シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
(もう、颯⽃さん、話が違うじゃない!)

 会場では仕掛けてこないだろうという彼の⾒⽴ては⾒事外れた。
 ⼀花は精悍な颯⽃の顔を思い浮かべながら⼼の中で抗議した。
 でも、いくら煽ったからといって、こんな簡単に正体を現してくれるとは思わなかった。
 つい笑いがこみあげてくる。

「な、なに笑ってるの?」

 シャンパンをかけられたのに、怒るとかショックを受けるではなく笑い始めた⼀花を不気味そうに⾒て、社⻑令嬢がわめいた。
 どう答えようかと⾸を傾げた⼀花の腰に⼿が回された。
 颯⽃だった。

「⼤丈夫か?」

 ハンカチで彼⼥の顔や髪を拭いてくれる。
 これも⼆度⽬だなと思うとおかしくて、⼀花は笑いながら答えた。

「⼤丈夫です。颯⽃さんまで濡れちゃいますよ」

 そっと距離を取ろうとしたら、反対にもっと引き寄せられた。
 颯⽃は⼀花に⽢い⽬を向けたあと、社⻑令嬢を⾒据えた。
 ⼝もとには笑みを浮かべているのに、その瞳は冷たい。
 ビクッとした社⻑令嬢は弁解しようとした。

「あ、颯⽃さん、すみません。私、つまずいてしまって。ドレスは弁償いたしますわ」
「いいえ、それには及びません。彼⼥のことはおかまいなく」

 ⾔外に拒否の意を含ませて、颯⽃はきっぱりと告げた。
 ひるんだ社⻑令嬢はさらに⾔葉を重ねようとしたが、新たな声に阻まれた。

「颯⽃くん、うちの娘が粗相をしたようで申し訳ない!」

 焦ってやってきた中年男性は綾部物産の社⻑らしかった。
 娘の頭を下げさせて謝ってくる。
 颯⽃は彼に⽬を移し、静かに⾔った。

「綾部社⻑、今は彼⼥を早く着替えさせてやりたいので失礼しますが、あとでお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「わ、わかった」
「それでは、後ほど」

 社⻑令嬢を⼀顧だにせず、颯⽃は⼀花の背中を押して会場を出た。
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