二つ星は閃光を走る
第弐話 運命の人 後
午後の授業と帰りのHRも終えてしばらく経った後の教室。
担任の河村から部活の事で話があるからと職員室は来るようにと呼び出されていた澪は慌てて教室に戻ってきた。
キョロキョロを周りを見渡す。
「あれ?木原くんは?」
澪はさっきまで隣に居た例を探していたが何処にも見当たらない。仕方なく近くにいた楓に問いただしてみた。
楓は大好きな怜の隣の席を取られたことで芽生えた嫉妬で不機嫌気味に澪を睨みつけた。
「……今日はお母様の見舞いの日だからもう帰ったよ」
「あ、そうなんだ。な〜んだ…実は木原くんと同じ帰り道だから一緒帰りたかったけどしょーがないわね」
「え?は?待って?一緒の帰り道って…」
「道に迷ったら莉奈さんに連絡すればいいか。今日は1人で帰ります。それじゃ石橋さん!また明日!」
「待って!なんで木原くんのお姉さんの名前…!!ちょっと!!島崎さん?!」
楓のヒステリックな叫びを背に澪は教室を飛び出し下駄箱の方へと急いだ。
悲鳴にも似た楓の問いかけに澪は敢えて応えなかった。今話してしまえばややこしい事になると予想していたからだ。
そんな事よりもはやり転入初日に怜と下校できないという悲しい事実が今の澪にとって重大だった。
(先生の呼び出しがなかったら怜と帰れたかもしれないのに……それに露華さんにもご挨拶できたかもしれないのになぁ…)
はぁ〜っと深くため息をついた澪はすぐには立ち直れそうにない。怜が自分を警戒しているというのもさらに追い打ちをかける。
(だめだめ!!今日が初日なんだから仕方ない!!じっくり少しずつ距離を詰めればいいのよ!!……でも、ずっとこのままだったら…いやいや…!!)
浮き沈みが激しい考えが澪の頭の中を駆け巡っている時だった。
突然、背後からガシッと右腕を掴まれた。驚いた澪は考えていた頭の中が一気に真っ白になったと同時に足を止めた。
掴まれた方を見るとそこにいたのは朝のHRで怜と席のことで争っていた雅紀だった。彼の取り巻きの林田と浦川が澪が逃げられないように周りを囲む。
掴まれた所に力がこもり澪の顔が少し歪んだ。
「島崎さん!俺と帰りませんか?!」
「えっと…あの…1人で帰れるから大丈夫。それと痛いから離してくれない?」
「でも、今日こっち来たばかりでしょ?!1人じゃ危険ですよ!!ほら!!ニュースでやってた猟奇事件のことも心配だし…」
「大丈夫。すぐ家近くだから。あの、お願いだから離して。本当に」
「嫌だ!!!島崎さんが"はい"って言ってくれるまで離さない!!」
(はぁ〜〜?!)
雅紀の一方的過ぎる要求に澪はただただ呆れるしかなかった。
掴まれた腕を必死に振り解こうとするも掴む力が更に増してしまい難しいものとなってしまった。
雅紀の取り巻き達も「すんません。雅紀さん一度決めたら曲げない人で」「一緒に帰ってあげてくださいよ」と彼の顔色を伺うだけで困っている澪を助けようとはしなかった。
澪は《はぁー》っと怒りと呆れが混じった深いため息をつく。
「それに、俺はやっぱり島崎さんがあんな奴の席の隣なんて納得できねーよ。本当は島崎さんも嫌だったろ?今から先生のところへ…」
「行きません」
「え?」
「席も変えるつもりもないし、貴方とも帰らない。それは明日もこれからも。こんな風に人の邪魔をするような人私嫌い」
「え……んえ……?」
澪の口から出た《《嫌い》》という言葉に雅紀は凍りつく。その反動で力が弱まりようやく雅紀から腕を振り払うことができた。
痛む右腕を摩りながら呆然と立ち尽くす雅紀に澪は憎悪を込めた笑顔を振り撒いた。
「それじゃ平良さん。また明日」
「あの……」
「た、平良さん…」
「しっかりしてくださいよぉ〜」
ショックで固まる雅紀に林田と浦川は必死に彼に呼びかけるも全く効果がなかった。
澪はその声を聞きながら再び下駄箱へと足を進める。
(よりにもよって平良雅紀に絡まれるなんて。今後も要注意ね…。まぁ、私には怜がいる!!それだけで大丈夫だし最高よ!!)
さっきまで起きていた出来事を忘れる様に澪は大好きな怜のことを想い浮かべる。明日こそ彼と下校すると心に決めて。
下駄箱で上靴からローファーに履き替えた颯爽と学校を飛び出す。
ずっと思っていた人と傍にいられる。澪にとっての運命の人と。
澪はニヤつきそうな顔を必死に抑えながらこれから自分の棲家になる所へと急いだ。
1人で学校から帰ってきていた澪の居候先の家。
そこに住んでいる高校生の少女が学校から帰ってきた澪を快く迎え入れる。
これから住むその家の暖かい雰囲気が澪の中にあった不安が一気に払拭された。
「いらっしゃい澪ちゃん!!あとおかえりなさい!!初シズカラ中はどうだった?」
「これからよろしくお願いします!!あと、ただいま!とても楽しくてこれから通うのが楽しみです♪怜くんともたくさん話せました!」
「それは良かった。アイツあんまり人と話そうとしないから…。あーそうそう。2階の澪ちゃんの部屋作ってあるから自由に使って」
「ありがとうございます。これから大事に使わせて頂きますね!」
澪は少女にお礼をすると嬉しそうに階段を駆け上がった。
自室に向かおうとした澪はピタッと怜の部屋の前で立ち止まった。一瞬躊躇ったがキョロキョロと周りを見渡し注意して恐る恐るドアノブに手をかける。
(勝手に入っちゃいけない。分かってるけど…分かってるけど…)
ドキドキする心臓の音がいつもより響く。その音を聞きながらガチャっとドアノブを回した。
ドアを開けた先には澪が思い描いていた通りの光景が広がっていた。
澪は目を輝かせながら部屋を見渡した。
「わぁ〜…!!!」
ペンギンのぬいぐるみとクッション、ペンギンキャラのペン丸のフィギュアと異様さを放つ70〜80年代に活躍した世界的有名なロックバンドのポスター。
カーテンとベッドカバーとピローカバーはペンギンを模した紺色。
ほぼペンギンに埋め尽くされた部屋に澪は心踊らされていた。
(怜のベッド、怜のペンギングッズ、怜の机…!!!うふ、うふふふふ…♪)
「うふふふ…」
心の中で呟いていた声が表に出てしまった。けれど今の澪にはそんな事なんの問題でもなかった。
大好きな人の匂いと生活感が充満する部屋に居れることで澪は幸せを感じていた。
変に顔がにやけてしまう。心臓の鼓動がドキドキと嬉しそうに響く。
澪は飛び込む様にベッドに寝転がりペンギンのクッションを抱きしめた。それも力強くギュっと抱きしめる。ペンギンのクッションから小さな悲鳴が聞こえてきそうな程。
悶絶してベッドでゴロゴロと激しめに寝返りをうつ。
(本当に私今日から此処で居候するんだよね?!!やば!!どうしよう明日死ぬのでは…?いやいやいやいや!!!死んでられない!!!だって…)
母親の仕事の都合という理由だけでこの静紫市に来た訳ではない。彼女にはもっと大事な目的があった。
その為に静紫市に引っ越してきた。そして、この家にやって来た。《《怜に会い、彼に関わる本来の目的を告げる為に。》》
(でも、今だけは…怜が戻ってくるまでは…ん…?なんか眠い…とても幸せな感覚がぁ…)
引っ越しと初めてシズムラ中にやって来た疲れがどっと睡魔となって澪を眠りに誘い始める。瞼が重くなり目を開けているのが難しくなってきた。
(どうしよう…怜が帰ってくるかもしれないのに…まぁいいか…)
必死に起きあがろうとするも睡魔には勝てなかった。澪はそのままスヤァっと怜のベッドで眠りについてしまう。
「はぁ?!!!!なんで?!!!!」
怜の悲鳴を数時間後に聞くことを知らずに澪はぐっすりと彼のベッドで眠りについた。
シズカラ総合病院の入り口前。
一足先に下校していた怜は幸人共に母露華の見舞いへと訪れていた。
露華の容態の関係と病院の意向で親族以外の面会は許されていなかった為、付き添いの幸人は外で待つことになった。
「それじゃ俺外で待ってるわ」
「ごめん幸人。ちょっと顔見せてくるだけからすぐ戻るよ」
「なーに言ったんだよ。俺のことなんか気にしないでちゃんとおばさんと話してきな。大丈夫。《《無駄》》なんかじゃないさ」
「…ありがと。後でたい焼き奢るわ。それじゃ行ってくる」
「うん。ゆっくり行ってこいよ」
どんなに大切な人が長い間眠っていたとしても必ず声は届く。幸人は声をかけることは無駄ではないと怜を勇気付けた。
怜の弟萊を身籠ったまま大病が原因で長い眠りについた。お腹の中にいた萊がすっかり大きくなっていることも姉の莉奈と怜が大人へと少しずつ近づいていることも知らない。
もし目覚めたら沢山話したい。萊を抱きしめて欲しい。まだまだやりたい事がある。
(父さんも諦めてない。必ず目覚める)
建物に入ると、周りには看護師に付き添ってもらう老人や、怜と同様に見舞いに来た人、冷却シートを額に貼って母親と順番を待つ子供、病院特有の光景が広がっていた。
ロビーで受付を済ませ、露華がいる部屋の階にエレベーターで向かう。
広めのエレベーターはゆっくりと上へと進む。
(母さん。今日元気かな?)
そう思っていると機械的な声で"5階です"とアナウンス音が流れエレベーターが停止し扉がゆっくりと開く。
少しだけ院内で聞こえる騒がしさが怜の緊張をほぐしてくれた。
《木原 露華》と書かれた名札が付いた部屋の前で立ち止まり引き戸の取手を掴みそっと開けた。
「母さん。来たよ」
怜はいろんな管に繋がれたままベッドの上で眠り続ける母親に来た事を告げた。当然何も応えは返ってこない。
それでもまだ生きていることの方が怜達家族には重要だった。
「今日は顔色いいね。この前来た時はあんまりだったから。あ、コレ、萊が母さんにだって。壁に貼っておくね」
怜が鞄の中から取り出したのは萊が前日の夜に描いた露華の似顔絵だった。クレヨンで描かれたその似顔絵はとても優しげな笑顔の《《想像の母親》》。
写真と動画の中でしか知らない母親の姿を萊は会いたいという気持ちを込めて描いていた。
怜の視界が少しだけ涙で歪む。ぐいっと乱暴に涙を拭い似顔絵を壁に貼り付けた。
壁には既に数枚の写真と萊が描いた絵が貼られていた。露華の目覚めの為にまた増えてゆく。
「今日さ、俺のクラスに転入生が来たんだ。なんかすごく変わった子。急に俺の顔見て“キレイ”だって。初めてだよ。そんなこと言うヤツ」
返ってくるのは規則正しく鳴る心電図の音と人工呼吸器の音と時計の音だけ。
もう慣れてしまった。けれど、心の何処かで言葉が返ってくるのではないかとつい思ってしまう。
眠り続ける母親の手はほんのりと暖かくまだ生きているのだと希望が奮い起こされる。
「最近、病院の近くで事件があったみたいでさ、もしかしたらこっちに来れるの少し減るかも。でも、何があってもちゃんと母さんに会いに行くから。父さん達もきっと大丈夫」
チラッと壁掛けの時計を見て此処を出なければいけない時間だと知る。今回はいつもよりも短い母親との面会だった。怜は名残惜しそうに露華の手をもう一度手を握った後そっと離した。
「ごめん。下で幸人を待たせてるからそろそろ行くね。また来るから…」
暖かな感触を残したまま怜は帰り支度を終え入ってきた扉の方へ向かう。
部屋を出る前にもう一度露華が眠るベッドに身体を向けた。やはり帰る時は何度訪れてもどうしても慣れない。別れが浅い気持ちはどうしても。
「またね。母さん」
眠り続ける露華にまた来ると約束をして怜は部屋を後にした。
来た道を戻り、外で待つ幸人の元へ足を進めた。
乗り込んだエレベーターの中でふと考え事をする。
(今日の母さん顔色が良かったな。ちょっと安心した。次来る時もそうだといいけど…)
もし、次来た時に目を覚ましていたらなんて考えてしまう。その願いが叶うのはあまりにも低い。
僅かな希望を胸に怜は外で待っていた幸人と再会した。
「おかえり。おばさんどうだった?」
「ん〜?前来た時よりは良いかな。後、ちょっと今日のこと愚痴ってきた」
「澪ちゃんのこと?良い子じゃん」
「どこが?ただの俺に関心持ち過ぎてる変人だろ?それとその澪ちゃんって呼ぶのよせよ…」
「え。やだ。澪ちゃんもそう呼んでって言ってくれてるし」
(コイツ…)
「それより《《瀧本先輩》》のとこ行こう?早くプレミアムカスタードクリームたい焼き食いたい」
(こ、コイツ…俺の奢りだからって高ぇーヤツ頼もうとしてやがる…!!!)
怜に大好きなたい焼きを奢ってもらえる嬉しさでルンルンな幸人を見てさっきまで沈んでいた気持ちが一気に吹き飛んだ。しかも、いつも買っている普通のカスタードクリームではなくプレミアムの方を頼むと宣言されてしまったからもう反論できない。
露華との面会の間、ずっと外で待たせてしまった負い目もあってそれ以上何も言えないものあった。
2人は病院を後にし、ここから少し離れた新シズムラ駅近くの同じシズムラ中学の卒業生が営むたい焼き屋タキモトへ向かう。
怜はさっきまでマナーモードにしていたスマホを見て通知を確認すると、天気とゲームの通知と姉の莉奈から3件のメッセージが届いているという通知が届いていた。
(ねーちゃんからだ。なんだろ?)
パスワードをタップしロック解除をしてメッセージの内容を確認する。
題名には《おつかいたのむ!!》と書いてあった。
その中身は《ごめん!!お願いがあるんだけど、お母さんの病院の帰りにたい焼き屋タキモトで予約してある商品を受け取って欲しい!!(>人<;)》という顔文字付きのお使いメッセージだった。
怜はそれを見てため息をついた。結局、自分はたい焼きを食べれずじまいだと知ってしまったからだ。
「おう…今食ったらやべーな…はぁー…」
「怜?どうした?」
「なんでもない。ちゃんと奢るから安心してくれ」
「?」
(まさか、父さん達が言ってたサプライズが関わってたりしてないだろうな?なんかまた不安になってきた)
朝、ルイス達が言っていたサプライズの不安が再び押し寄せる。しかも今回は朝の時とはまた違う不安だ。学校で感じた事。
それは、転入生の島崎澪が関わっているんじゃないかという不安。
ニュースでやっていた猟奇事件さえなければ幸人と一緒に遊べるしバックレたのにという思いもぶり返した。
(犯人…ゆるせぬ…)
「あ、あの怜?大丈夫?なんか怖いよ?」
「うん。大丈夫。なんも気にせんでいいから早く行こう?フフ…」
(こえーよ…)
怜から醸し出される負の感情が幸人を変にビビらせた。
そんな2人を1匹の大きな影が電柱の上でジッと睨みつける。人間とは程遠い爬虫類の様な身体。誰にも見えない様に身体を透明と化している。
《ダめ、だ、ァ…もう…ご、ろ"じ……た…ク…》
『うまソ…はや、ク…殺し、た…イ…』
その怪物は《《なにか》》と葛藤しながら逃げる様にその場を立ち去った。
(ん?今何か聞こえた気がしたけど…気のせいか?)
