シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

心当たり

 葉⼭から帰ったあと、特に颯⽃との関係は変わっていない。
 連絡を取り合うこともなく、このところ⼟曜⽇の装花のときも彼は不在だったので、顔さえ合わせていなかった。
 葉⼭でのことが気まずくなって避けられているのかとも思ったが、貴和⼦によると、平⽇も夜遅く、単純に仕事が忙しいらしい。

(それでも、連絡しようとしたらできるわよね)

 やはり彼の中では⼀夜限りのことだったに違いないと⼀花は思った。
 そう考えるのがことのほか悲しくて、気分を変えるために仕事やデザインの勉強に打ち込むのだった。
 あまり成功してなかったが。

(これ以上、彼のそばにいたら取り返しがつかなくなりそう。会えなくて、ちょうどいいわ)

 気がつくと、ぼんやり颯⽃のことを考えてしまう。
 もう⼿遅れかもしれないと思いつつ、⼆⼈で出かけることがなくなれば、もともと遠い⼈だ。あきらめもつくだろうと思った。
 ⼀⽅、嫌がらせは加速していて、⽞関は⾒張られていると悟ったらしい犯⼈は、裏⼝や家の周囲にゴミを撒き散らそうとしたり外出中に跡をつけたりするようになった。そして、連⽇届くのはいつも『藤河颯⽃と別れろ』と書いてある脅迫状だ。
 もちろん、警備担当が対策してくれているので、⼤事には⾄っていないが、⼀花は疲れてきた。

(別れるもなにも、付き合ってないんだけどね)

 苦い笑みを浮かべて、深い溜め息をつく。
 恋⼈役なんて引き受けなければよかったと思いながら。
 そんなときだった。

「申し訳ありませんが、契約は今回で終了してもらえませんか?」
「え、なにか不備でもありましたか?」

 装花の定期契約している企業の担当に⾔われ、⼀花は⽬を瞬いた。
 突然のことにショックを受ける。
 関係は良好で、装花の評判もいいと⾔われている依頼主だった。
 担当者は⾔いづらそうにしながらも理由を教えてくれる。

「親会社からわざわざGreen Showerさん指定で取引をやめろと通達があって。なにかあったんですか?」
「まったく⾝に覚えがありません。そもそも親会社ってどちらなんですか?」
「綾部物産です」
「やっぱり関わったことがないですね」

 聞き覚えのない会社名に、⼀花は⾸をひねる。
 なにかやらかした記憶が本当にないのだ。しかも、わざわざ⼦会社にまで取引停⽌を⾔ってくるなんてよっぽどのことなのに。

「あっ、もしかして……」

 ふと閃いて、⼀花は声を上げた。
 担当者は興味津々に聞いてくる。

「心当たりがあったんですか?」
「いえ、私⾃⾝のことではないのですが……。確認してみます」
「そうですか。残念ですが、お世話になりました。いつも受付を素敵にしてくれてありがとうございました」
「こちらのほうこそ、ありがとうございました。またご縁がありましたら、よろしくお願いします」

 丁寧に挨拶をして、⼀花はその場を去った。
 不本意な終わり⽅に涙が出そうになる。
 思い当たることが⼀つだけあった。

(もしそうだとしたら許せない!)

 沸々と怒りがこみあげてくる。
 その勢いで、⼀花は電話した。
 今まで電話したことはなかったが、相⼿はすぐに出た。
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