シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 パーティーの開会が告げられ、いずみ産業の社⻑から三⼗周年の挨拶がある。
 そのあと乾杯の発声があり、それから何⼈かのゲストが祝辞を述べ、歓談の時間となった。
 あっという間に颯⽃の前に挨拶の⾏列ができる。
 ⾝動きできない彼は⼿持無沙汰な⼀花にそっと⽿打ちした。

「しばらくこんな状態だから、⾷事を取りに⾏ったり、装花を⾒たりして⾃由にしていてくれ。例の彼⼥もさすがに会場内でなにか仕掛けてくることはないだろう」
「わかりました。じゃあ、⾏ってきます」

 嫌がらせ犯と⽬される令嬢には後ほど紹介してもらう予定だ。
 ⽴⾷パーティー⽅式だったので、壁際に美味しそうな料理が並べられていて、それも気になったが、⼀花は会場の装花のほうが⾒たいと思った。
 こんな⼤きなパーティーに出たことがなかったので、興味津々だったのだ。
 特に中央の⾒上げるほど⼤きなフラワーデコレーションがさっきから気になっていた。
 早速、それを⾒に⾏こうと颯⽃のもとを離れた。
 すると――。

 バシャッ!

 避ける間もなく⼀花は頭からなにかの液体をかぶった。
 シュワシュワとした泡が肌で弾けながら滴ってくるのとその⾹りでシャンパンだと思った。
 とっさに⽬をつぶったけれど、彼⼥の顔を直撃したシャンパンは⼝の中にも⼊ってきて、⾼級そうな味がした。
 唇に垂れてきた雫を舐めて、「もったいないな」とつぶやく。
 それはさっきまで飲んでいたベル・エポックの味で、やっぱりシャンパンだった。
 びっくりして現実逃避していたけれど、⾸筋をシャンパンが伝わる感触がして、慌ててハンカチを出して、ドレスを拭いた。シミになったら⼤変だと思う。

「あら、ごめんなさい。つまずいちゃって」

 声がして視線を上げると、申し訳ないなんて、みじんも思っていない表情で空のグラスを持った⼥性が⽴っていた。
 黒のマーメイドラインのドレスを⾝にまとったスレンダーな美⼥だ。
 整っているが作り物めいた顔の中⼼で、薄い唇がにゅっと不⾃然に弧を描く。
 どうやら彼⼥が⼀花にシャンパンをかけたらしい。
  
(もしかして、この⼈が綾部物産の社⻑令嬢? 私に嫌がらせをしていた⼈なのかしら?)

 しげしげと彼⼥を観察している⼀花に、相⼿は平然と⾔った。

「そんな恰好ではパーティーにいられないわね。弁償しますから使⽤⼈についていってくださるかしら?」

 そう⾔って、彼⼥は出⼝を指す。
 パーティー序盤でこんなふうに退場させられるとは思っていなかったなと⼀花は妙に感⼼する。
 それにまさか、こんなベタな嫌がらせをされるとは考えてもみなかった。
 このあり得ない理屈をこねる神経は嫌がらせ犯と通じるものがある。

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