シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

もうあなたと会いたくない

 ⼟曜⽇になり、もう藤河邸の仕事がなくなった⼀花はどこかに出かけようと思った。
 家にいたら、うじうじと考えてしまいそうだったからだ。

「⼀花!」

 ⽞関でカギをかけていたら彼⼥を呼ぶ声がした。
 それは聴きたいけど聴きたくなかった声で、⼀花は固まった。
 彼が背後に駆け寄ってきた気配がした。

「⼀花」

 また呼ばれる。
 どんな顔をして彼を⾒たらいいのかわからず、⼀花はふぅっと溜め息をついたあと、ゆっくり振り向いた。
 案の定、そこには颯⽃がいた。
 いつも⾃信に満ちたその顔になぜか焦燥が⾒えて、⼀花は⾸を傾げる。

「なにかご⽤でしょうか?」

 つとめて冷静な声を出す。
 思ったより冷たい響きになった。
 彼⼥の反応に⼀瞬ひるんだ颯⽃だったが、憤りとともに問いかけてくる。

「なぜ返事をしない? どうして電話に出ないんだ?」

 彼は⼀花に連絡していたようだ。でも、ブロックしていた彼⼥にはわからなかった。
 それにもう恋⼈のふりは終わったのだから、連絡を取る義務もない。
 ⼀花は⽬を伏せながらも、きっぱり⾔った。

「……もうあなたと会いたくないからです」
「なんでだ!?」

 驚愕の表情を浮かべた颯⽃が彼⼥の腕を掴んでくる。
 それを外そうと⼿を引っ込めて、⼀花は視線を上げた。
 じっと彼の⽬を⾒て答える。

「私、割り切って遊べる性格じゃないんです。恋⼈のふりは終わったんだから、もう連絡しないでください」

 とたんに颯⽃の表情が変わった。
 その⽬が⾒たこともないほど険しくなって、激しい怒りを浮かべている。
 彼は低い声で問い詰めてきた。

「遊ぶ? ……もしかして君は今までのことをすべて”ふり”だと思っていたのか?」

 その迫⼒に怖くなった⼀花は後ずさりする。それを颯⽃が追う。
 ⽞関ドアに彼⼥の背中が触れた。

(え、だって、違ったの? “ふり”じゃなかったらなんなの? 結婚するくせに!)

 どうして⾃分が責められなければならないのかと腹が⽴ってくる。
 彼の怒りが理不尽に思えて、⼀花は⾔い返した。

「だって、結婚前につまみ⾷いしただけなんでしょう? ちょうどよく私がそばにいたから」

 ⾃分で⾔った⾔葉に⾃分で傷つく。
 颯⽃はずいっと前に出てきて、バンッとドアに両⼿をついた。腕に⼀花を閉じ込める。
 ホテルで迫られたときと同じ体勢だが、彼の表情がぜんぜん違う。
 前は熱く蕩けるようだったのに、今はギラギラとした⽬で⼀花をにらんでいる。

「結婚前って、誰が誰と結婚するんだ?」

 颯⽃は顔を近づけて怒りを押し殺したような声を出した。それに負けないように、⼀花は叫ぶ。

「颯⽃さんに決まってます! 隠しても知ってるんだから。藤河社⻑がおっしゃってたわ」
「……っ、あのクソ親⽗!」

 拳をドアに打ちつけて颯⽃は悪態をついた。その様⼦に、バレたのが気まずいのかと⼀花は悲しくなる。
 
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