地味で眼鏡な倉多くんは、許嫁の私に甘すぎる。

倉多くんとデート


○休日の朝、三門家(古いアパート)

 鏡の前で、髪を整えるひな乃。
 いつものようにパンツを履いてはいるものの、今日はパーカーではなく、ふわりと軽いシフォンのブラウス。ショート丈のカーディガンまで羽織っている。

ひな乃(これって変じゃない……? 大丈夫?)

 髪も服も、何度も確認してしまう。
 不安げなひな乃を、後ろを通りかかった祖母が見つけた。
 
祖母 「まああ! ひな乃、可愛いねえ」
ひな乃「そ、そうかな。ありがとうおばあちゃん」
祖母 「もしかしてデートかい?」
ひな乃「えっ……」

 にこにこと嬉しそうな祖母に対し、ひな乃は返事に困ってしまった。苦笑いでごまかすひな乃。

ひな乃(デート、って言っていいのかな……?)
 


○ひな乃回想(先日のコンビニ前、夜)

倉多 『俺と、デートをしましょう』
ひな乃『え……』
倉多 『……?』

 長い沈黙のあと、ひな乃は仕方なく口を開いた。

ひな乃『えと……な、なぜ?』
倉多 『嫌ですか?』
ひな乃『そ、そういうわけでは無く……
    今、そんな話してなかったよね?っていう疑問』

ひな乃(デートの話が出る流れでは無かった……
    ……はずなんだけど。)

 ひな乃が倉多の発言を理解出来ないでいると、彼はおもむろに口を開いた。

倉多 『要は、ひな乃さんに()()がいればいいのです』
ひな乃『え!?』

ひな乃(それって、倉多くんを彼氏に、
    ってこと……!?)

 急にドキドキと胸が騒ぎ出すひな乃。
 しかし、倉多の狙いは少し違うようで。

倉多 『皆に、デート現場を見せつけてやりましょう。
    相手役は私がやりますから』
ひな乃『相手……役?』
倉多 『ひな乃さんに彼氏がいると知れ渡れば、
    男達も諦めるでしょう。告白されたり、
    要らぬ誤解を受けることも減るはずです』
ひな乃『なるほど……
    それで、倉多くんとデートのふりを』
倉多 『はい。俺では役不足かもしれませんが……!』

 倉多は、こぶしを握りしめ、使命感に燃えている。
 彼の真剣な想いに、胸がじんとするひな乃。

ひな乃(……なんで、ここまでしてくれるんだろう)

ひな乃『役不足なんてとんでもない。
    よ、よろしくお願いします……?』

 ひな乃がぺこりと頭を下げると、倉多は嬉しそうに笑顔を作った。
 そして、ひな乃の耳元でからかうように囁く。

倉多 「可愛い格好、してきてくださいね?」

ひな乃M(こうして、勢いでデートをすることになったのだけど――)

(回想終わり)



○待ち合わせ・駅の改札口(昼) 

 学園最寄り駅の改札口。
 ひな乃達は、大型看板の前で待ち合わせの約束をしている。

 腕時計を見た。
 余裕をもって、十分前には到着したつもりだった。
 しかしもう既に、倉多は看板の前でひな乃を待っている。女の子達から、遠巻きにきゃあきゃあと言われながら。

倉多 「ひな乃さん!」

 大型看板の前で、ひな乃を見つけた倉多が嬉しそうに片手を上げる。手を振り返すひな乃。

ひな乃(地味、じゃ無い……?)

 倉多の服はシンプルだった。白いオーバーサイズのトップスに、緩めのテーパードパンツを履いている。
 なにより、あの夜のように素顔だ。
 分厚い黒縁メガネをつけていない。
 
 決して派手では無いはずなのに、倉多は周りの視線を集めている。
 それもこれも、倉多の顔が、スタイルが、圧倒的に良いからだ。

倉多 「ひな乃さん可愛い……!」
ひな乃「え、ええと、倉多くんも。
    学校と全然違うよね……」

 学校とは違う、イケメンオーラ漂う倉多に、ひな乃は緊張してきてしまった。 
 
倉多 「お昼食べました?」

ひな乃(地味じゃ無い……)

倉多 「どこかで食べます?」

ひな乃(地味じゃ無い……!)

倉多 「近くに、美味しいオムライスの店が――」

ひな乃(かっこいい!)

 どうしても、倉多のことがかっこよく見えてしまうひな乃。
 倉多の周りには、キラキラと光が舞う。

ひな乃(制服姿と違いすぎるから……!
    ギャップで風邪引くから!)