怜は何かを感じ、怪物がいた方に目を向けるが何もいなかった。自分でもどうしてこっちの方向を見たのか分からなかった。
まぁいいかとすぐにそのことを忘れてたい焼き屋タキモトへと向かった。
「怜。コレ、ルイスさんから頼まれたやつ。こし餡&カスタード食べ比べセットね。代金はもう貰ってあるから」
「ありがとうございます」
「それと幸人にはプレミアムカスタードクリームたい焼き。380円」
「ありがとうございます〜♪千秋先輩♪」
駅近のたい焼き屋タキモトで莉奈からのおつかいで頼まれた物を受け取った。手提げの紙袋に入っている白い箱の中には、こし餡5個、カスタードクリーム5個入った店の定番の食べ比べセットだった。
幸人は宣言通り380円のプレミアムカスタードクリームたい焼きを頼み怜に奢ってもらった。
「今日はサンキューな怜♪やっぱ奢ってもらったプレミアムカスタードクリームたい焼きうめーわw」
「腹立つ。おめー次は俺に奢れよたい焼きィ!」
「それは俺が何か怜に頼み事をしてからだな」
「コイツ…!」
口元にカスタードクリームを付けたまま美味しそうにたい焼きを頬張る幸人に怜は悔しさを滲ませていた。
"まぁ、家に帰ったら2種類も食べれるからおあいこだ"と考えてなんとか怒りを抑えた。
たい焼きを食す幸人を見る度にお腹がすいてしまう怜は帰宅したい気持ちが優ってきたがサプライズという言葉が邪魔をする。
(よくよく考えたら頼んでくれた食べ比べセットぜってー2匹余るんだよなぁ…いつもはセットじゃなくて単品で頼むのに。まさか…サプライズ…)
「おーい?大丈夫かー?」
「え?あ、ごめん。いろいろ思う事が…」
「今日の怜は考え事ばかりやんけ。大丈夫!何かあったら俺に頼めっていつも言ってるだろ?」
口元をカスタードクリームを付けたままポンっと誇らしげに胸を叩く幸人に怜は呆れつつも彼のその姿勢のおかげで気持ちが少しだけ和らいだ。
けれど、そんな彼にいつも助けられたから今の自分はここにいるのだ実感する。
「クリーム口付いてる奴が言うからあんま説得力ねーな」
「え?マジ?はずっ」
「でも、ありがと。もし何かあったらすぐに連絡するよ」
怜に指摘されてようやく口元の状況に気が付いた幸人は慌ててクリームを指で拭う。
すると、怜のスマホからメッセージが届いたという通知音が響く。後ろのスラックスのポケットからスマホを取り出しメッセージを見ると父ルイスからの"お見舞い終わったら早く帰っておいで"という内容だった。
「ごめん幸人。そろそろ帰らないとまずい」
「あ!待って!あと一口だから!」
幸人は尻尾の部分だけとなったたい焼きを一口で食べきり急いでリュックを背負った。口をもぐもぐさせながら"おまたせ!行こう!!"と怜に合図しそれぞれの家へと出発した。
帰宅の途につく最中、いつも別れるところの道を歩いている時に怜はさっき聞こえたあの不気味な声を思い出し隣を歩く幸人にも聞こえたかどうか尋ねてみた。
「変な声?何それ?そんなの聞こえなかったけど」
「え…じゃあ俺の空耳かな」
「まぁ〜病院の近くの公園、よくホームレスのおっちゃんとか変なヤンキーおるから聞こえてもおかしくないけど」
(……そう思いたいけど何か違う気がする)
問いの答えは予想していた通りだったが、幸人が提示した原因の元にどうも納得がいかなかった。
ニュースでも連日やっている猟奇事件。しかも、事件が起きた現場の近くで聞こえた声。
(あの転入生といい、事件といい、最近おかしい事が起き過ぎやろ)
「おかん達の言う通り、今はあんま外に出ない方がいいかもね。まだ殺人事件も解決してないし。こうやって放課後にたい焼き食って明るい内に帰るのが無難かも」
「そうかもな」
「澪ちゃん大丈夫かな?1人で帰れたかな?怜と帰りたがってたかも?」
「幼稚園児じゃねーんだから平気だろ。アイツなら尚更。つーか、委員長の石橋さん辺りが同行するだろ?」
「どーかな?明日は澪ちゃんと帰ってやりなよ。な?」
「はぁ?!やだよ!」
「ぜってー明日の怜は澪ちゃんの帰る。予言しとく。じゃ!俺こっちだから!」
「あ!待て!!幸人テメー勝手に予言すな!!逃げんな!!」
「じゃあの〜」
明日の怜の様子を予言した幸人は逃げる様に自宅がある道を走り抜けていった。
追いかけてやろうかと考えたが、今日はたい焼きが入った袋を持っていら為、怜は悔しそうに彼の背中を見守るしかなかった。
ポツンと1人になってしまった怜も深いため息をついた後、のそのそと再び自分の家へと足を進めた。
何か気分転換に曲でも聞こうかと思ってスマホを取り出し選曲するがピンとくるものがなかなか見つからない。
そうこうしている内に家の前まで来てしまった。
(今日はロクな日じゃねーな)
スマホをスラックスの後ろのポケットにしまい家の扉を気怠そうに開けた。怜はボソリと"ただいま"と呟いた。少し遠くの方から"おかえりー"と明るい声が帰ってきた。
靴を脱ぎ、そのまま声がした方へ向かう。玄関には見覚えのない靴があったのだが疲れ果てた怜は気に留めなかった。
それよりも早く手に持っているたい焼きを莉奈に託して自室で休みたいという気持ちの方が優っていて他のことなどどうでもよかった。
キッチンに向かうと先に帰宅していた莉奈が夕食の準備を始めていた。
「ねーちゃんただいま。はい。頼まれモノ。ここ置いとくから」
「おかえり怜。おーサンキュー」
「あとで手伝うから少しだけ休ませて。眠い」
怜は眠そうにあくびをする。その様子を見た莉奈は可愛い表情を見せた怜にクスっと笑った。あまり無理させないようにしようと怜の要求を快く承諾した。
「いいよいいよ。今日はそんなに大変じゃないから。それより、今日病院行ったんでしょ?お母さんどうだった?元気そうだった?」
「うん。この前よりは顔色良かったよ。こっちも安心した」
「そっか。あたしは明日行くから少し帰りが遅くなるかも」
「りょーかい。なんか今日はいろいろ疲れた」
「お夕飯になったら呼ぶからね」
眠そうにキッチンを後にする怜にまだ告げなかった。《《サプライズの正体》》がこの家の中に居ることを。
何も知らない怜は、たい焼きをキッチンのカウンターテーブルに置き、そのまま浴室のへ向かい洗面台で手洗いとうがいを終えて自室に急ぐ。
のっそりと階段を上がり、自室のドアを開ける。
自志うに入り、背負っていたリュックを勉強机の椅子に置き、着替えは後にしてさて寝ようといざベッドに飛び込もうとした時だった。
「ん…?」
いつもベッドに置いてある筈のペン丸大福クッションが転がり落ちている。
しかも、整えられていた筈のベッドが何故か変に盛り上がっている。まるで、《《誰か》》が眠っているとでも言いたげに。
今、家の中には自分と姉の莉奈しかいない筈。父と弟はまだ外。
ならばそこで眠っているのは…?さっきまであった眠気が恐怖で一気に吹き飛んだ。
なんとなくだが寝息も聞こえた気もする。
怜は転がっていたクッションを武器として左手で持ち、もう片方の手にはスマホを構えゆっくりとベッドに近づいた。
ドキドキと心臓の鼓動が激しくなる。
恐る恐る掛け布団を掴み、一呼吸し“もし、自分に何かあったら大声で叫べばなんとかなる!!どうにでもなれ!!”っと決意を固めバっと捲り上げた。
「え?!!!」
掛け布団を勢いよく捲り上げ侵入者の正体を目撃した。ここに居ない筈の転入生島崎澪がそこに眠っていた。
驚きのあまり武器として持っていた大福クッションをするりと手放してしまった。
「はぁ?!!!!なんで?!!!!」
怜の叫びで覚醒したのか澪の身体が小さくビクッと反応した。ん~っと眠そうに声を上げながらゆっくりと起き上がる。
眠気まなこの目を擦りつつ怜の方に顔を向ける。澪の目に飛び込んできたのは驚愕と困惑が入り混じる表情の怜だった。
一気に澪の頭が冴えてゆく。怜とは違う嬉しさ寄りの驚愕の表情を浮かべた。
「れい…?え?!怜?!いつ帰ってきたの?!」
「い、いやいやいやいや!そんなことどーでもいいんだよ!!なんで俺のベッドで寝てんだ?!」
「なんでって…、ちょっとお部屋を見せてもらって、ついベッドに寝転がったら眠気が襲ってきて…そうしたら寝ちゃってたわけ」
「いや、それも意味わからんし、なんでアンタが俺の家に居座ってるんだよ?!」
「あれ?まだ聞いてなかったの?私、今日からここに住むの。居候ってやつ」
「はぁ?!!居候って…まさか…」
ようやくサプライズの正体に気が付いた怜は急いでキッチンにいる莉奈に真相と問い質しに向かう。
家族から伝えられてた謎のサプライズ、何故か怜に興味を持つ転入生、何となく予想はしていたが考え過ぎだと消えてはまた現れる不安、その全てが的中してしまった。
「ねーちゃん!!まさかサプライズって!!」
「やっと気づいた。そうだよ。アンタの学校に転入生してきた澪ちゃんの事」
「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!!」
「言ってたらアンタ嫌がるでしょ!お父さんと相談して決まった事だから。澪ちゃんも今日から家族の一員なんだから大切にしなさいね」
「いきなりそんな事言われても困る!しかも勝手に俺のベッドで寝てたし!」
「許してあげて。今日が初登校だったんだから。明日のお夕飯、アンタが好きな茶碗蒸し出してあげるから機嫌直して。現実を受け入れて」
「そういう問題じゃない!!」
トントンっと澪が階段から降りてきた。怜のベッドで寝たお陰で疲れが消えて元気になっていた。
取り乱す怜を余所に澪は莉奈に手伝いますよと申し出た。
「ありがと澪ちゃん。それじゃちらし寿司盛りつけちゃってくれる?エプロンそこの棚に入ってるから」
「はい♪」
「え、いや、待って、溶け込むの早…」
「はいはい。騒いでないでアンタもお夕飯の支度手伝って」
莉奈にぐいっと5人分の皿を押し付けられてこれ以上何も言えなくなってしまった。
まさか、あの転入生が莉奈のエプロンを使って彼女と共に料理をしている光景を見るなんて夢にも思っていなかった。
怜は早く幸人に愚痴りたいと思いながら渋々押し付けられたお皿を並べた。
(あの余分なたい焼きの2匹分は島崎澪のってことかよ…本当今日はロクな日じゃねーわ!!)
露華の見舞いに行ったこと以外、その日の怜にとってプラスになることは無かった。
突然現れたかと思ったら、予想外の展開で自分の隣の席に座り、自分を見て"キレイ"だと言われて、会ったのは今日が初めてではない宣言と、何故か過去の事を話したら自分のことの様に怒った不思議な少女。
そして極め付けに、初めて来る家のベッドで、しかも《《ほぼ見ず知らず》》の男のベッドでぐっすりと爆睡していた澪に怜は改めて愕然し先が思いやられるのであった。
しばらく経ってからルイスと共に萊も帰宅した。
殆ど支度は莉奈と澪のお陰で終えていた為、身支度を終えた後夕食兼澪の歓迎会が始まった。
怜以外の家族全員は澪を歓迎するムードだった。
紺色のジャージと灰色の短いズボンに着替えた怜はポケットに其の場凌ぎ用のスマホとワイヤレスイヤホンがあるか手で確認する。
(やらかした…まさかの色がペアルックス状態…)
澪も制服から怜と同じ紺色を基調にした私服に着替えた緊張気味に自己紹介を始めた。
「もう知ってると思うけど、今日からウチで居候することになった澪ちゃん。仲良くしてあげて」
「えっと…島崎澪です。ルイスさんがママの知り合いだっていう事で私の居候先を快く引き受けてくれてとても感謝しています。これからよろしくお願いします!」
「澪おねーちゃんよろしねー!」
「よろしくね!澪ちゃん!」
「……」
「怜」
現実を受け入れきれていない怜は何も言いたく無かったがルイスに指摘されてしまう。
はぁーっと大きくため息をつき重い口を開いた。
「…どーもよろしく」
「よろしくね"怜くん"♪」
(はぁ…?コイツ…)
すぐに家族に溶け込んだ澪は尽かさず怜のことを下の名前で呼ぶようになった。怜は呆れて何も言えずもう一度ため息をつくしかなかった。
しかも、学校の時と同様に食卓の席も隣同士になり澪は上機嫌だったが怜はその逆。
弟の萊の隣がよかったが、今ここでそれを言ったら"澪ちゃんが可哀想だろう"と指摘されしまうと予想していたのですぐに諦めた。
ある程度の自己紹介を終えたと同時にそれぞれいただきます号令をし食事が始まった。
怜は気怠そうに目の前の蒸し鶏を自分の皿にのせる。
「怜。澪ちゃんの分も頼む」
「…はいよ(自分でやらせろよ…)」
「いえいえ〜お構いなく〜」
「(マジで何なのこの女)島崎さん。お皿貸して」
「そんな澪でいいのに」
「まだそんなに親しくないから今のところは苗字で呼びますね。はい。コレくらいでいい?」
蒸し鶏と付け合わせのレタスが盛られた皿を澪に渡す。皿を受け取った澪はなかなか下の名前で呼んでくれない怜の言葉に少ししょげていたが全く諦めていなかった。
怜も自分の皿に同じ様に盛ってから椅子に座りもそもそと食べ始めた。
(まさか夕飯も一緒なんて…)
「澪ちゃんは東京から来たんでしょ?やっぱりこことはだいぶ違うでしょ?」
「そうですね…」
黙って食事を続ける怜の横で、新参者の澪は家族と話を弾ませる。その姿は心の底から楽しそうだった。
蚊帳の外状態の怜はズボンのポケットからワイヤレスイヤホンを取り出そうとしたがルイスか莉奈に見つかったらまた面倒なことになるなと頭がよぎり思い留まった。
このまま黙っているわけにもいかないので怜は1番腹が立っていた事をルイスにぶつけた。
「父さんあのさ、なんで今日のこと黙ってたわけ?島崎さんがウチで居候することをサプライズにしたことをよ」
「驚かせようと思って。まさか自分の学校に転入してきた子がウチにいるなんで驚くだろ?」
「いいよそんなサプライズ。教えておいてくれよ…。萊も知ってたわけ?」
「うん!!知ってたぁ!!」
(く…知らなかったのは俺だけってことかよ…)
お茶碗にちらし寿司をよそいながらサプライズを内容を家族の中で自分しか知らなかったことにもう呆れを越していた。
そして、変にチラチラとこちらを見てくる澪からの視線が痛かった。
(とっとと食べて部屋戻ろう…んで、幸人に今起きた事を全部話そう…明日の学校まで待てん…)
「私、怜くんの学校に転入できてとても嬉しかったです。先生もクラスの人も親切だし」
「つか、島崎さんはお母さんの仕事の関係でこっちに越してきたんだろ?肝心のお母さんとなんで一緒じゃないんだよ?」
「特殊な仕事をしてる人だからすぐにどこかに行っちゃうし、一つの場所に留まってられないの。いつも一人にさせてしまうし、一人だと何かと心配だからってことで、しばらくルイスさんの所で居候させた方が安全だってことになったの」
「澪ちゃんのお母さんの崋山さんとよーく話し合って、年の近い莉奈と怜がいるから大丈夫だろうってことでこうゆう形になったんだ」
「ふぅん…」
ますます謎が深まるだけで納得はしなかった。居候という形ではなく、寮に入った方が良いのではないかと考えてしまう。
けれど、自分の知らないところで話を勝手に進めないで欲しいという思いの方が1番強かった。
(とっとと食って部屋戻ろう…たい焼きは部屋で食うって押し切ろう…んで、幸人に愚痴ろう…)
澪とルイス達が話で盛り上がる中、怜はもくもくも夕飯を食べた。
皿の上のちらし寿司にのっていた一切れだけ残ったサーモンを食べ終えた後、ごちそうさまと呟き食事を終え食器をシンクの中に置いておいた。
キッチンのカウンターに置かれていたたい焼きの袋からあんことカスタードを1つずつ新しい皿に乗せてから自室に向かった。
「疲れたから先に部屋戻る。用があったら呼んで」
一言そう告げた後、ルイスに咎められる前に逃げる様な形で自室に戻った。澪は少し寂しそうに怜の背中を見送る。
「気にしないで澪ちゃん。いつもああだから」
「いえ!私が学校で迷惑かけっぱなしだったから嫌われちゃってるかもしれないので…」
澪の視線にわざと気付かないふりをしながら自室に入り、机の上にズボンのポケットに入っていたワイヤレスイヤホンと、たい焼きが乗った皿を置く。
疲れたと呟きベッドに倒れ込む。傍に置いてあるペン丸大福クッションを抱き寄せぎゅっと強く抱き締めた。
大好きなペン丸のマイクロベルボア素材のクッションに少しずつ癒されてゆく。
(居候…来年の中3までならまだしも、まさか高校生になってからも…?いやさすがに…でもな〜…)
いつまで澪との居候生活が続くのか不安になった。
来年までは予想はできたがそれ以上はあまり考えられなかった。
その間に関係が改善できるのか、今の怜にはとても想像ができなかった。
澪の自分への反応を見てから、学校でも、家でも、塩対応で接していたから余計にそう思えた。
変に澪の悲しげな顔が頭を掠める。
(いやいや…大丈夫だって…って俺のせいなんだけれども)
違う違うと頭を振りながら澪の顔をもみ消す。
ポケットの中に残っていたスマホを取り出し幸人へのメッセージを送る。ペン丸のスタンプを使って今の自分の心境を伝える。ヤバいというペン丸があたふたと焦っている動くスタンプを最初に送った。
そのすぐ後に幸人から"どうした?"と熊のキャラクターのスタンプで返信がきた。
怜は包み隠さず全て話そうと文を打ち始めた。
《単刀直入に言うと居る》
『居るって誰が?』
《察してくれ。分かるだろうに》
幸人は何となく誰かは分かってはいたが少し揶揄いたくなり、さっき送った熊キャラの首を傾げているスタンプを使って分からないふりをした。
怜は少しイラっとしたのでペン丸の怒り表情スタンプで応戦する。
《分かってるくせにオメーよぉ》
『だってさぁww澪ちゃんでしょ?島崎澪ちゃん』
《御名答。アイツが家にいる。今日から居候だとよぉ!》
『え?!居候?!!マジ?!』
(大マジなんだよ…!!)
