恋の花火はコーヒーのあとで
繭香の寝顔は思ったより、ずっと幼い。規則正しく俺の腕の中で呼吸を繰り返す繭香をじっと眺めてから、俺は繭香を抱き上げた。

さすがの俺もこのままじゃ理性がもたない。

俺は繭香を寝室のベッドの上にそっと下ろすと、毛布を肩までかけてやる。

「ん……、こ……う」

(課長の夢みてるのか?)

俺は繭香が香田課長の名を呼ぶのが嫌で、そっと親指の腹で繭香の唇に触れた。

「……好きだよ」

もう拗らせに拗らせまくって五年も言えてない言葉をようやく吐き出せば、繭香の唇が僅かに動く。

「こ……う、へい」

「え?」

香田課長ではなく俺の名前を呼んだ繭香に俺は思わず口元を覆った。

「……ん、……ちゃんと……」

そこまで言うと繭香はまた寝息を立てて可愛らしい寝顔を俺に向ける。

「なんだよ……《《ちゃんと》》起きてるとき言えって?」

寝室の壁掛け時計の針はちょうど零時を通り過ぎていく。

「それとも約束通り《《ちゃんと》》送れってか?」

確かに繭香の部屋の場所もわかったことだし、鞄の中に入ってるであろう繭香の自宅の鍵で、繭香を約束通り送っていくことは可能だ。

でも、それでも今夜だけでいいから繭香を手元に置いておきたい。俺だけの繭香であってほしい。

「おやすみ」

俺は静かに寝室の扉を閉めると、繭香に返すのを忘れないようにテーブルの上に借りていた恋愛小説をそっと置いた。

「失恋花火、か……」

俺はため息混じりにそう口に吐いてから、リビングの電気を消してソファーに転がった。
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