倉多 「ひな乃さん?」

 ボーッとするひな乃の顔を、倉多が覗き込んだ。
 急に目の前に現れた倉多の綺麗な顔に、驚くひな乃。飛び退いて、距離をとる。
  
ひな乃「うん! オムライスいいね! 行こう!」

 動揺を隠すように、ひな乃は倉多を離れズンズンと歩く。
 しかし、彼はそれを許さず「待った」をかけた。

倉多 「待ってください、ひな乃さん」
ひな乃「えっ」
倉多 「これでは、()()()の意味がありません」

 倉多は前を歩くひな乃に追いつくと、そっと小さな手を取った。

倉多 「俺の隣に」
ひな乃「…………ハイ」

 手を繋ぎ、ぴったりと並んで歩く。
 離れることは許されない雰囲気だ。

ひな乃(そうだよ。そうなんだよ……
    今日は彼氏を見せつけるための
    デートなんだから……)

 通り過ぎる人達が振り返る。
 ひな乃だって見られることには慣れているけど、今日は別だ。
 
ひな乃M(恥ずかしい。)

ひな乃M(全身熱い。)
    (手汗が……ヤバい気がする。)
    (私、変な顔してない?)

ひな乃(オムライス屋さんが遠い……遠過ぎる)

 手を繋いだまま、ゆっくりとオムライス屋へ向かう。その間も全神経が、手のひらに集中している気がする。

ひな乃(オムライス屋さん……早く……早く……!)

 繋いだ手はとっくに限界を迎えている。
 倉多の大きな手に翻弄されながら、ひな乃はひたすら歩き続けた。



○昼時のオムライス屋さん窓際の席

 明るい店内。
 光が射し込む窓際、二人がけの席に、ひな乃と倉多は向かい合って座っている。

 二人の前にはそれぞれオーダーしたオムライス。
 ひな乃はスタンダードなケチャップオムライス、倉多は和風のオムライスを食べている。
 
ひな乃「美味しい……!」
   (試練から解放されたからかな、
    余計に美味しい!!)

 頬に手を当てながら、美味しそうにオムライスを食べるひな乃。
 向かいに座る倉多はクスリと笑う。

倉多 「良かったです。ひな乃さんの機嫌が戻って」
ひな乃「え?」
倉多 「ずっと、黙ったままだったでしょう?
    いきなり手を繋いだせいで、不快な思いを
    させてしまったかと……」
ひな乃「そ、そんな。違うよ!」
 
 倉多に誤解をさせてしまっていた。
 ひな乃は慌てて弁解をする。

ひな乃「は、恥ずかしかったから……」

 また、顔が熱くなってくる。

ひな乃「こういうの初めてで。
    手汗がすごくて……気になり過ぎて」
倉多 「ひな乃さん……」

 今度は倉多が黙り込んでしまった。
 と思ったら、下を向いて笑いを堪えている。

ひな乃「く、倉多くん? もしかしてバカにしてるね?」
倉多 「いえ……そんなことは」

 倉多の肩が震えている。
 笑っているのだ。

ひな乃「笑ってるじゃん!」
倉多 「すみません……
    ひな乃さんが、あまりにも可愛くて」

 とうとう、倉多は顔を上げて笑い始める。
 微妙に悔しい。

 ひな乃M(――でも、おかげで緊張、無くなったけど)


  
 楽しく、オムライスを食べる二人。

ひな乃(倉多くん、食べ方、きれいだな)

 食べる姿も、絵になる倉多。
 彼は、ひな乃に合わせてゆっくりと食べてくれる。
 
 そういえばこのお店も、ひな乃に合わせて選んでくれたのかもしれない。
 女性客の多い店内。みんな、チラチラと倉多を見ている気がする。

ひな乃「……こういうお店、よく来るの?」
倉多 「いえ、特には――実は、
    ひな乃さんがお好きかと思って調べたのです」
ひな乃(やっぱり……)
 
 照れたように笑う倉多。
 嬉しくて、胸の奥がキュンとする。

 と同時に、ずっと敬語で話されることに距離も感じて。


ひな乃(……なんで、倉多くんは敬語なんだろ) 
   (そもそも、なんで倉多くんの許婚が私なの?)
   (なんで、こんなに大切にしてくれるの――)

ひな乃(私、もっと倉多くんのこと、知りたい)

 じっと見つめていると、倉多は柔らかく微笑んでくれる。 
 ひな乃は頬を染めながら、倉多の顔を見つめ続けた。
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