今の自分の状況がペン丸がしょんぼりへたり込むスタンプと同じだというの込める。自分だけ蚊帳の外だったと言うことも伝えた。
『怜だけ知らなかったってこと?澪ちゃんの居候話』
《何も知らんかった。ウチの家族いろいろおかしい。それをサプライズって言葉で何とかしようとしやがってよぉ。しかも、もう俺以外の人んちと打ち解けてて辛い。》
『まぁ…しゃーないというかさ…まさかそこまで繋がってるってなんかの運命としか思えんのだが』
《やめてくれよ。そんな運命いらん。そんなのより母さん目覚めさせてほしいぐらいだわ》
『長期になるだろうな。この様子じゃ。でも、悪い子じゃないから大丈夫っしょ?』
《俺が持たないのでは…?》
うるうると涙を溜めているペン丸のスタンプを送った後、一旦起き上がり机の上に置いてあったたい焼きを手に取り口に運ぶ。手に取ったのはあんこだった。冷えてはいたがちゃんと小豆特有の甘さが口に広がってゆく。
(美味しいけど次は出来立てが食いたいなぁ。やっぱり少し夕飯食えなくてもいいから幸人と食べればよかった)
頭の部分は二口目でほぼ齧られて無くなっていた。
食べる度にタラレバが思い浮かんでしまう。
あの猟奇事件が無かったら、澪が自分のクラスに来なければ、やっぱり幸人とたい焼きを食べていれば、ちゃんと居候の話を伝えてくれたら、けれど全て後の祭り。魔法でもない限り覆ることはない。
怜はまたため息をつく。いつも以上にため息が多くて気が滅入ってしまった。疲れもいつもよりひどい気がする。
いつの間にか尻尾の部分しか残っていなかったたい焼きを口の中に放り込む。
ゆっくり味わいながら飲み込み、もう一つのカスタードのたい焼きに手を伸ばそうとした時だった。
トントンっと扉のほうからノックする音した。
スマホをベッドに置き、音がした扉の方に体を向ける。
「怜くん?いいかな?」
(げ…)
扉の向こうから聞こえてきたのは澪の声だった。
このまま寝たふりでも決めてしまおうかと考えたが勝手に部屋に入ってきて寝る奴だから入ってくると思い諦めて返事をした。
「……いいけど」
「ごめんね。入るよ?」
《ごめん。後はまた明日話すわ。おやすみ》
『あいよー。おやすみ〜』
澪が部屋に入ってきたことでメッセージでの会話を終えた。おやすみという寝ているペン丸のスタンプと幸人からのクマのおやすみのスタンプで会話を終わらせた。
スマホの電源を切り枕の横に置いて、澪の方に身体を向ける。
「何か用?」
「うん。あのさ、今から散歩に行かない?」
「はぁ?今から?」
「そう!今から。いろいろ話したい事もあるし」
「話したい事って…でも、猟奇事件のこと知ってるだろ?夜に出かけるなんて父さんが…」
「それは大丈夫。ルイスさんから了承得てるから」
「な…っ」
澪との夜の外出を許した父親に怜は"幸人とはダメって言ったくせに"と不公平さを感じ苛立ちを隠せなかった。思わず軽く舌打ちをする。
時計を見ると針は22時を回っていた。もう夜遅いのに、未だ犯人が捕まっていない事件が起きたばかりなのに外に出るのを許すのもどうなんだとも。
(何を考えて…)
「早く!行くよ!」
「わ!馬鹿!引っ張るなよ!まだ行くって言ってねーだろ?!」
「お願いだから!怜が一緒にきてくれないと始まらないの!」
「はぁ?!なんだそれ?!」
「いいから!おーねーがーいー!!!」
「(あー!面倒くせーな!)分かった分かった!!行くから引っ張るなぁ!」
強引に外へ連れ出そうとする澪と張り合うのが面倒くさかった怜はすぐに折れた。それとは対照に澪は目を輝かせていた。
「早く行きましょ!」
(マジでこの女の思考が分からん…)
椅子にかけてあった青のジャージの上着を羽織る。
スマホをズボンの後ろのポケットにしまい、澪と共に部屋を出た。
すると、澪は何かを思い出したかのようにあ!っと呟いた。
「ごめん!忘れ物した!先外出てて!」
「…はいよ」
ゆっくりのそのそと玄関に向かう怜を一眼見てから澪は来た道を戻った。再び二階に駆け上がる。
自分の部屋に行き、鞄に入っていた猫ととかげの可愛らしいキャラクターが描かれた薄い紫色の封筒を取り出す。
既に手紙は封筒の中に入っており封もしてあった。
澪はその手紙を片手に階段を降り、ルイスの自室の前で立ち止まる。
緊張した面持ちで深呼吸をしてから、締め切ってある扉の隙間に持っていた手紙をそっと入れた。
不安な気持ちを抱えながら澪は怜が待つ玄関の方へ急いだ。
慌てて靴を履き外へ出る。怜が暇そうにスマホをいじって待っていた。
「ごめんごめん!お待たせー!行こうか!」
(なんでコイツと…つーか、猟奇殺人犯に遭遇したらどうしよう…イメトレして逃げる方法を考えて…)
「怜?」
「(ん…?いつの間にかコイツ、俺のことくん付けするのやめとる)あーごめん。行こう行こう」
面倒臭そうにスマホをポケットに入れて歩み始める。
澪が知らないうちにくん付けをやめていたのが少し気に掛かったが黙っておくことにした。なんとなくそうなると予想していたのもあったが。
「明日も学校なのになんでこんな遅くに散歩なんて…俺の部屋でもできたことだろ?そんないちいち外出なくても」
「ちょっとね。あのさ、一つ書いてもいい?」
「何?」
「私がこの街に来たもう一つ理由があるって言ったら?」
「……え?お母さんの仕事の都合以外に?なんだろ…?ま、まさか、俺に会いに来たとか…?」
「それもある。でも、とても重要な事。貴方も関わってくる。大切な事」
「俺に関わる?なんだよそれ?」
「もう少ししたら分かるよ。大丈夫。私がいるから安心して」
突然、澪からふっかけられた問いにどう答えたらいいか怜は思い浮かばなかった。
澪が言うそのもう一つの理由に自分が関わっているのというがよく分からなかった。彼女の口調からそれが最重要な事案であることを物語っていた。
変な緊張感が2人を包む。怜はこの雰囲気のせいで居た堪れなくなり歩きながらスマホを動かし始めた。
ふと気がつくと、澪が向かっていた場所は、昼間に不気味な声が聞こえた病院近くの公園だった。
事件が起きた場所からそう離れていないのと、犯人がまだ捕まっていないせいもあってか人はおらずしんと静まり返っていた。
(…よりにもよって公園に向かってるやんけ…やば…)
「聞きたいことがあるんだけど。半年前、ここでホームレス狩りがあったの覚えてる?」
「あ、ああ…ホームレスのおっちゃんが暴行された挙句、身体に火付けられて殺されたやつだろ?しかも犯人未成年だったやつ。それがどうした?」
「実は今回の猟奇事件に関わってる。殺されたのはそのホームレス狩りの犯人達」
「へ?嘘だ。まさか…そんな…」
「自分達は未成年だから大丈夫ってたかくくってたみたいだけど。見事に殺されちゃったわね。まぁ、自業自得ってやつよ」
(い、いや、嘘だろ。ニュースじゃ10代の少年の死体だかなんだか言ってた気もするけど…それよりなんで急にそんな話…)
澪は立ち止まり、スマホのライトである場所を照らしていた。照らされた先には大きな黒い煤な様なものがコンクリートに残っていた。何かを燃やした後の様だった。近くにはワンカップと小さな花束が添えられている。
「えっと、此処って…」
「猟奇事件の発端の場所。全ての原因と言ってもいいかな」
「原因って…なんだよ。犯人が人間じゃないみたいな…」
「そうって言ったら?」
「……はぁ?何意味分からんこと言ってんだ?そんな筈ない…」
『みづ…、げ…だぁ…』
怜の耳に昼間に聞いたあの不気味な声が入る。背筋が凍る。背後に何が気配を感じるが振り返ることが湧き上がる恐怖心が邪魔してできなかった。
怜とは対照的に、澪はその声を待っていたという表情で後ろを振り返った。
彼女の目に映ったのは、巨大な白と黒のまだら模様の蜥蜴のような化け物だった。その化け物は2人に向かって長い舌を鋭い速さで伸ばしてきた。
舌が当たる前に澪は怜の腕を掴み走り出した。狙いを外した舌はコンクリートの地面を砕いた。
「こっちよ!!!早く!!」
「え?!な、な、なんだよアレ?!!!あの化け物何?!!!」
「アレは魔獣って言って…って!話は後!!!!今は安全第一!!急いで!!」
「急いでって言われても、アイツ追いかけてきてる!!」
「目的を失って自我を失くし始めてる。まずいわね」
「目的…?!」
ドスドスっと大きな音を立てながら怪物は2人を追いかける。閉じられた口から漏れ始める炎が2人を捉える。オレンジ色の光が2人の背後を照らす。
澪は怜の腕をひきながら走り続ける。困惑するしかない怜は今は彼女に身を預けるしかない。
怪物から放たれる攻撃から逃れながら隠れる場所がないか周りを見渡す。
焦りがジワジワと込み上がってくるの感じるが見ぬふりをするが怪物は容赦しない。口の中で溜められていた炎が大きな塊となって逃げる2人に放たれた。
「え?!ちょっと冗談だよね?!待ってよ!!」
「っ!!!」
「れ、怜、わぁ!!」
怜は澪の手を振り解いたと同時に、彼女に覆い被さる形で飛びかかった。澪は怜と共にうつ伏せで倒れ込む。2人の背後で炎の塊が鋭い速さで猛烈な熱さと共に通り過ぎた。
澪は怜の突然の行動に一瞬困惑したが自分を守ってくれたとすぐに理解した。
なんとか炎の塊から身をかわすことができた怜は、澪からすぐに離れ彼女の腕を掴みながら立ち上がる。無理矢理澪を立ち上げさせ、今度は怜が彼女の腕を引き再び走り始めた。
このままではマズイと怜は、咄嗟に周りを見渡し地面に落ちていた大きめの石見つけそれを手に取り怪物に向かっておもいっきり投げつけた。
その石はもう一度炎の塊を放とうとしていた怪物の頭に見事に命中。石が当たった途端「ふぎゃあ!!」っとなんとも情けない鳴き声を上げ痛みで暴れる。
咄嗟の判断で隙を作らせ事で木々の中に身を隠すことができた2人は身を屈めながら怪物の様子を伺う。
「ナイス!!さすが怜!!今のうちにあの遊具の中に隠れましょう!!」
「お、おう」
さっきまで恐怖で慄き、澪に手を引かれていた自分がここまで活躍できたことが怜は信じられなかった。
パニくる怜をよそに、澪はようやく避難先を見つけその方向に指を差す。
指差した先にあった大きな山型の遊具が一時的な避難場所となった。小さなトンネルの中に入ってゆく。
トンネルの先の中心部の広めの空間に着いた2人はその中に身を隠した。
2人をは荒くなっている息を整え、一つずつ今の状況を整理し始めた。
周囲に警戒し、澪は未だ状況を把握できていない怜に寄り添った。
「なぁ?!!あの蜥蜴みたいな化け物なんだよ?!なんか火吹いてるし!すんげー長い舌持ってるし…!!」
「アレは魔獣っていう化物。瘴気っていう人々の負の感情の思念体が未練を残したまま亡くなった人の魂に取り憑き具現化させたモノ」
「魔獣?なんでそいつがこの公園にいるんだよ?突然俺らのこと襲ってきたし最悪」
「さっき言ったホームレス狩りの話。覚えてる?」
「覚えてるけどそれがどうした?」
「あの魔獣の正体はホームレス狩りの被害者。魔獣に殺されていたのは彼を嬲り殺した未成年の加害者」
「……」
怜はニュースで流れていた被害者が全員自分と同じ未成年だったと思い出した。加えて、殺された全員が公園で起きたホームレス狩りに関わっていたとも報道されていたことも思い出した。
澪は淡々と魔獣の仕組みを怜に教えた。
「魔獣は未練を残した人の魂が瘴気の力を借りて生み出した怪物。瘴気は自分を死に陥れた人間に強い恨みを持ったまま死んだ人の魂に取り憑くの」
「強い恨み…?」
「うん。復讐の為に魔獣に変身したらそいつらをまず殺しにかかるの。あの猟奇事件が良い例ね。でも、全ての元凶を殺したからって元の魂に戻るわけじゃない。目的を果たしたら瘴気は取り憑いた魂の自我を少しずつ奪ってゆくわけ」
澪が逃げる前に言っていた目的の意味を知った怜は昼間に聞いた魔獣の言葉の意味をようやく理解した。あの時にはもう復讐対象を殺し尽くし、自我を瘴気によって奪われ始めていたのだと。
どれだけ痛く辛い思いをしながら死んでいったのだろうと思うと瘴気の力を借りてでも恨みを晴らしたいという気持ちが分からなくもなかった。だが、その代償はあまりにも大き過ぎる。
(なるほど。あの時、もう殺したくないって訴えてたんだ。けど、瘴気ってやつがそれを許さなかった。接点の無い見ず知らずの俺らを突然襲い始めたのも合点がいく)
昼間に聞いたあの声が再び怜の頭の中を掠める。苦しげな何かを求める声。
《ダめ、だ、ァ…もう…ご、ろ"じ……た…ク…》
『うまソ…はや、ク…殺し、た…イ…』
けれど、再び遭遇した時には魔獣の中に囚われた魂が葛藤する声はもう聞こえなくなっていた。心のどこかで胸騒ぎを感じる。もう、魂自身では止められないところまで来てしまったのだと。そして、もう時間がないという事実。
「……その…瘴気に取り憑かれて自我を完全に失った魂って最終的にどうなるの?」
「自我を失ってしまった魂は瘴気と化す。自分と同じ様な彷徨う魂に取り憑く瘴気になって人々を襲う様になる。もう、元の魂には戻れないし生まれ変わることもできない。だから、早く私達が救ってあげないと…」
「私達が救う?どうやって?」
「瘴気に取り憑かれた魂を救う方法。それは、武器人と剣士の力を使って魔獣を倒し、邪悪な瘴気を祓うこと。それが魂を救うたった一つの救済方法」
「へ?ぶ、ぶきびと?けんし?」
「えっと、武器人というのはね…」
澪が少し緊張気味に話そうとした瞬間だった。
コンクリートの壁に亀裂が走りパラパラと砂煙が落ちる。重く砕ける音が大きな音を立て始める。
2人は慌ててトンネルを通り山型遊具から脱出した。
外に出たと同時に炎の塊が破壊された遊具に数発放たれる。さっきまで身を潜めていた場所は被弾し、火の海と化して熱気が襲う。
