。まるで触れた瞬間に彼女が壊れてしまいそうで、どうすることもできずにただ立ち尽くす。
彼女の手がこんなに小さく、こんなに脆く見えたことなんてこれまでなかった。
自分が握ってしまったら、その温もりすら消えてしまうんじゃないか――そんな恐ろしい想像が頭をよぎる。
「っ…先生!想乃は」
咄嗟に声が漏れる。
「落ち着いてください。命に別状はありません、手術も成功です…ただ──」
「…目が覚めるまでに時間がかかるでしょう」
医師の声は心配を含んでおり、深刻そうに目を伏せていた。
もう遅いので、と言葉を受けて俺と宙は渋々病院を後にした。病院の外に出ても、冷たい夜風がただ頬を撫でるだけで心の冷たさは変わらなかった。
宙と別れたあと、おぼつかない足取りのなかどうにかして家までたどり着いた。家のドアを開けるとばあちゃんがキッチンで何かをしている音が聞こえる。
「彗、おかえり…ほら、出来たてだよ」
ばあちゃんは、俺に何かを言うわけでもなくただそっとテーブルにおでんを置いた。湯気がゆらゆらと立ち上り、懐かしい香りが鼻をくすぐる。
だけど、俺は椅子に座ったままその湯気をぼんやりと眺めるだけで箸を取る気にはなれない。
「…無理に食べなくてもいいんだよ」
ばあちゃんの言葉は優しくて、俺の中にほんの少しだけ温かさが染み込んでくる。だけどそれでも手は動かなかった。
『また…』
あの瞬間が頭の中で何度も、何度も再生される。どうしようもない感情が胸の中で絡み合い、箸を握る手が震えてしまう。
だけど──その震えを感じた瞬間、不意におでんの香りが鼻腔に強く届いた。
「……」
一口だけでも、と思って箸を取った。そして少しだけ口に入れる。熱くて、柔らかくて、ほっとする味。
体の中がじんわりと温かくなっていくのがわかる。それだけで、なぜか泣きそうになってしまった。
「……優しい味だな…」
自分の声がかすかに震えていた。食べることで、少しだけ気持ちが落ち着いた気がする。でも、それでも胸の中の重さが消えることはなかった。
その夜、ベッドに横になって目を閉じたけれど眠れるはずもなかった。想乃のことが頭から離れず、過去の痛みが何度も蘇ってきた。俺はただ、暗闇の中で目を閉じていた。
――朝。
宙からの着信音で目が覚めた。慌てて電話に出ると、すぐ病院に来いと伝える声が耳に届く。
急いで支度をして病院へ向かうと、すでに宙が病室の前にいた。病室の中にはベッドに横たわる想乃の姿がある。まるで普通に眠っているように見えた。
だけど、その静かな姿が、逆に俺の心をさらに不安で覆っていく。
「想乃は、まだ起きてない…よな」
宙が少し俯きながら答えた。
「…うん。ただ、想乃ちゃんのポケットにこれが入ってたみたいで、だから彗を呼んだんだ」
宙の手に握られていたのは小さな紙切れのようなものだった。宙は「ジュースでも買ってくる」と言って気を利かせてくれたのか、病室には俺一人が残る。
そこには可愛らしい文字で[彗へ]と記されている。
「これって…」
捲ってみるとそこには長い文字が書いてあるわけでもなく、ただ一つ──[ありがとう]という感謝の文字が綴られている。そこには何度か文字を消した跡がうっすら見える。
「……っ、なんで」
ふと目の前がぼやけていることに気付く。感謝されるようなことは何も出来ていないのに…彼女は、いつも真っ直ぐで時々それが、苦しくなる。
想乃のために、こんな自分じゃダメだと思う一方で、心の中ではどうしようもない無力感が渦巻いてしまうんだ。
彼女のそばに立って、手を伸ばそうとするが触れる勇気がない。まるで触れた瞬間に彼女が壊れてしまいそうで、どうすることもできずにただ立ち尽くす。
彼女の手がこんなに小さく、こんなに脆く見えたことなんてこれまでなかった。
自分が握ってしまったら、その温もりすら消えてしまうんじゃないか――そんな恐ろしい想像が頭をよぎる。