花火のように咲く、君の笑顔が見たいから
それからの毎日、学校が終わると俺は病院に向かうようになった。何をするでもなく、ただ病室で静かに横たわる想乃を見守るだけの日々。
いつ目を覚ますのか、そんなことばかり考えていた。
ある日は、篠原が病室に顔を出してくれた。彼女は俺に対して特別な言葉をかけるわけでもなく、ただ「想乃、早く元気になってほしいね」とだけ言って笑ってくれた。その笑顔には、どこか不安や焦りを隠しているものの俺はそれを見て少し救われた気がした。
そして、──五日目がやってきた。
この日もいつものように病室に入り、椅子に座って想乃の寝顔をじっと見つめていた。時計の針が静かに進む音だけが響く部屋で、俺はただ彼女が目覚めるのを待っていた。
「…す、い?」
突然、かすかな声が聞こえた。俺は驚いて顔を上げると想乃がゆっくりと目を開けていた。夢かと思った。でもその瞳は確かに俺を見つめている。
「っ想乃…!目が…覚めたんだな…!」
俺の声は思わず震えた。想乃の目が薄く笑う。
だけど、その笑顔にはまだ痛みが残っているようだった。
「うん…起きたみたい…」
彼女の声はまだ弱々しいけれど、その中には確かな意思が感じられる。俺は何も言えずただその瞬間を受け止めるしかなかった。
「ごめんね、心配かけて…」
想乃は自分を責めるように小さくつぶやいた。その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に渦巻いていた感情が一気に溢れ出した。
「…想乃が謝る必要なんてない。俺が、守りきれなかったんだ」
自分の無力さが痛いほど胸を締め付ける。想乃に対して何もできなかったことが、俺の心の中に深い傷を残していた。
その言葉を聞いて、彼女の目が先程よりも見開いているのが分かる。そして静かに首を振った。
「そんなことない。彗は、ずっとそばにいてくれたよ。それだけで…嬉しいんだよ」
想乃の言葉が、笑みが俺の心に優しく触れる。
彼女の言葉には、どこか温かさがあって、俺の心を少しずつ溶かしてくれるようだった。
「…っでも、俺は…それでも」
俺の言葉が続く前に、想乃がふと手を伸ばして俺の手をそっと握った。その手はまだ少し冷たかったけど、確かに温もりを感じた。
「彗────"私"と"過去"は違うよ」
そう言った彼女の声は強く、そして温もりを感じる。
拭いきれない自分の過去。汚くて、苦しくて、どうしようもなかったあの場所。
想乃と出会ってから駄目だと分かっていても彼女に惹かれていった。悶々と考えるなかで想乃が続けて、静かに口を開いた。
「ねぇ、私が前言ったこと覚えてる?」
「前って…」
「────負けるな!仮面なんて壊して、隠さなくていい!」
軽くガッツポーズを見せて笑顔を浮かべる想乃の言葉に、目を見開く。
「だから仮面って、な…に」
俺が口を開く前に、ふと彼女の体温を近くに感じた。
自分が抱きしめられていることに気付く。それはまるで壊れ物に触れるように優しかった。
「自分の感情に嘘なんてつかなくていいんだよ。辛い時は言葉にだして…怒りたい時は怒って、言いたいこと言っていいんだよ」
その声はくぐもっていて苦しそうに聞こえた。
「想乃…?泣いてるのか?」
「っ、もうひび割れた心を無視しちゃ駄目だよ…!」
その言葉が、なぜか心にずきんと響く。想乃が言っていることはたまによく分からない時がある。
"仮面"だとか、まるで俺の心を見透かしているように核心をつくような言葉。
『臭いものには蓋をする』
自分の感情は、過去の自分が蓋をした。これ以上出てこないように押し込んで溢れそうなものを必死に押し込んだ。
"愛"を知らないように。"家族"を忘れるように。
───いつか"自分自身"すら消せるように。
なぜか目からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。まるで今までつけていたなにかが外れて、ストッパーが効かなくなってしまったみたいだった。
「ぅあ…っ本当はもっと、家族と一緒にいたかった…愛されたかった」