呆然とする怜はこちらに向かってくる魔獣を見て絶望で言葉を失った。
露華が入院している病院の建物が目に入る。
(母さん…)
ここで死ぬかもしれない。母さんの目覚めを見ることなく自分はこんな化物に殺されてしまう。父さん達は何て言うだろうと思うと悲しくなった。
まだ死にたくない。やっとそう思えたのに。
絶望に染まる怜に澪は希望の光を与えようとした。
澪だけが知ってる全てを救う奇跡。その光の手は悲観するに差し伸べられた。
「怜!聞いて!私は貴方を絶対にここで死なせない!2人でここから生き延びるの!!生き延びて露華さんを一緒に救うの!!」
「え?何?!なんで母さんの名前が出てくるんだよ!」
「貴方のお母さん、露華さんは病気で眠っているわけじゃない!瘴気の呪いで眠っているの!その呪いを解くには貴方の力が必要なのよ!!」
「呪い…?!嘘だ!!そんなでたらめ…」
「デタラメなんかじゃないわ!!魔獣を一緒に倒して、ここから生き延びたら全て話す!!だから私と一緒に戦って!!!お願い怜!!私を信じて!!!」
澪の真剣な目に迷いも偽りは無かった。その眼差しと差し伸べられた手は怜を包んでいた絶望を祓おうとしている。
魔獣も猛スピードでこちらに向かってきている。
彼女の言葉を鵜呑みはできない。しかし、もう迷っている時間など無い。
このまま殺されて食われるか、澪の言葉を信じて戦いに身を投じるか。逃げるという選択肢は死を意味していた。
怜はぎゅっと目を瞑り、決意を固め目を開いた。
「本当に死ななくて済むんだな?」
「ええ。約束する」
「本当に母さんを救えるんだな。俺達で」
「私達にしかできない」
「…………全部嘘だったら殺してやる」
「怜に殺されるなら本望よ」
(本当…変わったやつ…)
希望が込められた澪の手を怜は躊躇うことなくしっかりと握り締めた。その途端、握られた2人の手から優しい光が放たれた。
魔獣はその光に耐えられず苦しげに雄叫びを上げ立ち止まる。
目の前の澪がどうなっているのか気になったが光が強すぎて直視できなかった。左手で光を遮る様に目を覆う。
「うぅ…っ!!」
少しずつ光が収まってゆくの感じゆっくりを目を開ける。目の前にいた筈の澪がいなくなっている。
必死に当たりを見回しても彼女の姿は見えない。
一気に消えていた筈の絶望と怒りが込み上がってきたが右手に感じた重みに違和感を覚えそちらを見た。
その重みの正体は、鉄紺色の柄と百合の花の柄の鍔と傷ひとつない刃を持つ美しい太刀だった。
澪が消え、代わりに現れたのがその太刀だったことに怜は驚きを隠せなかった。
「か、刀?!!いつの間に…?!」
「やったぁ!!成功よ!!やっぱり私達は運命なんだわ!!!」
いなくなっていた筈の澪の声が近くで聞こえてきたが再度周りを見回してもやはり何処にもいない。
混乱する怜をよそに澪はとても喜んでいた。
「島崎?!お前今どこに」
「貴方が握ってる太刀を見て。それが今の私」
「え?はぁ?!意味わからんのだが?!」
「これが私が言った武器人の正体。瘴気に取り憑かれた魂を救う唯一の神器」
「武器人…」
鏡の様な美しさを保つ刃に自分の顔が映る。立ち止まれない。少しだけ残っていた迷いを振り切る様に両手で柄を握り締め刃を魔獣の方は向けた。
怜に向かって突進してきた魔獣の猛攻を避け、おもいっきり太刀を振り下ろした。右腕の付け根を斬りつけるとそこから真っ赤な鮮血が噴き上がった。
痛みで鳴く魔獣は長い舌を使って反撃を試みるも、怜は容赦なくその舌を血で染まった太刀で切断する。
切断された舌先がボトリと地面に落ちビチビチと陸に上がった魚の様に跳ねる。切断された場所から鮮血がゆっくりと流れて血溜まりを作る。
「なんか…急に運動神経が格段に上がった気がするのだが気のせい?」
「ううん。気のせい何かじゃない。私の武器人の力によって怜の剣士としての能力を引き出してるから。このまま魔獣を弱らせて」
「まぁ、いまいちよく分かってないけど、つまりあの大蜥蜴をさっきみたいに斬れってことだな?りょーかい!」
太刀を構え直し再度刃を魔獣に向ける。痛みと血で喘ぐ魔獣はこのまますまさないと口の中で炎の塊を溜め始める。
口から漏れる炎が大きくなる度に激しくなってゆく。
「あの〜…島崎さん?この刀って炎が斬れたりする?」
「それは怜の気持ち次第ね」
「なんだよそれ…って…やばっ!!!」
魔獣の口の中で蓄えられていた炎の塊が怜に向かって放たれる。
自分に向かってくる血が混じったその塊に一か八かで斬りつけた。炎の塊は半分に斬られ黒い煙と共に消滅した。
「すごい!!斬れた斬れた♪」
「へ、へぇ〜斬れるもんだなぁ〜…で?後はどうすればいいの?魔獣を弱らせるのは分かったけど、どうやって魂を瘴気から解放すればいい?」
「魔獣の額に黒い結晶があるでしょ?アレが魔獣の核。まぁ心臓部ね。あの中に魂が瘴気に囚われてる。早く祓わないと魂が瘴気化して大変なことになる」
「なるほど。とりあえずあの結晶を壊せばいいってことだな」
怜は魔獣の方へ走り、額の黒い結晶に狙いを定める。
魔獣の尻尾が怜の進路を妨害しようとするが、澪の刃がそれをズタズタに斬り刻み鮮血の海へと変わる。飛び散る血が怜の服と頬に付く。
ようやく再生した舌が再び怜に襲い掛かるが当たる寸前に飛び上がり魔獣の身体に跨った。
怜を振り落とそうと激しく抵抗する魔獣の背中に刃を突き刺す。
「暴れんな!暴れんなっての!!」
太刀を引き抜き、柄の頭を先端になる様に持ち変える。黒い瘴気の結晶に柄の頭をおもいっきり打ち付ける。
すると、少しずつピシッと亀裂が走る。亀裂が入った結晶にもう一度柄の頭を打ち付けた途端結晶が砕け散った。砕け散ったそこから黒い煙の様な瘴気が浮かび出た。
苦しげな雄叫びと共に核を失った魔獣の身体が元の黒い靄の様な瘴気へと戻ってゆく。その中に白い光が見えた。
地面に着地した怜は太刀を再び持ち替え刃を瘴気の方向けた。
「まだ魂は無事ね。後は瘴気を祓えばいい」
「どうすればいい?ただ斬りつけるだけじゃダメなんだろ?」
「今の刃のままじゃダメ。魔獣を倒す時はいいけど瘴気を払う時は浄化刃に換えないと」
「換える方法は?」
「今から言う私の言葉を復唱して。剣士となった貴方ならすぐに覚えちゃうはずよ」
「どうだか。それにお前の言ったことが嘘だったら剣士なんてやめるし殺す」
「分かってる。まずは目の前のことを解決しなきゃ」
「だな」
太刀を一振りし、刃に付いていた血を払う。柄を持つ手に力がこもる。
「"罪なき魂に巣食う瘴気よ。我が刃で消滅せよ。"斬鬼・清鏡華"」
「え、微妙に長、覚えられ……っ!!!」
すると、突然頭の中で誰かのビジョンが浮かび上がる。自分によく似た青年が今の自分と同じ様に太刀を持って魔獣と戦っているビジョン。
その青年も澪が言った呪文の様な台詞と呟いていた。まるで彼に助けてもらった感覚を覚えた怜はその青年の顔を見ようとするもモヤがかかって見えない。
頭の中に言葉とビジョンが焼き付く。
きっとその青年の顔を見れるのは自分が強くなってからだと怜は実感した。澪の言葉が本当なら自分は彼と同じこの運命を歩むのだろうと。そして、その運命が母親を救う光でもあるから。
決意を固めた怜は小さく深呼吸をし落ち着いてゆっくりと復唱した。
「罪なき魂に巣食う瘴気よ。我が刃で消滅せよ。"斬鬼・清鏡華"」
刃が鏡の様に綺麗な銀色から光を帯びた白い刃へと変貌してゆく。鎬地に鍔と同じ百合の花の彫刻が浮かび上がる。
淡い光を纏う刃を見た瘴気は魂を持ったままうめき声を上げながらこの場から逃げようとする。だが、目の前にいる若き剣士と武器人がそれを許すはずもなかった。
突進の如く颯爽と瘴気に近づき太刀を躊躇なく振り下ろした。
(アンタは充分苦しんだ。こんな苦しい思いは俺達が断ち切る。だから、もうアンタは安心して眠ってくれ)
白い刃に斬られた瘴気が叫び声を上げる。斬られた場所から眩い光が放たれ魂に纏っていた黒い靄が消滅してゆく。
弱まっていた魂に光が戻る。怜は魂にそっと手を添えた。
「お…俺は助かったのか?もう誰も殺さなくていいのか?」
「アンタから瘴気を祓った。もう苦しまなくていい」
「……俺はただ一生懸命生きてただけだ。誰にも迷惑かけずに仲間と一緒に楽しく生きてただけなのに。それなのに…」
「分かってる。アンタを殺した奴らは同じ様なことを何度も繰り返してた。見下したまだ法に裁かれないからってふざけた理由で。でも、ソイツらはアンタに裁かれた」
「自分への仇と仲間の仇としてな。だが、目的を果たしてからはおかしくなって自分でなくなった。でも…これでやっと殺された仲間の元へ行ける。ありがとな」
怜にお礼を言うと魂は光の粒となって消えて空へと還った。ずっと瘴気の中で苦しんでいた魂が解放されようやく眠りにつくことができた。
夜空に輝く星の中に弔った魂が加わるのもきっとすぐ。怜はそう思い夜空を見上げた。
(これが剣士の役割…)
持っている太刀の方に目線を移す。刃に怜の顔が映る。さっきまで"斬鬼《ざんき》・清鏡華《しょうきょうか》"の能力で白い刃へと変貌していたが、瘴気を払って魂を救った後は元の銀色の刃に戻っていた。
太刀が再び光を放つ。怜の手から離れて太刀の形から元の人間の姿に戻っていった。
元に戻った澪は満面の笑みを浮かべながら嬉しそうにガバッと怜に抱きついた。
「やったぁ!!初魔獣討伐大成功!!!」
「お、おい!急にくっつくなって!!」
「だって…だって嬉しいんだもん!大好きな人と戦えて、初めて一緒に魔獣を倒せて、魂を無事に救うことができて…私、私、感激が止まらない…!!」
「大好きな人…」
「やっぱり怜は私の運命の人。貴方とならどんな困難でも越えられる」
「(運命の人…なんかすんげー重い…)確かになんとか魔獣を倒せたのは良かったけど、忘れてないだろうな?お前が俺に言ったこと」
「私が怜に言ったこと?」
「だから母さんの事だよ。本当に俺達で目覚めさせることができるんだよな?」
怜のその言葉に応える様に澪は彼を抱きしめる力を強めた。うぐっと怜は小さく呻き声を上げる。
なんとか澪から離れようと身を捩るが彼女の方が力が上だった。
「できるよ!その為にもっと強くならないと!どんどん魔獣を倒して、瘴気を祓い、魂を救う。私達なら絶対できるわ!!」
「まだこんなのと戦わないといけないのかよ…」
「泣き言いわない!お母さん助けたいでしょ?だったら頑張らなきゃ!私も頑張るから!!ね♪」
(本当かよ…なんか信じられなくなってきた…)
澪のあまりのやる気の高さに怜はよくあんなのと戦って怖がらないなっと呆然とする。
彼女が言った"お母さんを助けられるのは私達"という言葉が何度思い返しても信じられずにいる。このまま信じて大丈夫なのか。どうして母親が瘴気と関わっているのか。疑問が次から次へと増えてゆく。
けれど、今は彼女の言う通りに動くしかない。先が見えない未来に怜はため息をついた。
全てが終わり緊張の糸が切れたのかゆっくりと眠気が怜に襲ってくる。
一度だけ大きな欠伸をしたのは覚えているがその後の記憶は途中でぶつりと途切れていた。
次に目覚めたのは自室。いつも通りの朝の筈だった。萊が起こしに来て朝ごはんを食べて。
だが、あの出来事の翌朝は違った。
怜を起こしに来たのは可愛い弟ではなかった。昨日から居候として暮らし始めた武器人の彼女。
「おはよう!怜!朝だよ〜!」
「うお!!」
「起きて?朝ご飯できてるよ?」
「あ…あの…萊は?」
「萊くんはリビングでテレビ観ながらパン食べてるよ?あー。言い忘れてたけど今日から私が怜を起こす係だから」
「はぁ?!!」
「だって私は怜の許嫁みたいなものだし。いろいろ知りたいこともあるしね♪」
「お前何を口走っとんじゃ?!許嫁?!!」
「ほらほら!それよりもう起きないと学校遅刻しちゃうから早く早く!!」
いつも以上にバタバタな朝が始まった。昨日の夜の出来事が嘘みたいに明るい朝。
突然、家族の中に新参者が来ただけでこんなにも変わってしまうなんて怜はまだ受け入れられずにいた。澪は構うことなくそんな彼の手を引く。
必ず自分と怜の運命を日向の道に向かわせる為に。
楓は今日も何とか勇気を震わせて木原家の前にやって来た。インターホンのスイッチを押そうとするのだがどうしても緊張して寸前のところで動かなくなってしまう。
ポチッと一回押すだけ、木原くんに一緒に学校に行こうと誘うだけ。そう頭でイメージしても心と身体が追いつかない。
(また…昨日と同じ…あーもー!!ライバルが増えたかもしれないのに…)
ゆっくりと深呼吸をしてもう一度トライする。震える指先でスイッチを押そうとした瞬間だった。
玄関から扉越しに争う様な声が聞こえてきたと思ったらバンっと勢いよく扉が開くと同時に怜が家から出てきた。
楓は急いで彼に駆け寄ろうとしたが次に出てきた人物を見て全身の動きが止まった。
彼女の目に入ってきたのは、今もっとも見たくない光景だった。
(島崎さん?!!!)
「だーから!引っ付くなって!!勘違いされるだろ?!」
「だって好きな人の腕に手を組んで歩くの憧れだったんだもん♪あ!石橋さんだ!おはよう!!」
「あ、え、あの、おはようございます…」
「(げ!?石橋さん?!!)お、おはよう!!ど、ど、どうしました?家の前で…」
「………今日も家の前を通ったから一緒にって思ったけど…あーううん!なんでもない!それじゃ私先に行きますね!!島崎さんも遅れないように…」
「ちょ、待って、石橋さん…!」
澪がとても幸せそうに怜の腕を組んでいる姿を見た楓はあまりのショックでフラフラになり思うように歩けなかった。
(許さない…!!島崎澪…!!)
