花火のように咲く、君の笑顔が見たいから
儚い花火の記憶
彗に傘を差し出され、私は無言でその場を立ち上がった。まだ少し冷たい雨が降り続けているけれど彗の傘の中は不思議と温かく感じる。

「…家、来る?」

彗が優しく問いかける。私に何があったかを聞くわけでもなく、ただ…優しい声。
その声は私の乱れた心を少しずつ静めてくれるようだった。私は軽く頷いて、彼の隣を歩き出した。

冷えた体はまだ震えていたけれど、彗の隣にいると少しだけ安心感が生まれる気がした。それに今は何も考えたくなかった。どこかに行きたいとか、逃げたいとか、そういう気持ちも全部彗に預けてしまいたくなってしまった。

二人で歩き始めると街は静かで、雨音だけが響いている。

「…なんで、こんな時間に外にいたの?」

私はポツリと疑問を口にする。彗は私を横目で軽く見てから、少し考えたあとに答えた。

「散歩。あそこの公園、前に想乃と話した場所…たまに行くんだよ」

そう言う彼の表情は少し綻んでいて、私の胸に響く。結局いつも彼に助けられてばかりで、優しくて、なぜかそばにいてくれる。だけど今の私はそれに甘えてばかりだなって、少しだけ申し訳なく思った。

彗の家にたどり着くと、静かに玄関の扉が開かれる。二人で靴を脱ぎながら、雨で冷えた体が一気に温かい空気に包まれていく。

「タオル、持ってくる」

彗がそう言って奥に消えた。私は小さな玄関に立ち尽くしながら、自分が今どこにいるのか少しだけ不思議な気分になる。
誰かの家に避難して、こうして安心できる場所があることがこんなにも心を軽くするなんて知らなかった。
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