次々と言葉が溢れ出す。
想乃は何も言わなかった。でもその目は、俺の言葉を静かに受け止めてくれているようだった。
「俺があの時…っなにかできたんじゃないかって!いつも頭をよぎって、今だってそうで…!」
父が辿ってしまう運命は変えられたのではないのか。想乃がこんな目に合わない方法なんて、いくらでもあったのではないか。
俺が傍にいない方が良かったのかもしれない。そう思うのに…。
「そ、ばに…っいたい」
嗚咽と共に膨らんだ想いが口から零れる。君が愛おしくて、叶うならば"家族"になってみたいとも思ってしまう。
変わらない日常のなかでその中には君がいてほしい。
涙を流していても想乃はただ強く、俺を抱きしめる。胸の奥にこびりついていた痛みが少しずつ薄れていくようだった。
「…──やっと、壊せたんだね」
その時、想乃が何かを呟いた。けれど俺にはその言葉がはっきりとは聞こえなかった。ただ、想乃の表情が柔らかく変わり、彼女の目にはまた涙が浮かんでいることに気づいた。
「想乃…?」
俺が問いかけると、彼女は微笑みを浮かべながら首を振った。何でもないというように、でもその笑顔は何かを語っているようだった。
嬉しくてたまらない、だけどその想いが溢れて涙がこぼれそうな──そんな表情。
俺には何も言わなかったけど、その瞬間何かが確かに変わったことだけは分かった。
その時、ふと思い出したかのように想乃が口を開く。
「花火大会…忘れないでよ?私ちゃんと起きたんだからね」
その言葉にふと花火大会が明後日に行われることを思い出す。けれど…退院したとしても少しの間は、安静にした方がいいようにも思う。
「でも、想乃、傷が…」
「大丈夫!逆に行けない方が悪化しちゃうくらいだよ」
想乃の言葉に俺は思わず苦笑する。彼女らしい無茶なところが、少しだけ懐かしく感じた。
「そんなこと言って…また倒れたら困るんだけど」
「倒れないよ!だって彗が一緒にいてくれるでしょ?」
そう言って、彼女は俺に向かって明るく笑った。その笑顔が、どこか眩しくて、俺の胸に温かいものが広がるのを感じた。
それはまるで、あの日見た少女の笑顔のようだった。
いつ目を覚ますのか、そんなことばかり考えていた。
ある日は、篠原が病室に顔を出してくれた。彼女は俺に対して特別な言葉をかけるわけでもなく、ただ「想乃、早く元気になってほしいね」とだけ言って笑ってくれた。その笑顔には、どこか不安や焦りを隠しているものの俺はそれを見て少し救われた気がした。
そして、──五日目がやってきた。
この日もいつものように病室に入り、椅子に座って想乃の寝顔をじっと見つめていた。時計の針が静かに進む音だけが響く部屋で、俺はただ彼女が目覚めるのを待っていた。
「…す、い?」
突然、かすかな声が聞こえた。俺は驚いて顔を上げると想乃がゆっくりと目を開けていた。夢かと思った。でもその瞳は確かに俺を見つめている。
「っ想乃…!目が…覚めたんだな…!」
俺の声は思わず震えた。想乃の目が薄く笑う。
だけど、その笑顔にはまだ痛みが残っているようだった。
「うん…起きたみたい…」
彼女の声はまだ弱々しいけれど、その中には確かな意思が感じられる。俺は何も言えずただその瞬間を受け止めるしかなかった。
「ごめんね、心配かけて…」
想乃は自分を責めるように小さくつぶやいた。その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に渦巻いていた感情が一気に溢れ出した。
「…想乃が謝る必要なんてない。俺が、守りきれなかったんだ」
自分の無力さが痛いほど胸を締め付ける。想乃に対して何もできなかったことが、俺の心の中に深い傷を残していた。
その言葉を聞いて、彼女の目が先程よりも見開いているのが分かる。そして静かに首を振った。
「そんなことない。彗は、ずっとそばにいてくれたよ。それだけで…嬉しいんだよ」
想乃の言葉が、笑みが俺の心に優しく触れる。
彼女の言葉には、どこか温かさがあって、俺の心を少しずつ溶かしてくれるようだった。
「…っでも、俺は…それでも」