しかし、そのショックは楓だけでは終わらなかった。あの雅紀にも伝染していた。
学校に向かう途中で2人を目撃した雅紀は呆然とした。いつも怜を見下し、新しくやって来た澪に一目惚れした彼にとっては刺激が強過ぎたのだ。
取り巻き達が必死に呼びかけても抜け殻のように動かない。
雅紀はブツブツと心の中で怜に呪詛を唱えていた。
(あの偽黒人…よくも俺の澪ちゃんを…許さない…)
2人の生徒を絶望のどん底に突き落としているなど露知らずの澪は完全に恋人気分に浸ってた。
怜はもう抵抗しても無駄だと悟り諦めムード。
肝心の親友の幸人も"んえ?この一晩で何あった?まぁいいや。邪魔しちゃ悪いんでぇ、俺先に行きやすね〜(後で話聞かせろ)"と先に学校へ行ってしまい怜の味方はいなくなってしまった。"わ〜!1人にしないでくれぇ〜!"と必死に手を伸ばすも親友は楽しそうに遠ざかった。
強い力で怜の腕を組む澪からもう逃げられない。
いつも通りに幸人と登校する筈の朝は彼女の登場で全てが一変した。
「改めてだけど…これからよろしくね。木原怜くん♪」
「うっさい。やかましいわ…」
自称許嫁の少女との慣れない生活と奇妙な怪物退治。
大好きな家族とペンギンと洋楽さえあれば良い。あとは適当に生きればいいと思っていた怜の運命の歯車がようやく動き始めた。
それを彼が受け入れられるのはしばらく先の話になるだろう。
新たな悩みが増えた怜は澪にされるがまま学校に向かうのであった。
担任の河村から部活の事で話があるからと職員室は来るようにと呼び出されていた澪は慌てて教室に戻ってきた。
キョロキョロを周りを見渡す。
「あれ?木原くんは?」
澪はさっきまで隣に居た例を探していたが何処にも見当たらない。仕方なく近くにいた楓に問いただしてみた。
楓は大好きな怜の隣の席を取られたことで芽生えた嫉妬で不機嫌気味に澪を睨みつけた。
「……今日はお母様の見舞いの日だからもう帰ったよ」
「あ、そうなんだ。な〜んだ…実は木原くんと同じ帰り道だから一緒帰りたかったけどしょーがないわね」
「え?は?待って?一緒の帰り道って…」
「道に迷ったら莉奈さんに連絡すればいいか。今日は1人で帰ります。それじゃ石橋さん!また明日!」
「待って!なんで木原くんのお姉さんの名前…!!ちょっと!!島崎さん?!」
楓のヒステリックな叫びを背に澪は教室を飛び出し下駄箱の方へと急いだ。
悲鳴にも似た楓の問いかけに澪は敢えて応えなかった。今話してしまえばややこしい事になると予想していたからだ。
そんな事よりもはやり転入初日に怜と下校できないという悲しい事実が今の澪にとって重大だった。
(先生の呼び出しがなかったら怜と帰れたかもしれないのに……それに露華さんにもご挨拶できたかもしれないのになぁ…)
はぁ〜っと深くため息をついた澪はすぐには立ち直れそうにない。怜が自分を警戒しているというのもさらに追い打ちをかける。
(だめだめ!!今日が初日なんだから仕方ない!!じっくり少しずつ距離を詰めればいいのよ!!……でも、ずっとこのままだったら…いやいや…!!)
浮き沈みが激しい考えが澪の頭の中を駆け巡っている時だった。
突然、背後からガシッと右腕を掴まれた。驚いた澪は考えていた頭の中が一気に真っ白になったと同時に足を止めた。
掴まれた方を見るとそこにいたのは朝のHRで怜と席のことで争っていた雅紀だった。彼の取り巻きの林田と浦川が澪が逃げられないように周りを囲む。
掴まれた所に力がこもり澪の顔が少し歪んだ。
「島崎さん!俺と帰りませんか?!」
「えっと…あの…1人で帰れるから大丈夫。それと痛いから離してくれない?」
「でも、今日こっち来たばかりでしょ?!1人じゃ危険ですよ!!ほら!!ニュースでやってた猟奇事件のことも心配だし…」
「大丈夫。すぐ家近くだから。あの、お願いだから離して。本当に」
「嫌だ!!!島崎さんが"はい"って言ってくれるまで離さない!!」
(はぁ〜〜?!)
雅紀の一方的過ぎる要求に澪はただただ呆れるしかなかった。
掴まれた腕を必死に振り解こうとするも掴む力が更に増してしまい難しいものとなってしまった。
雅紀の取り巻き達も「すんません。雅紀さん一度決めたら曲げない人で」「一緒に帰ってあげてくださいよ」と彼の顔色を伺うだけで困っている澪を助けようとはしなかった。
澪は《はぁー》っと怒りと呆れが混じった深いため息をつく。
「それに、俺はやっぱり島崎さんがあんな奴の席の隣なんて納得できねーよ。本当は島崎さんも嫌だったろ?今から先生のところへ…」
「行きません」
「え?」
「席も変えるつもりもないし、貴方とも帰らない。それは明日もこれからも。こんな風に人の邪魔をするような人私嫌い」
「え……んえ……?」
澪の口から出た《《嫌い》》という言葉に雅紀は凍りつく。その反動で力が弱まりようやく雅紀から腕を振り払うことができた。
痛む右腕を摩りながら呆然と立ち尽くす雅紀に澪は憎悪を込めた笑顔を振り撒いた。
「それじゃ平良さん。また明日」
「あの……」
「た、平良さん…」
「しっかりしてくださいよぉ〜」
ショックで固まる雅紀に林田と浦川は必死に彼に呼びかけるも全く効果がなかった。
澪はその声を聞きながら再び下駄箱へと足を進める。
(よりにもよって平良雅紀に絡まれるなんて。今後も要注意ね…。まぁ、私には怜がいる!!それだけで大丈夫だし最高よ!!)
さっきまで起きていた出来事を忘れる様に澪は大好きな怜のことを想い浮かべる。明日こそ彼と下校すると心に決めて。
下駄箱で上靴からローファーに履き替えた颯爽と学校を飛び出す。
ずっと思っていた人と傍にいられる。澪にとっての運命の人と。
澪はニヤつきそうな顔を必死に抑えながらこれから自分の棲家になる所へと急いだ。
1人で学校から帰ってきていた澪の居候先の家。
そこに住んでいる高校生の少女が学校から帰ってきた澪を快く迎え入れる。
これから住むその家の暖かい雰囲気が澪の中にあった不安が一気に払拭された。
「いらっしゃい澪ちゃん!!あとおかえりなさい!!初シズカラ中はどうだった?」
「これからよろしくお願いします!!あと、ただいま!とても楽しくてこれから通うのが楽しみです♪怜くんともたくさん話せました!」
「それは良かった。アイツあんまり人と話そうとしないから…。あーそうそう。2階の澪ちゃんの部屋作ってあるから自由に使って」
「ありがとうございます。これから大事に使わせて頂きますね!」
澪は少女にお礼をすると嬉しそうに階段を駆け上がった。
自室に向かおうとした澪はピタッと怜の部屋の前で立ち止まった。一瞬躊躇ったがキョロキョロと周りを見渡し注意して恐る恐るドアノブに手をかける。
(勝手に入っちゃいけない。分かってるけど…分かってるけど…)
ドキドキする心臓の音がいつもより響く。その音を聞きながらガチャっとドアノブを回した。
ドアを開けた先には澪が思い描いていた通りの光景が広がっていた。
澪は目を輝かせながら部屋を見渡した。
「わぁ〜…!!!」
ペンギンのぬいぐるみとクッション、ペンギンキャラのペン丸のフィギュアと異様さを放つ70〜80年代に活躍した世界的有名なロックバンドのポスター。
カーテンとベッドカバーとピローカバーはペンギンを模した紺色。
ほぼペンギンに埋め尽くされた部屋に澪は心踊らされていた。
(怜のベッド、怜のペンギングッズ、怜の机…!!!うふ、うふふふふ…♪)
「うふふふ…」
心の中で呟いていた声が表に出てしまった。けれど今の澪にはそんな事なんの問題でもなかった。
大好きな人の匂いと生活感が充満する部屋に居れることで澪は幸せを感じていた。
変に顔がにやけてしまう。心臓の鼓動がドキドキと嬉しそうに響く。
澪は飛び込む様にベッドに寝転がりペンギンのクッションを抱きしめた。それも力強くギュっと抱きしめる。ペンギンのクッションから小さな悲鳴が聞こえてきそうな程。
悶絶してベッドでゴロゴロと激しめに寝返りをうつ。
(本当に私今日から此処で居候するんだよね?!!やば!!どうしよう明日死ぬのでは…?いやいやいやいや!!!死んでられない!!!だって…)
母親の仕事の都合という理由だけでこの静紫市に来た訳ではない。彼女にはもっと大事な目的があった。
その為に静紫市に引っ越してきた。そして、この家にやって来た。《《怜に会い、彼に関わる本来の目的を告げる為に。》》
(でも、今だけは…怜が戻ってくるまでは…ん…?なんか眠い…とても幸せな感覚がぁ…)
引っ越しと初めてシズムラ中にやって来た疲れがどっと睡魔となって澪を眠りに誘い始める。瞼が重くなり目を開けているのが難しくなってきた。
(どうしよう…怜が帰ってくるかもしれないのに…まぁいいか…)
必死に起きあがろうとするも睡魔には勝てなかった。澪はそのままスヤァっと怜のベッドで眠りについてしまう。
「はぁ?!!!!なんで?!!!!」
怜の悲鳴を数時間後に聞くことを知らずに澪はぐっすりと彼のベッドで眠りについた。
シズカラ総合病院の入り口前。
一足先に下校していた怜は幸人共に母露華の見舞いへと訪れていた。
露華の容態の関係と病院の意向で親族以外の面会は許されていなかった為、付き添いの幸人は外で待つことになった。
「それじゃ俺外で待ってるわ」
「ごめん幸人。ちょっと顔見せてくるだけからすぐ戻るよ」
「なーに言ったんだよ。俺のことなんか気にしないでちゃんとおばさんと話してきな。大丈夫。《《無駄》》なんかじゃないさ」
「…ありがと。後でたい焼き奢るわ。それじゃ行ってくる」
「うん。ゆっくり行ってこいよ」
どんなに大切な人が長い間眠っていたとしても必ず声は届く。幸人は声をかけることは無駄ではないと怜を勇気付けた。
怜の弟萊を身籠ったまま大病が原因で長い眠りについた。お腹の中にいた萊がすっかり大きくなっていることも姉の莉奈と怜が大人へと少しずつ近づいていることも知らない。
もし目覚めたら沢山話したい。萊を抱きしめて欲しい。まだまだやりたい事がある。
(父さんも諦めてない。必ず目覚める)
建物に入ると、周りには看護師に付き添ってもらう老人や、怜と同様に見舞いに来た人、冷却シートを額に貼って母親と順番を待つ子供、病院特有の光景が広がっていた。
ロビーで受付を済ませ、露華がいる部屋の階にエレベーターで向かう。
広めのエレベーターはゆっくりと上へと進む。
(母さん。今日元気かな?)
そう思っていると機械的な声で"5階です"とアナウンス音が流れエレベーターが停止し扉がゆっくりと開く。
少しだけ院内で聞こえる騒がしさが怜の緊張をほぐしてくれた。
《木原 露華》と書かれた名札が付いた部屋の前で立ち止まり引き戸の取手を掴みそっと開けた。
「母さん。来たよ」
怜はいろんな管に繋がれたままベッドの上で眠り続ける母親に来た事を告げた。当然何も応えは返ってこない。
それでもまだ生きていることの方が怜達家族には重要だった。
「今日は顔色いいね。この前来た時はあんまりだったから。あ、コレ、萊が母さんにだって。壁に貼っておくね」
怜が鞄の中から取り出したのは萊が前日の夜に描いた露華の似顔絵だった。クレヨンで描かれたその似顔絵はとても優しげな笑顔の《《想像の母親》》。
写真と動画の中でしか知らない母親の姿を萊は会いたいという気持ちを込めて描いていた。
怜の視界が少しだけ涙で歪む。ぐいっと乱暴に涙を拭い似顔絵を壁に貼り付けた。
壁には既に数枚の写真と萊が描いた絵が貼られていた。露華の目覚めの為にまた増えてゆく。
「今日さ、俺のクラスに転入生が来たんだ。なんかすごく変わった子。急に俺の顔見て“キレイ”だって。初めてだよ。そんなこと言うヤツ」
返ってくるのは規則正しく鳴る心電図の音と人工呼吸器の音と時計の音だけ。
もう慣れてしまった。けれど、心の何処かで言葉が返ってくるのではないかとつい思ってしまう。
眠り続ける母親の手はほんのりと暖かくまだ生きているのだと希望が奮い起こされる。
「最近、病院の近くで事件があったみたいでさ、もしかしたらこっちに来れるの少し減るかも。でも、何があってもちゃんと母さんに会いに行くから。父さん達もきっと大丈夫」
チラッと壁掛けの時計を見て此処を出なければいけない時間だと知る。今回はいつもよりも短い母親との面会だった。怜は名残惜しそうに露華の手をもう一度手を握った後そっと離した。
「ごめん。下で幸人を待たせてるからそろそろ行くね。また来るから…」
暖かな感触を残したまま怜は帰り支度を終え入ってきた扉の方へ向かう。
部屋を出る前にもう一度露華が眠るベッドに身体を向けた。やはり帰る時は何度訪れてもどうしても慣れない。別れが浅い気持ちはどうしても。
「またね。母さん」
眠り続ける露華にまた来ると約束をして怜は部屋を後にした。
来た道を戻り、外で待つ幸人の元へ足を進めた。
乗り込んだエレベーターの中でふと考え事をする。
(今日の母さん顔色が良かったな。ちょっと安心した。次来る時もそうだといいけど…)
もし、次来た時に目を覚ましていたらなんて考えてしまう。その願いが叶うのはあまりにも低い。
僅かな希望を胸に怜は外で待っていた幸人と再会した。
「おかえり。おばさんどうだった?」
「ん〜?前来た時よりは良いかな。後、ちょっと今日のこと愚痴ってきた」
「澪ちゃんのこと?良い子じゃん」
「どこが?ただの俺に関心持ち過ぎてる変人だろ?それとその澪ちゃんって呼ぶのよせよ…」
「え。やだ。澪ちゃんもそう呼んでって言ってくれてるし」
(コイツ…)
「それより《《瀧本先輩》》のとこ行こう?早くプレミアムカスタードクリームたい焼き食いたい」
(こ、コイツ…俺の奢りだからって高ぇーヤツ頼もうとしてやがる…!!!)
怜に大好きなたい焼きを奢ってもらえる嬉しさでルンルンな幸人を見てさっきまで沈んでいた気持ちが一気に吹き飛んだ。しかも、いつも買っている普通のカスタードクリームではなくプレミアムの方を頼むと宣言されてしまったからもう反論できない。
露華との面会の間、ずっと外で待たせてしまった負い目もあってそれ以上何も言えないものあった。
2人は病院を後にし、ここから少し離れた新シズムラ駅近くの同じシズムラ中学の卒業生が営むたい焼き屋タキモトへ向かう。
怜はさっきまでマナーモードにしていたスマホを見て通知を確認すると、天気とゲームの通知と姉の莉奈から3件のメッセージが届いているという通知が届いていた。
(ねーちゃんからだ。なんだろ?)
パスワードをタップしロック解除をしてメッセージの内容を確認する。
題名には《おつかいたのむ!!》と書いてあった。
その中身は《ごめん!!お願いがあるんだけど、お母さんの病院の帰りにたい焼き屋タキモトで予約してある商品を受け取って欲しい!!(>人<;)》という顔文字付きのお使いメッセージだった。
怜はそれを見てため息をついた。結局、自分はたい焼きを食べれずじまいだと知ってしまったからだ。
「おう…今食ったらやべーな…はぁー…」
「怜?どうした?」
「なんでもない。ちゃんと奢るから安心してくれ」
「?」
(まさか、父さん達が言ってたサプライズが関わってたりしてないだろうな?なんかまた不安になってきた)
朝、ルイス達が言っていたサプライズの不安が再び押し寄せる。しかも今回は朝の時とはまた違う不安だ。学校で感じた事。
それは、転入生の島崎澪が関わっているんじゃないかという不安。
ニュースでやっていた猟奇事件さえなければ幸人と一緒に遊べるしバックレたのにという思いもぶり返した。
(犯人…ゆるせぬ…)
「あ、あの怜?大丈夫?なんか怖いよ?」
「うん。大丈夫。なんも気にせんでいいから早く行こう?フフ…」
(こえーよ…)
怜から醸し出される負の感情が幸人を変にビビらせた。
そんな2人を1匹の大きな影が電柱の上でジッと睨みつける。人間とは程遠い爬虫類の様な身体。誰にも見えない様に身体を透明と化している。
《ダめ、だ、ァ…もう…ご、ろ"じ……た…ク…》
『うまソ…はや、ク…殺し、た…イ…』
その怪物は《《なにか》》と葛藤しながら逃げる様にその場を立ち去った。
(ん?今何か聞こえた気がしたけど…気のせいか?)
