シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
(もうここに来るのはやめよう)

 颯⽃の結婚話を聞くのは嫌だし、同居ともなれば、奥さんになる⼈とも会う可能性がある。
 そんなの耐えられないと思ったのだ。
 貴和⼦も颯⽃もいない今⽇がちょうどいいと思った。

「藤河社⻑、終わりました」
「今⽇も⾒事だな」
「ありがとうございます。それで、⼤変申し訳ありませんが、⼀⾝上の都合で、今⽇でこちらの仕事を終了させていただきたいのです」
「今⽇で? 貴和⼦が残念がるな」
「奥様には直接ご挨拶できずに申し訳ございません」

 急な話に彼は⼾惑っていたが、⼀花は頭を下げ続けた。彼⼥に続ける意思がないことを⾒て取ると、彼は了承した。

「わかった。しかたないな」
「お世話になりました。くれぐれも奥様にもよろしくお伝えくださいませ」

 もう⼀度深く頭を下げてから、⼀花はその場を辞した。
 ⾞で帰宅する途中、とうとう涙があふれた。路肩に停⾞すると、顔を覆う。
 後から後から涙が流れて止まらない。
 こんなに泣いたのは久しぶりだった。
 ⽬が痛くなるほど泣いて、疲れ果てた⼀花はスマートフォンを取り出し、颯⽃の連絡先をブロックしてから、削除した。

(これでもう彼との繋がりは消えた……)

 あっけなかった。
 それほどに彼との縁は薄いものだったのだ。
 もう彼の⼈⽣と交わることもないだろう。
 ⼀花はパンッと⾃分の両頬を叩いて気合いを⼊れた。

(仕事頑張ろう! 営業しなくっちゃね!)

 取引先が⼀つ減ってしまったから、挽回せねばと無理やり思考を仕事に切り替える。
 それから⼀週間、⼀花は休憩も取らない勢いで働いた。
 隙間時間には本を読んだり、装花のデザインを描いたりして、とにかく頭の中をなにかで埋めようとした。
 それでも気を抜くと、颯⽃の顔が浮かんでしまい、ほろりと涙がこぼれそうになったが。
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