俺の言葉が続く前に、想乃がふと手を伸ばして俺の手をそっと握った。その手はまだ少し冷たかったけど、確かに温もりを感じた。
「彗────"私"と"過去"は違うよ」
そう言った彼女の声は強く、そして温もりを感じる。
拭いきれない自分の過去。汚くて、苦しくて、どうしようもなかったあの場所。
想乃と出会ってから駄目だと分かっていても彼女に惹かれていった。悶々と考えるなかで想乃が続けて、静かに口を開いた。
「ねぇ、私が前言ったこと覚えてる?」
「前って…」
「────負けるな!仮面なんて壊して、隠さなくていい!」
軽くガッツポーズを見せて笑顔を浮かべる想乃の言葉に、目を見開く。
「だから仮面って、な…に」
俺が口を開く前に、ふと彼女の体温を近くに感じた。
自分が抱きしめられていることに気付く。それはまるで壊れ物に触れるように優しかった。
「自分の感情に嘘なんてつかなくていいんだよ。辛い時は言葉にだして…怒りたい時は怒って、言いたいこと言っていいんだよ」
その声はくぐもっていて苦しそうに聞こえた。
「想乃…?泣いてるのか?」
「っ、もうひび割れた心を無視しちゃ駄目だよ…!」
その言葉が、なぜか心にずきんと響く。想乃が言っていることはたまによく分からない時がある。
"仮面"だとか、まるで俺の心を見透かしているように核心をつくような言葉。
『臭いものには蓋をする』
自分の感情は、過去の自分が蓋をした。これ以上出てこないように押し込んで溢れそうなものを必死に押し込んだ。
"愛"を知らないように。"家族"を忘れるように。
───いつか"自分自身"すら消せるように。
なぜか目からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。まるで今までつけていたなにかが外れて、ストッパーが効かなくなってしまったみたいだった。
「ぅあ…っ本当はもっと、家族と一緒にいたかった…愛されたかった」
次々と言葉が溢れ出す。
想乃は何も言わなかった。でもその目は、俺の言葉を静かに受け止めてくれているようだった。
「俺があの時…っなにかできたんじゃないかって!いつも頭をよぎって、今だってそうで…!」
父が辿ってしまう運命は変えられたのではないのか。想乃がこんな目に合わない方法なんて、いくらでもあったのではないか。
俺が傍にいない方が良かったのかもしれない。そう思うのに…。
「そ、ばに…っいたい」
嗚咽と共に膨らんだ想いが口から零れる。君が愛おしくて、叶うならば"家族"になってみたいとも思ってしまう。
変わらない日常のなかでその中には君がいてほしい。
涙を流していても想乃はただ強く、俺を抱きしめる。胸の奥にこびりついていた痛みが少しずつ薄れていくようだった。
「…──やっと、壊せたんだね」
その時、想乃が何かを呟いた。けれど俺にはその言葉がはっきりとは聞こえなかった。ただ、想乃の表情が柔らかく変わり、彼女の目にはまた涙が浮かんでいることに気づいた。
「想乃…?」
俺が問いかけると、彼女は微笑みを浮かべながら首を振った。何でもないというように、でもその笑顔は何かを語っているようだった。
嬉しくてたまらない、だけどその想いが溢れて涙がこぼれそうな──そんな表情。
俺には何も言わなかったけど、その瞬間何かが確かに変わったことだけは分かった。
その時、ふと思い出したかのように想乃が口を開く。
「花火大会…忘れないでよ?私ちゃんと起きたんだからね」
その言葉にふと花火大会が明後日に行われることを思い出す。けれど…退院したとしても少しの間は、安静にした方がいいようにも思う。
「でも、想乃、傷が…」
「大丈夫!逆に行けない方が悪化しちゃうくらいだよ」
想乃の言葉に俺は思わず苦笑する。彼女らしい無茶なところが、少しだけ懐かしく感じた。
「そんなこと言って…また倒れたら困るんだけど」
「倒れないよ!だって彗が一緒にいてくれるでしょ?」
そう言って、彼女は俺に向かって明るく笑った。その笑顔が、どこか眩しくて、俺の胸に温かいものが広がるのを感じた。
それはまるで、あの日見た少女の笑顔のようだった。