怜は何かを感じ、怪物がいた方に目を向けるが何もいなかった。自分でもどうしてこっちの方向を見たのか分からなかった。
まぁいいかとすぐにそのことを忘れてたい焼き屋タキモトへと向かった。
「怜。コレ、ルイスさんから頼まれたやつ。こし餡&カスタード食べ比べセットね。代金はもう貰ってあるから」
「ありがとうございます」
「それと幸人にはプレミアムカスタードクリームたい焼き。380円」
「ありがとうございます〜♪千秋先輩♪」
駅近のたい焼き屋タキモトで莉奈からのおつかいで頼まれた物を受け取った。手提げの紙袋に入っている白い箱の中には、こし餡5個、カスタードクリーム5個入った店の定番の食べ比べセットだった。
幸人は宣言通り380円のプレミアムカスタードクリームたい焼きを頼み怜に奢ってもらった。
「今日はサンキューな怜♪やっぱ奢ってもらったプレミアムカスタードクリームたい焼きうめーわw」
「腹立つ。おめー次は俺に奢れよたい焼きィ!」
「それは俺が何か怜に頼み事をしてからだな」
「コイツ…!」
口元にカスタードクリームを付けたまま美味しそうにたい焼きを頬張る幸人に怜は悔しさを滲ませていた。
"まぁ、家に帰ったら2種類も食べれるからおあいこだ"と考えてなんとか怒りを抑えた。
たい焼きを食す幸人を見る度にお腹がすいてしまう怜は帰宅したい気持ちが優ってきたがサプライズという言葉が邪魔をする。
(よくよく考えたら頼んでくれた食べ比べセットぜってー2匹余るんだよなぁ…いつもはセットじゃなくて単品で頼むのに。まさか…サプライズ…)
「おーい?大丈夫かー?」
「え?あ、ごめん。いろいろ思う事が…」
「今日の怜は考え事ばかりやんけ。大丈夫!何かあったら俺に頼めっていつも言ってるだろ?」
口元をカスタードクリームを付けたままポンっと誇らしげに胸を叩く幸人に怜は呆れつつも彼のその姿勢のおかげで気持ちが少しだけ和らいだ。
けれど、そんな彼にいつも助けられたから今の自分はここにいるのだ実感する。
「クリーム口付いてる奴が言うからあんま説得力ねーな」
「え?マジ?はずっ」
「でも、ありがと。もし何かあったらすぐに連絡するよ」
怜に指摘されてようやく口元の状況に気が付いた幸人は慌ててクリームを指で拭う。
すると、怜のスマホからメッセージが届いたという通知音が響く。後ろのスラックスのポケットからスマホを取り出しメッセージを見ると父ルイスからの"お見舞い終わったら早く帰っておいで"という内容だった。
「ごめん幸人。そろそろ帰らないとまずい」
「あ!待って!あと一口だから!」
幸人は尻尾の部分だけとなったたい焼きを一口で食べきり急いでリュックを背負った。口をもぐもぐさせながら"おまたせ!行こう!!"と怜に合図しそれぞれの家へと出発した。
帰宅の途につく最中、いつも別れるところの道を歩いている時に怜はさっき聞こえたあの不気味な声を思い出し隣を歩く幸人にも聞こえたかどうか尋ねてみた。
「変な声?何それ?そんなの聞こえなかったけど」
「え…じゃあ俺の空耳かな」
「まぁ〜病院の近くの公園、よくホームレスのおっちゃんとか変なヤンキーおるから聞こえてもおかしくないけど」
(……そう思いたいけど何か違う気がする)
問いの答えは予想していた通りだったが、幸人が提示した原因の元にどうも納得がいかなかった。
ニュースでも連日やっている猟奇事件。しかも、事件が起きた現場の近くで聞こえた声。
(あの転入生といい、事件といい、最近おかしい事が起き過ぎやろ)
「おかん達の言う通り、今はあんま外に出ない方がいいかもね。まだ殺人事件も解決してないし。こうやって放課後にたい焼き食って明るい内に帰るのが無難かも」
「そうかもな」
「澪ちゃん大丈夫かな?1人で帰れたかな?怜と帰りたがってたかも?」
「幼稚園児じゃねーんだから平気だろ。アイツなら尚更。つーか、委員長の石橋さん辺りが同行するだろ?」
「どーかな?明日は澪ちゃんと帰ってやりなよ。な?」
「はぁ?!やだよ!」
「ぜってー明日の怜は澪ちゃんの帰る。予言しとく。じゃ!俺こっちだから!」
「あ!待て!!幸人テメー勝手に予言すな!!逃げんな!!」
「じゃあの〜」
明日の怜の様子を予言した幸人は逃げる様に自宅がある道を走り抜けていった。
追いかけてやろうかと考えたが、今日はたい焼きが入った袋を持っていら為、怜は悔しそうに彼の背中を見守るしかなかった。
ポツンと1人になってしまった怜も深いため息をついた後、のそのそと再び自分の家へと足を進めた。
何か気分転換に曲でも聞こうかと思ってスマホを取り出し選曲するがピンとくるものがなかなか見つからない。
そうこうしている内に家の前まで来てしまった。
(今日はロクな日じゃねーな)
スマホをスラックスの後ろのポケットにしまい家の扉を気怠そうに開けた。怜はボソリと"ただいま"と呟いた。少し遠くの方から"おかえりー"と明るい声が帰ってきた。
靴を脱ぎ、そのまま声がした方へ向かう。玄関には見覚えのない靴があったのだが疲れ果てた怜は気に留めなかった。
それよりも早く手に持っているたい焼きを莉奈に託して自室で休みたいという気持ちの方が優っていて他のことなどどうでもよかった。
キッチンに向かうと先に帰宅していた莉奈が夕食の準備を始めていた。
「ねーちゃんただいま。はい。頼まれモノ。ここ置いとくから」
「おかえり怜。おーサンキュー」
「あとで手伝うから少しだけ休ませて。眠い」
怜は眠そうにあくびをする。その様子を見た莉奈は可愛い表情を見せた怜にクスっと笑った。あまり無理させないようにしようと怜の要求を快く承諾した。
「いいよいいよ。今日はそんなに大変じゃないから。それより、今日病院行ったんでしょ?お母さんどうだった?元気そうだった?」
「うん。この前よりは顔色良かったよ。こっちも安心した」
「そっか。あたしは明日行くから少し帰りが遅くなるかも」
「りょーかい。なんか今日はいろいろ疲れた」
「お夕飯になったら呼ぶからね」
眠そうにキッチンを後にする怜にまだ告げなかった。《《サプライズの正体》》がこの家の中に居ることを。
何も知らない怜は、たい焼きをキッチンのカウンターテーブルに置き、そのまま浴室のへ向かい洗面台で手洗いとうがいを終えて自室に急ぐ。
のっそりと階段を上がり、自室のドアを開ける。
自志うに入り、背負っていたリュックを勉強机の椅子に置き、着替えは後にしてさて寝ようといざベッドに飛び込もうとした時だった。
「ん…?」
いつもベッドに置いてある筈のペン丸大福クッションが転がり落ちている。
しかも、整えられていた筈のベッドが何故か変に盛り上がっている。まるで、《《誰か》》が眠っているとでも言いたげに。
今、家の中には自分と姉の莉奈しかいない筈。父と弟はまだ外。
ならばそこで眠っているのは…?さっきまであった眠気が恐怖で一気に吹き飛んだ。
なんとなくだが寝息も聞こえた気もする。
怜は転がっていたクッションを武器として左手で持ち、もう片方の手にはスマホを構えゆっくりとベッドに近づいた。
ドキドキと心臓の鼓動が激しくなる。
恐る恐る掛け布団を掴み、一呼吸し“もし、自分に何かあったら大声で叫べばなんとかなる!!どうにでもなれ!!”っと決意を固めバっと捲り上げた。
「え?!!!」
掛け布団を勢いよく捲り上げ侵入者の正体を目撃した。ここに居ない筈の転入生島崎澪がそこに眠っていた。
驚きのあまり武器として持っていた大福クッションをするりと手放してしまった。
「はぁ?!!!!なんで?!!!!」
怜の叫びで覚醒したのか澪の身体が小さくビクッと反応した。ん~っと眠そうに声を上げながらゆっくりと起き上がる。
眠気まなこの目を擦りつつ怜の方に顔を向ける。澪の目に飛び込んできたのは驚愕と困惑が入り混じる表情の怜だった。
一気に澪の頭が冴えてゆく。怜とは違う嬉しさ寄りの驚愕の表情を浮かべた。
「れい…?え?!怜?!いつ帰ってきたの?!」
「い、いやいやいやいや!そんなことどーでもいいんだよ!!なんで俺のベッドで寝てんだ?!」
「なんでって…、ちょっとお部屋を見せてもらって、ついベッドに寝転がったら眠気が襲ってきて…そうしたら寝ちゃってたわけ」
「いや、それも意味わからんし、なんでアンタが俺の家に居座ってるんだよ?!」
「あれ?まだ聞いてなかったの?私、今日からここに住むの。居候ってやつ」
「はぁ?!!居候って…まさか…」
ようやくサプライズの正体に気が付いた怜は急いでキッチンにいる莉奈に真相と問い質しに向かう。
家族から伝えられてた謎のサプライズ、何故か怜に興味を持つ転入生、何となく予想はしていたが考え過ぎだと消えてはまた現れる不安、その全てが的中してしまった。
「ねーちゃん!!まさかサプライズって!!」
「やっと気づいた。そうだよ。アンタの学校に転入生してきた澪ちゃんの事」
「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!!」
「言ってたらアンタ嫌がるでしょ!お父さんと相談して決まった事だから。澪ちゃんも今日から家族の一員なんだから大切にしなさいね」
「いきなりそんな事言われても困る!しかも勝手に俺のベッドで寝てたし!」
「許してあげて。今日が初登校だったんだから。明日のお夕飯、アンタが好きな茶碗蒸し出してあげるから機嫌直して。現実を受け入れて」
「そういう問題じゃない!!」
トントンっと澪が階段から降りてきた。怜のベッドで寝たお陰で疲れが消えて元気になっていた。
取り乱す怜を余所に澪は莉奈に手伝いますよと申し出た。
「ありがと澪ちゃん。それじゃちらし寿司盛りつけちゃってくれる?エプロンそこの棚に入ってるから」
「はい♪」
「え、いや、待って、溶け込むの早…」
「はいはい。騒いでないでアンタもお夕飯の支度手伝って」
莉奈にぐいっと5人分の皿を押し付けられてこれ以上何も言えなくなってしまった。
まさか、あの転入生が莉奈のエプロンを使って彼女と共に料理をしている光景を見るなんて夢にも思っていなかった。
怜は早く幸人に愚痴りたいと思いながら渋々押し付けられたお皿を並べた。
(あの余分なたい焼きの2匹分は島崎澪のってことかよ…本当今日はロクな日じゃねーわ!!)
露華の見舞いに行ったこと以外、その日の怜にとってプラスになることは無かった。
突然現れたかと思ったら、予想外の展開で自分の隣の席に座り、自分を見て"キレイ"だと言われて、会ったのは今日が初めてではない宣言と、何故か過去の事を話したら自分のことの様に怒った不思議な少女。
そして極め付けに、初めて来る家のベッドで、しかも《《ほぼ見ず知らず》》の男のベッドでぐっすりと爆睡していた澪に怜は改めて愕然し先が思いやられるのであった。
しばらく経ってからルイスと共に萊も帰宅した。
殆ど支度は莉奈と澪のお陰で終えていた為、身支度を終えた後夕食兼澪の歓迎会が始まった。
怜以外の家族全員は澪を歓迎するムードだった。
紺色のジャージと灰色の短いズボンに着替えた怜はポケットに其の場凌ぎ用のスマホとワイヤレスイヤホンがあるか手で確認する。
(やらかした…まさかの色がペアルックス状態…)
澪も制服から怜と同じ紺色を基調にした私服に着替えた緊張気味に自己紹介を始めた。
「もう知ってると思うけど、今日からウチで居候することになった澪ちゃん。仲良くしてあげて」
「えっと…島崎澪です。ルイスさんがママの知り合いだっていう事で私の居候先を快く引き受けてくれてとても感謝しています。これからよろしくお願いします!」
「澪おねーちゃんよろしねー!」
「よろしくね!澪ちゃん!」
「……」
「怜」
現実を受け入れきれていない怜は何も言いたく無かったがルイスに指摘されてしまう。
はぁーっと大きくため息をつき重い口を開いた。
「…どーもよろしく」
「よろしくね"怜くん"♪」
(はぁ…?コイツ…)
すぐに家族に溶け込んだ澪は尽かさず怜のことを下の名前で呼ぶようになった。怜は呆れて何も言えずもう一度ため息をつくしかなかった。
しかも、学校の時と同様に食卓の席も隣同士になり澪は上機嫌だったが怜はその逆。
弟の萊の隣がよかったが、今ここでそれを言ったら"澪ちゃんが可哀想だろう"と指摘されしまうと予想していたのですぐに諦めた。
ある程度の自己紹介を終えたと同時にそれぞれいただきます号令をし食事が始まった。
怜は気怠そうに目の前の蒸し鶏を自分の皿にのせる。
「怜。澪ちゃんの分も頼む」
「…はいよ(自分でやらせろよ…)」
「いえいえ〜お構いなく〜」
「(マジで何なのこの女)島崎さん。お皿貸して」
「そんな澪でいいのに」
「まだそんなに親しくないから今のところは苗字で呼びますね。はい。コレくらいでいい?」
蒸し鶏と付け合わせのレタスが盛られた皿を澪に渡す。皿を受け取った澪はなかなか下の名前で呼んでくれない怜の言葉に少ししょげていたが全く諦めていなかった。
怜も自分の皿に同じ様に盛ってから椅子に座りもそもそと食べ始めた。
(まさか夕飯も一緒なんて…)
「澪ちゃんは東京から来たんでしょ?やっぱりこことはだいぶ違うでしょ?」
「そうですね…」
黙って食事を続ける怜の横で、新参者の澪は家族と話を弾ませる。その姿は心の底から楽しそうだった。
蚊帳の外状態の怜はズボンのポケットからワイヤレスイヤホンを取り出そうとしたがルイスか莉奈に見つかったらまた面倒なことになるなと頭がよぎり思い留まった。
このまま黙っているわけにもいかないので怜は1番腹が立っていた事をルイスにぶつけた。
「父さんあのさ、なんで今日のこと黙ってたわけ?島崎さんがウチで居候することをサプライズにしたことをよ」
「驚かせようと思って。まさか自分の学校に転入してきた子がウチにいるなんで驚くだろ?」
「いいよそんなサプライズ。教えておいてくれよ…。萊も知ってたわけ?」
「うん!!知ってたぁ!!」
(く…知らなかったのは俺だけってことかよ…)
お茶碗にちらし寿司をよそいながらサプライズを内容を家族の中で自分しか知らなかったことにもう呆れを越していた。
そして、変にチラチラとこちらを見てくる澪からの視線が痛かった。
(とっとと食べて部屋戻ろう…んで、幸人に今起きた事を全部話そう…明日の学校まで待てん…)
「私、怜くんの学校に転入できてとても嬉しかったです。先生もクラスの人も親切だし」
「つか、島崎さんはお母さんの仕事の関係でこっちに越してきたんだろ?肝心のお母さんとなんで一緒じゃないんだよ?」
「特殊な仕事をしてる人だからすぐにどこかに行っちゃうし、一つの場所に留まってられないの。いつも一人にさせてしまうし、一人だと何かと心配だからってことで、しばらくルイスさんの所で居候させた方が安全だってことになったの」
「澪ちゃんのお母さんの崋山さんとよーく話し合って、年の近い莉奈と怜がいるから大丈夫だろうってことでこうゆう形になったんだ」
「ふぅん…」
ますます謎が深まるだけで納得はしなかった。居候という形ではなく、寮に入った方が良いのではないかと考えてしまう。
けれど、自分の知らないところで話を勝手に進めないで欲しいという思いの方が1番強かった。
(とっとと食って部屋戻ろう…たい焼きは部屋で食うって押し切ろう…んで、幸人に愚痴ろう…)
澪とルイス達が話で盛り上がる中、怜はもくもくも夕飯を食べた。
皿の上のちらし寿司にのっていた一切れだけ残ったサーモンを食べ終えた後、ごちそうさまと呟き食事を終え食器をシンクの中に置いておいた。
キッチンのカウンターに置かれていたたい焼きの袋からあんことカスタードを1つずつ新しい皿に乗せてから自室に向かった。
「疲れたから先に部屋戻る。用があったら呼んで」
一言そう告げた後、ルイスに咎められる前に逃げる様な形で自室に戻った。澪は少し寂しそうに怜の背中を見送る。
「気にしないで澪ちゃん。いつもああだから」
「いえ!私が学校で迷惑かけっぱなしだったから嫌われちゃってるかもしれないので…」
澪の視線にわざと気付かないふりをしながら自室に入り、机の上にズボンのポケットに入っていたワイヤレスイヤホンと、たい焼きが乗った皿を置く。
疲れたと呟きベッドに倒れ込む。傍に置いてあるペン丸大福クッションを抱き寄せぎゅっと強く抱き締めた。
大好きなペン丸のマイクロベルボア素材のクッションに少しずつ癒されてゆく。
(居候…来年の中3までならまだしも、まさか高校生になってからも…?いやさすがに…でもな〜…)
いつまで澪との居候生活が続くのか不安になった。
来年までは予想はできたがそれ以上はあまり考えられなかった。
その間に関係が改善できるのか、今の怜にはとても想像ができなかった。
澪の自分への反応を見てから、学校でも、家でも、塩対応で接していたから余計にそう思えた。
変に澪の悲しげな顔が頭を掠める。
(いやいや…大丈夫だって…って俺のせいなんだけれども)
違う違うと頭を振りながら澪の顔をもみ消す。
ポケットの中に残っていたスマホを取り出し幸人へのメッセージを送る。ペン丸のスタンプを使って今の自分の心境を伝える。ヤバいというペン丸があたふたと焦っている動くスタンプを最初に送った。
そのすぐ後に幸人から"どうした?"と熊のキャラクターのスタンプで返信がきた。
怜は包み隠さず全て話そうと文を打ち始めた。
《単刀直入に言うと居る》
『居るって誰が?』
《察してくれ。分かるだろうに》
幸人は何となく誰かは分かってはいたが少し揶揄いたくなり、さっき送った熊キャラの首を傾げているスタンプを使って分からないふりをした。
怜は少しイラっとしたのでペン丸の怒り表情スタンプで応戦する。
《分かってるくせにオメーよぉ》
『だってさぁww澪ちゃんでしょ?島崎澪ちゃん』
《御名答。アイツが家にいる。今日から居候だとよぉ!》
『え?!居候?!!マジ?!』
(大マジなんだよ…!!)
今の自分の状況がペン丸がしょんぼりへたり込むスタンプと同じだというの込める。自分だけ蚊帳の外だったと言うことも伝えた。
『怜だけ知らなかったってこと?澪ちゃんの居候話』
《何も知らんかった。ウチの家族いろいろおかしい。それをサプライズって言葉で何とかしようとしやがってよぉ。しかも、もう俺以外の人んちと打ち解けてて辛い。》
『まぁ…しゃーないというかさ…まさかそこまで繋がってるってなんかの運命としか思えんのだが』
《やめてくれよ。そんな運命いらん。そんなのより母さん目覚めさせてほしいぐらいだわ》
『長期になるだろうな。この様子じゃ。でも、悪い子じゃないから大丈夫っしょ?』
《俺が持たないのでは…?》
うるうると涙を溜めているペン丸のスタンプを送った後、一旦起き上がり机の上に置いてあったたい焼きを手に取り口に運ぶ。手に取ったのはあんこだった。冷えてはいたがちゃんと小豆特有の甘さが口に広がってゆく。
(美味しいけど次は出来立てが食いたいなぁ。やっぱり少し夕飯食えなくてもいいから幸人と食べればよかった)
頭の部分は二口目でほぼ齧られて無くなっていた。
食べる度にタラレバが思い浮かんでしまう。
あの猟奇事件が無かったら、澪が自分のクラスに来なければ、やっぱり幸人とたい焼きを食べていれば、ちゃんと居候の話を伝えてくれたら、けれど全て後の祭り。魔法でもない限り覆ることはない。
怜はまたため息をつく。いつも以上にため息が多くて気が滅入ってしまった。疲れもいつもよりひどい気がする。
いつの間にか尻尾の部分しか残っていなかったたい焼きを口の中に放り込む。
ゆっくり味わいながら飲み込み、もう一つのカスタードのたい焼きに手を伸ばそうとした時だった。
トントンっと扉のほうからノックする音した。
スマホをベッドに置き、音がした扉の方に体を向ける。
「怜くん?いいかな?」
(げ…)
扉の向こうから聞こえてきたのは澪の声だった。
このまま寝たふりでも決めてしまおうかと考えたが勝手に部屋に入ってきて寝る奴だから入ってくると思い諦めて返事をした。
「……いいけど」
「ごめんね。入るよ?」
《ごめん。後はまた明日話すわ。おやすみ》
『あいよー。おやすみ〜』
澪が部屋に入ってきたことでメッセージでの会話を終えた。おやすみという寝ているペン丸のスタンプと幸人からのクマのおやすみのスタンプで会話を終わらせた。
スマホの電源を切り枕の横に置いて、澪の方に身体を向ける。
「何か用?」
「うん。あのさ、今から散歩に行かない?」
「はぁ?今から?」
「そう!今から。いろいろ話したい事もあるし」
「話したい事って…でも、猟奇事件のこと知ってるだろ?夜に出かけるなんて父さんが…」
「それは大丈夫。ルイスさんから了承得てるから」
「な…っ」
澪との夜の外出を許した父親に怜は"幸人とはダメって言ったくせに"と不公平さを感じ苛立ちを隠せなかった。思わず軽く舌打ちをする。
時計を見ると針は22時を回っていた。もう夜遅いのに、未だ犯人が捕まっていない事件が起きたばかりなのに外に出るのを許すのもどうなんだとも。
(何を考えて…)
「早く!行くよ!」
「わ!馬鹿!引っ張るなよ!まだ行くって言ってねーだろ?!」
「お願いだから!怜が一緒にきてくれないと始まらないの!」
「はぁ?!なんだそれ?!」
「いいから!おーねーがーいー!!!」
「(あー!面倒くせーな!)分かった分かった!!行くから引っ張るなぁ!」
強引に外へ連れ出そうとする澪と張り合うのが面倒くさかった怜はすぐに折れた。それとは対照に澪は目を輝かせていた。
「早く行きましょ!」
(マジでこの女の思考が分からん…)
椅子にかけてあった青のジャージの上着を羽織る。
スマホをズボンの後ろのポケットにしまい、澪と共に部屋を出た。
すると、澪は何かを思い出したかのようにあ!っと呟いた。
「ごめん!忘れ物した!先外出てて!」
「…はいよ」
ゆっくりのそのそと玄関に向かう怜を一眼見てから澪は来た道を戻った。再び二階に駆け上がる。
自分の部屋に行き、鞄に入っていた猫ととかげの可愛らしいキャラクターが描かれた薄い紫色の封筒を取り出す。
既に手紙は封筒の中に入っており封もしてあった。
澪はその手紙を片手に階段を降り、ルイスの自室の前で立ち止まる。
緊張した面持ちで深呼吸をしてから、締め切ってある扉の隙間に持っていた手紙をそっと入れた。
不安な気持ちを抱えながら澪は怜が待つ玄関の方へ急いだ。
慌てて靴を履き外へ出る。怜が暇そうにスマホをいじって待っていた。
「ごめんごめん!お待たせー!行こうか!」
(なんでコイツと…つーか、猟奇殺人犯に遭遇したらどうしよう…イメトレして逃げる方法を考えて…)
「怜?」
「(ん…?いつの間にかコイツ、俺のことくん付けするのやめとる)あーごめん。行こう行こう」
面倒臭そうにスマホをポケットに入れて歩み始める。
澪が知らないうちにくん付けをやめていたのが少し気に掛かったが黙っておくことにした。なんとなくそうなると予想していたのもあったが。
「明日も学校なのになんでこんな遅くに散歩なんて…俺の部屋でもできたことだろ?そんないちいち外出なくても」
「ちょっとね。あのさ、一つ書いてもいい?」
「何?」
「私がこの街に来たもう一つ理由があるって言ったら?」
「……え?お母さんの仕事の都合以外に?なんだろ…?ま、まさか、俺に会いに来たとか…?」
「それもある。でも、とても重要な事。貴方も関わってくる。大切な事」
「俺に関わる?なんだよそれ?」
「もう少ししたら分かるよ。大丈夫。私がいるから安心して」
突然、澪からふっかけられた問いにどう答えたらいいか怜は思い浮かばなかった。
澪が言うそのもう一つの理由に自分が関わっているのというがよく分からなかった。彼女の口調からそれが最重要な事案であることを物語っていた。
変な緊張感が2人を包む。怜はこの雰囲気のせいで居た堪れなくなり歩きながらスマホを動かし始めた。
ふと気がつくと、澪が向かっていた場所は、昼間に不気味な声が聞こえた病院近くの公園だった。
事件が起きた場所からそう離れていないのと、犯人がまだ捕まっていないせいもあってか人はおらずしんと静まり返っていた。
(…よりにもよって公園に向かってるやんけ…やば…)
「聞きたいことがあるんだけど。半年前、ここでホームレス狩りがあったの覚えてる?」
「あ、ああ…ホームレスのおっちゃんが暴行された挙句、身体に火付けられて殺されたやつだろ?しかも犯人未成年だったやつ。それがどうした?」
「実は今回の猟奇事件に関わってる。殺されたのはそのホームレス狩りの犯人達」
「へ?嘘だ。まさか…そんな…」
「自分達は未成年だから大丈夫ってたかくくってたみたいだけど。見事に殺されちゃったわね。まぁ、自業自得ってやつよ」
(い、いや、嘘だろ。ニュースじゃ10代の少年の死体だかなんだか言ってた気もするけど…それよりなんで急にそんな話…)
澪は立ち止まり、スマホのライトである場所を照らしていた。照らされた先には大きな黒い煤な様なものがコンクリートに残っていた。何かを燃やした後の様だった。近くにはワンカップと小さな花束が添えられている。
「えっと、此処って…」
「猟奇事件の発端の場所。全ての原因と言ってもいいかな」
「原因って…なんだよ。犯人が人間じゃないみたいな…」
「そうって言ったら?」
「……はぁ?何意味分からんこと言ってんだ?そんな筈ない…」
『みづ…、げ…だぁ…』
怜の耳に昼間に聞いたあの不気味な声が入る。背筋が凍る。背後に何が気配を感じるが振り返ることが湧き上がる恐怖心が邪魔してできなかった。
怜とは対照的に、澪はその声を待っていたという表情で後ろを振り返った。
彼女の目に映ったのは、巨大な白と黒のまだら模様の蜥蜴のような化け物だった。その化け物は2人に向かって長い舌を鋭い速さで伸ばしてきた。
舌が当たる前に澪は怜の腕を掴み走り出した。狙いを外した舌はコンクリートの地面を砕いた。
「こっちよ!!!早く!!」
「え?!な、な、なんだよアレ?!!!あの化け物何?!!!」
「アレは魔獣って言って…って!話は後!!!!今は安全第一!!急いで!!」
「急いでって言われても、アイツ追いかけてきてる!!」
「目的を失って自我を失くし始めてる。まずいわね」
「目的…?!」
ドスドスっと大きな音を立てながら怪物は2人を追いかける。閉じられた口から漏れ始める炎が2人を捉える。オレンジ色の光が2人の背後を照らす。
澪は怜の腕をひきながら走り続ける。困惑するしかない怜は今は彼女に身を預けるしかない。
怪物から放たれる攻撃から逃れながら隠れる場所がないか周りを見渡す。
焦りがジワジワと込み上がってくるの感じるが見ぬふりをするが怪物は容赦しない。口の中で溜められていた炎が大きな塊となって逃げる2人に放たれた。
「え?!ちょっと冗談だよね?!待ってよ!!」
「っ!!!」
「れ、怜、わぁ!!」
怜は澪の手を振り解いたと同時に、彼女に覆い被さる形で飛びかかった。澪は怜と共にうつ伏せで倒れ込む。2人の背後で炎の塊が鋭い速さで猛烈な熱さと共に通り過ぎた。
澪は怜の突然の行動に一瞬困惑したが自分を守ってくれたとすぐに理解した。
なんとか炎の塊から身をかわすことができた怜は、澪からすぐに離れ彼女の腕を掴みながら立ち上がる。無理矢理澪を立ち上げさせ、今度は怜が彼女の腕を引き再び走り始めた。
このままではマズイと怜は、咄嗟に周りを見渡し地面に落ちていた大きめの石見つけそれを手に取り怪物に向かっておもいっきり投げつけた。
その石はもう一度炎の塊を放とうとしていた怪物の頭に見事に命中。石が当たった途端「ふぎゃあ!!」っとなんとも情けない鳴き声を上げ痛みで暴れる。
咄嗟の判断で隙を作らせ事で木々の中に身を隠すことができた2人は身を屈めながら怪物の様子を伺う。
「ナイス!!さすが怜!!今のうちにあの遊具の中に隠れましょう!!」
「お、おう」
さっきまで恐怖で慄き、澪に手を引かれていた自分がここまで活躍できたことが怜は信じられなかった。
パニくる怜をよそに、澪はようやく避難先を見つけその方向に指を差す。
指差した先にあった大きな山型の遊具が一時的な避難場所となった。小さなトンネルの中に入ってゆく。
トンネルの先の中心部の広めの空間に着いた2人はその中に身を隠した。
2人をは荒くなっている息を整え、一つずつ今の状況を整理し始めた。
周囲に警戒し、澪は未だ状況を把握できていない怜に寄り添った。
「なぁ?!!あの蜥蜴みたいな化け物なんだよ?!なんか火吹いてるし!すんげー長い舌持ってるし…!!」
「アレは魔獣っていう化物。瘴気っていう人々の負の感情の思念体が未練を残したまま亡くなった人の魂に取り憑き具現化させたモノ」
「魔獣?なんでそいつがこの公園にいるんだよ?突然俺らのこと襲ってきたし最悪」
「さっき言ったホームレス狩りの話。覚えてる?」
「覚えてるけどそれがどうした?」
「あの魔獣の正体はホームレス狩りの被害者。魔獣に殺されていたのは彼を嬲り殺した未成年の加害者」
「……」
怜はニュースで流れていた被害者が全員自分と同じ未成年だったと思い出した。加えて、殺された全員が公園で起きたホームレス狩りに関わっていたとも報道されていたことも思い出した。
澪は淡々と魔獣の仕組みを怜に教えた。
「魔獣は未練を残した人の魂が瘴気の力を借りて生み出した怪物。瘴気は自分を死に陥れた人間に強い恨みを持ったまま死んだ人の魂に取り憑くの」
「強い恨み…?」
「うん。復讐の為に魔獣に変身したらそいつらをまず殺しにかかるの。あの猟奇事件が良い例ね。でも、全ての元凶を殺したからって元の魂に戻るわけじゃない。目的を果たしたら瘴気は取り憑いた魂の自我を少しずつ奪ってゆくわけ」
澪が逃げる前に言っていた目的の意味を知った怜は昼間に聞いた魔獣の言葉の意味をようやく理解した。あの時にはもう復讐対象を殺し尽くし、自我を瘴気によって奪われ始めていたのだと。
どれだけ痛く辛い思いをしながら死んでいったのだろうと思うと瘴気の力を借りてでも恨みを晴らしたいという気持ちが分からなくもなかった。だが、その代償はあまりにも大き過ぎる。
(なるほど。あの時、もう殺したくないって訴えてたんだ。けど、瘴気ってやつがそれを許さなかった。接点の無い見ず知らずの俺らを突然襲い始めたのも合点がいく)
昼間に聞いたあの声が再び怜の頭の中を掠める。苦しげな何かを求める声。
《ダめ、だ、ァ…もう…ご、ろ"じ……た…ク…》
『うまソ…はや、ク…殺し、た…イ…』
けれど、再び遭遇した時には魔獣の中に囚われた魂が葛藤する声はもう聞こえなくなっていた。心のどこかで胸騒ぎを感じる。もう、魂自身では止められないところまで来てしまったのだと。そして、もう時間がないという事実。
「……その…瘴気に取り憑かれて自我を完全に失った魂って最終的にどうなるの?」
「自我を失ってしまった魂は瘴気と化す。自分と同じ様な彷徨う魂に取り憑く瘴気になって人々を襲う様になる。もう、元の魂には戻れないし生まれ変わることもできない。だから、早く私達が救ってあげないと…」
「私達が救う?どうやって?」
「瘴気に取り憑かれた魂を救う方法。それは、武器人と剣士の力を使って魔獣を倒し、邪悪な瘴気を祓うこと。それが魂を救うたった一つの救済方法」
「へ?ぶ、ぶきびと?けんし?」
「えっと、武器人というのはね…」
澪が少し緊張気味に話そうとした瞬間だった。
コンクリートの壁に亀裂が走りパラパラと砂煙が落ちる。重く砕ける音が大きな音を立て始める。
2人は慌ててトンネルを通り山型遊具から脱出した。
外に出たと同時に炎の塊が破壊された遊具に数発放たれる。さっきまで身を潜めていた場所は被弾し、火の海と化して熱気が襲う。
呆然とする怜はこちらに向かってくる魔獣を見て絶望で言葉を失った。
露華が入院している病院の建物が目に入る。
(母さん…)
ここで死ぬかもしれない。母さんの目覚めを見ることなく自分はこんな化物に殺されてしまう。父さん達は何て言うだろうと思うと悲しくなった。
まだ死にたくない。やっとそう思えたのに。
絶望に染まる怜に澪は希望の光を与えようとした。
澪だけが知ってる全てを救う奇跡。その光の手は悲観するに差し伸べられた。
「怜!聞いて!私は貴方を絶対にここで死なせない!2人でここから生き延びるの!!生き延びて露華さんを一緒に救うの!!」
「え?何?!なんで母さんの名前が出てくるんだよ!」
「貴方のお母さん、露華さんは病気で眠っているわけじゃない!瘴気の呪いで眠っているの!その呪いを解くには貴方の力が必要なのよ!!」
「呪い…?!嘘だ!!そんなでたらめ…」
「デタラメなんかじゃないわ!!魔獣を一緒に倒して、ここから生き延びたら全て話す!!だから私と一緒に戦って!!!お願い怜!!私を信じて!!!」
澪の真剣な目に迷いも偽りは無かった。その眼差しと差し伸べられた手は怜を包んでいた絶望を祓おうとしている。
魔獣も猛スピードでこちらに向かってきている。
彼女の言葉を鵜呑みはできない。しかし、もう迷っている時間など無い。
このまま殺されて食われるか、澪の言葉を信じて戦いに身を投じるか。逃げるという選択肢は死を意味していた。
怜はぎゅっと目を瞑り、決意を固め目を開いた。
「本当に死ななくて済むんだな?」
「ええ。約束する」
「本当に母さんを救えるんだな。俺達で」
「私達にしかできない」
「…………全部嘘だったら殺してやる」
「怜に殺されるなら本望よ」
(本当…変わったやつ…)
希望が込められた澪の手を怜は躊躇うことなくしっかりと握り締めた。その途端、握られた2人の手から優しい光が放たれた。
魔獣はその光に耐えられず苦しげに雄叫びを上げ立ち止まる。
目の前の澪がどうなっているのか気になったが光が強すぎて直視できなかった。左手で光を遮る様に目を覆う。
「うぅ…っ!!」
少しずつ光が収まってゆくの感じゆっくりを目を開ける。目の前にいた筈の澪がいなくなっている。
必死に当たりを見回しても彼女の姿は見えない。
一気に消えていた筈の絶望と怒りが込み上がってきたが右手に感じた重みに違和感を覚えそちらを見た。
その重みの正体は、鉄紺色の柄と百合の花の柄の鍔と傷ひとつない刃を持つ美しい太刀だった。
澪が消え、代わりに現れたのがその太刀だったことに怜は驚きを隠せなかった。
「か、刀?!!いつの間に…?!」
「やったぁ!!成功よ!!やっぱり私達は運命なんだわ!!!」
いなくなっていた筈の澪の声が近くで聞こえてきたが再度周りを見回してもやはり何処にもいない。
混乱する怜をよそに澪はとても喜んでいた。
「島崎?!お前今どこに」
「貴方が握ってる太刀を見て。それが今の私」
「え?はぁ?!意味わからんのだが?!」
「これが私が言った武器人の正体。瘴気に取り憑かれた魂を救う唯一の神器」
「武器人…」
鏡の様な美しさを保つ刃に自分の顔が映る。立ち止まれない。少しだけ残っていた迷いを振り切る様に両手で柄を握り締め刃を魔獣の方は向けた。
怜に向かって突進してきた魔獣の猛攻を避け、おもいっきり太刀を振り下ろした。右腕の付け根を斬りつけるとそこから真っ赤な鮮血が噴き上がった。
痛みで鳴く魔獣は長い舌を使って反撃を試みるも、怜は容赦なくその舌を血で染まった太刀で切断する。
切断された舌先がボトリと地面に落ちビチビチと陸に上がった魚の様に跳ねる。切断された場所から鮮血がゆっくりと流れて血溜まりを作る。
「なんか…急に運動神経が格段に上がった気がするのだが気のせい?」
「ううん。気のせい何かじゃない。私の武器人の力によって怜の剣士としての能力を引き出してるから。このまま魔獣を弱らせて」
「まぁ、いまいちよく分かってないけど、つまりあの大蜥蜴をさっきみたいに斬れってことだな?りょーかい!」
太刀を構え直し再度刃を魔獣に向ける。痛みと血で喘ぐ魔獣はこのまますまさないと口の中で炎の塊を溜め始める。
口から漏れる炎が大きくなる度に激しくなってゆく。
「あの〜…島崎さん?この刀って炎が斬れたりする?」
「それは怜の気持ち次第ね」
「なんだよそれ…って…やばっ!!!」
魔獣の口の中で蓄えられていた炎の塊が怜に向かって放たれる。
自分に向かってくる血が混じったその塊に一か八かで斬りつけた。炎の塊は半分に斬られ黒い煙と共に消滅した。
「すごい!!斬れた斬れた♪」
「へ、へぇ〜斬れるもんだなぁ〜…で?後はどうすればいいの?魔獣を弱らせるのは分かったけど、どうやって魂を瘴気から解放すればいい?」
「魔獣の額に黒い結晶があるでしょ?アレが魔獣の核。まぁ心臓部ね。あの中に魂が瘴気に囚われてる。早く祓わないと魂が瘴気化して大変なことになる」
「なるほど。とりあえずあの結晶を壊せばいいってことだな」
怜は魔獣の方へ走り、額の黒い結晶に狙いを定める。
魔獣の尻尾が怜の進路を妨害しようとするが、澪の刃がそれをズタズタに斬り刻み鮮血の海へと変わる。飛び散る血が怜の服と頬に付く。
ようやく再生した舌が再び怜に襲い掛かるが当たる寸前に飛び上がり魔獣の身体に跨った。
怜を振り落とそうと激しく抵抗する魔獣の背中に刃を突き刺す。
「暴れんな!暴れんなっての!!」
太刀を引き抜き、柄の頭を先端になる様に持ち変える。黒い瘴気の結晶に柄の頭をおもいっきり打ち付ける。
すると、少しずつピシッと亀裂が走る。亀裂が入った結晶にもう一度柄の頭を打ち付けた途端結晶が砕け散った。砕け散ったそこから黒い煙の様な瘴気が浮かび出た。
苦しげな雄叫びと共に核を失った魔獣の身体が元の黒い靄の様な瘴気へと戻ってゆく。その中に白い光が見えた。
地面に着地した怜は太刀を再び持ち替え刃を瘴気の方向けた。
「まだ魂は無事ね。後は瘴気を祓えばいい」
「どうすればいい?ただ斬りつけるだけじゃダメなんだろ?」
「今の刃のままじゃダメ。魔獣を倒す時はいいけど瘴気を払う時は浄化刃に換えないと」
「換える方法は?」
「今から言う私の言葉を復唱して。剣士となった貴方ならすぐに覚えちゃうはずよ」
「どうだか。それにお前の言ったことが嘘だったら剣士なんてやめるし殺す」
「分かってる。まずは目の前のことを解決しなきゃ」
「だな」
太刀を一振りし、刃に付いていた血を払う。柄を持つ手に力がこもる。
「"罪なき魂に巣食う瘴気よ。我が刃で消滅せよ。"斬鬼・清鏡華"」
「え、微妙に長、覚えられ……っ!!!」
すると、突然頭の中で誰かのビジョンが浮かび上がる。自分によく似た青年が今の自分と同じ様に太刀を持って魔獣と戦っているビジョン。
その青年も澪が言った呪文の様な台詞と呟いていた。まるで彼に助けてもらった感覚を覚えた怜はその青年の顔を見ようとするもモヤがかかって見えない。
頭の中に言葉とビジョンが焼き付く。
きっとその青年の顔を見れるのは自分が強くなってからだと怜は実感した。澪の言葉が本当なら自分は彼と同じこの運命を歩むのだろうと。そして、その運命が母親を救う光でもあるから。
決意を固めた怜は小さく深呼吸をし落ち着いてゆっくりと復唱した。
「罪なき魂に巣食う瘴気よ。我が刃で消滅せよ。"斬鬼・清鏡華"」
刃が鏡の様に綺麗な銀色から光を帯びた白い刃へと変貌してゆく。鎬地に鍔と同じ百合の花の彫刻が浮かび上がる。
淡い光を纏う刃を見た瘴気は魂を持ったままうめき声を上げながらこの場から逃げようとする。だが、目の前にいる若き剣士と武器人がそれを許すはずもなかった。
突進の如く颯爽と瘴気に近づき太刀を躊躇なく振り下ろした。
(アンタは充分苦しんだ。こんな苦しい思いは俺達が断ち切る。だから、もうアンタは安心して眠ってくれ)
白い刃に斬られた瘴気が叫び声を上げる。斬られた場所から眩い光が放たれ魂に纏っていた黒い靄が消滅してゆく。
弱まっていた魂に光が戻る。怜は魂にそっと手を添えた。
「お…俺は助かったのか?もう誰も殺さなくていいのか?」
「アンタから瘴気を祓った。もう苦しまなくていい」
「……俺はただ一生懸命生きてただけだ。誰にも迷惑かけずに仲間と一緒に楽しく生きてただけなのに。それなのに…」
「分かってる。アンタを殺した奴らは同じ様なことを何度も繰り返してた。見下したまだ法に裁かれないからってふざけた理由で。でも、ソイツらはアンタに裁かれた」
「自分への仇と仲間の仇としてな。だが、目的を果たしてからはおかしくなって自分でなくなった。でも…これでやっと殺された仲間の元へ行ける。ありがとな」
怜にお礼を言うと魂は光の粒となって消えて空へと還った。ずっと瘴気の中で苦しんでいた魂が解放されようやく眠りにつくことができた。
夜空に輝く星の中に弔った魂が加わるのもきっとすぐ。怜はそう思い夜空を見上げた。
(これが剣士の役割…)
持っている太刀の方に目線を移す。刃に怜の顔が映る。さっきまで"斬鬼《ざんき》・清鏡華《しょうきょうか》"の能力で白い刃へと変貌していたが、瘴気を払って魂を救った後は元の銀色の刃に戻っていた。
太刀が再び光を放つ。怜の手から離れて太刀の形から元の人間の姿に戻っていった。
元に戻った澪は満面の笑みを浮かべながら嬉しそうにガバッと怜に抱きついた。
「やったぁ!!初魔獣討伐大成功!!!」
「お、おい!急にくっつくなって!!」
「だって…だって嬉しいんだもん!大好きな人と戦えて、初めて一緒に魔獣を倒せて、魂を無事に救うことができて…私、私、感激が止まらない…!!」
「大好きな人…」
「やっぱり怜は私の運命の人。貴方とならどんな困難でも越えられる」
「(運命の人…なんかすんげー重い…)確かになんとか魔獣を倒せたのは良かったけど、忘れてないだろうな?お前が俺に言ったこと」
「私が怜に言ったこと?」
「だから母さんの事だよ。本当に俺達で目覚めさせることができるんだよな?」
怜のその言葉に応える様に澪は彼を抱きしめる力を強めた。うぐっと怜は小さく呻き声を上げる。
なんとか澪から離れようと身を捩るが彼女の方が力が上だった。
「できるよ!その為にもっと強くならないと!どんどん魔獣を倒して、瘴気を祓い、魂を救う。私達なら絶対できるわ!!」
「まだこんなのと戦わないといけないのかよ…」
「泣き言いわない!お母さん助けたいでしょ?だったら頑張らなきゃ!私も頑張るから!!ね♪」
(本当かよ…なんか信じられなくなってきた…)
澪のあまりのやる気の高さに怜はよくあんなのと戦って怖がらないなっと呆然とする。
彼女が言った"お母さんを助けられるのは私達"という言葉が何度思い返しても信じられずにいる。このまま信じて大丈夫なのか。どうして母親が瘴気と関わっているのか。疑問が次から次へと増えてゆく。
けれど、今は彼女の言う通りに動くしかない。先が見えない未来に怜はため息をついた。
全てが終わり緊張の糸が切れたのかゆっくりと眠気が怜に襲ってくる。
一度だけ大きな欠伸をしたのは覚えているがその後の記憶は途中でぶつりと途切れていた。
次に目覚めたのは自室。いつも通りの朝の筈だった。萊が起こしに来て朝ごはんを食べて。
だが、あの出来事の翌朝は違った。
怜を起こしに来たのは可愛い弟ではなかった。昨日から居候として暮らし始めた武器人の彼女。
「おはよう!怜!朝だよ〜!」
「うお!!」
「起きて?朝ご飯できてるよ?」
「あ…あの…萊は?」
「萊くんはリビングでテレビ観ながらパン食べてるよ?あー。言い忘れてたけど今日から私が怜を起こす係だから」
「はぁ?!!」
「だって私は怜の許嫁みたいなものだし。いろいろ知りたいこともあるしね♪」
「お前何を口走っとんじゃ?!許嫁?!!」
「ほらほら!それよりもう起きないと学校遅刻しちゃうから早く早く!!」
いつも以上にバタバタな朝が始まった。昨日の夜の出来事が嘘みたいに明るい朝。
突然、家族の中に新参者が来ただけでこんなにも変わってしまうなんて怜はまだ受け入れられずにいた。澪は構うことなくそんな彼の手を引く。
必ず自分と怜の運命を日向の道に向かわせる為に。
楓は今日も何とか勇気を震わせて木原家の前にやって来た。インターホンのスイッチを押そうとするのだがどうしても緊張して寸前のところで動かなくなってしまう。
ポチッと一回押すだけ、木原くんに一緒に学校に行こうと誘うだけ。そう頭でイメージしても心と身体が追いつかない。
(また…昨日と同じ…あーもー!!ライバルが増えたかもしれないのに…)
ゆっくりと深呼吸をしてもう一度トライする。震える指先でスイッチを押そうとした瞬間だった。
玄関から扉越しに争う様な声が聞こえてきたと思ったらバンっと勢いよく扉が開くと同時に怜が家から出てきた。
楓は急いで彼に駆け寄ろうとしたが次に出てきた人物を見て全身の動きが止まった。
彼女の目に入ってきたのは、今もっとも見たくない光景だった。
(島崎さん?!!!)
「だーから!引っ付くなって!!勘違いされるだろ?!」
「だって好きな人の腕に手を組んで歩くの憧れだったんだもん♪あ!石橋さんだ!おはよう!!」
「あ、え、あの、おはようございます…」
「(げ!?石橋さん?!!)お、おはよう!!ど、ど、どうしました?家の前で…」
「………今日も家の前を通ったから一緒にって思ったけど…あーううん!なんでもない!それじゃ私先に行きますね!!島崎さんも遅れないように…」
「ちょ、待って、石橋さん…!」
澪がとても幸せそうに怜の腕を組んでいる姿を見た楓はあまりのショックでフラフラになり思うように歩けなかった。
(許さない…!!島崎澪…!!)
しかし、そのショックは楓だけでは終わらなかった。あの雅紀にも伝染していた。
学校に向かう途中で2人を目撃した雅紀は呆然とした。いつも怜を見下し、新しくやって来た澪に一目惚れした彼にとっては刺激が強過ぎたのだ。
取り巻き達が必死に呼びかけても抜け殻のように動かない。
雅紀はブツブツと心の中で怜に呪詛を唱えていた。
(あの偽黒人…よくも俺の澪ちゃんを…許さない…)
2人の生徒を絶望のどん底に突き落としているなど露知らずの澪は完全に恋人気分に浸ってた。
怜はもう抵抗しても無駄だと悟り諦めムード。
肝心の親友の幸人も"んえ?この一晩で何あった?まぁいいや。邪魔しちゃ悪いんでぇ、俺先に行きやすね〜(後で話聞かせろ)"と先に学校へ行ってしまい怜の味方はいなくなってしまった。"わ〜!1人にしないでくれぇ〜!"と必死に手を伸ばすも親友は楽しそうに遠ざかった。
強い力で怜の腕を組む澪からもう逃げられない。
いつも通りに幸人と登校する筈の朝は彼女の登場で全てが一変した。
「改めてだけど…これからよろしくね。木原怜くん♪」
「うっさい。やかましいわ…」
自称許嫁の少女との慣れない生活と奇妙な怪物退治。
大好きな家族とペンギンと洋楽さえあれば良い。あとは適当に生きればいいと思っていた怜の運命の歯車がようやく動き始めた。
それを彼が受け入れられるのはしばらく先の話になるだろう。
新たな悩みが増えた怜は澪にされるがまま学校に向かうのであった。