妹の指

2


 昨日の夜。珍しく、ぼくはいつもより早く眠りについて、それから、久しぶりに夢を見た。それは、ぼくと紗英が、初めてお互いの親指を舐め合ったときの夢だった。

 ぼくはそんな二人の光景を俯瞰した視点から見ていた。

 経験はないけれど、幽体離脱をしたような感じだろうか。

 ただ、お互いに、お互いの、親指を舐め合っていた。

 その光景は、そのまま氷の彫刻にして、大きな冷蔵庫の中に閉まっておきたかった。誰の目にも触れさせたくはなかったから。
しばらく見ていると、ある変化に気付いた。

 ぼくの姿が徐々に変わっていく。禍々しい雰囲気を持った何かに。

 紗英はそんなぼくに気付かずに、ぼくの親指を舐め続けている。

 ぼくの姿がすっかり、ぼくでなくなったときだった。

 そいつは、大きな口を開けて、紗英を一口で飲み込んでしまった。

 そこで目が覚めた。

 ひどく汗をかいていたので、ぼくは水を飲んだ。少しだけ血の味がしたような気がしたけれど、コップに注いだ水は最後まで口にした。

 台所の窓からは、夜の闇を引き裂くように、朝日が射し込みはじめていた。

 朝陽はとても眩しくて、正反対の影を、紗英の勉強机の下に色濃く落としていた。それは深い闇のようにも思えた。ぼくはその影の中から、何か虫が出てくるのではないだろうかと、ふと思った。

 目を凝らして見てみると子供の小指の一関節ほどの何かが落ちていた。
 
 最初、ぼくはそれを虫の死骸だと思った。

 しゃがみ込んでから机の下を覗き込んだ。
 見たくも触りたくもなかったけれど、紗英の机の下で虫が死んでいるなら掃除してあげなければいけない。

 よく見ると、それはただのピアスだった。紗英のだろうか。母親のだろうか。ぼくには分からなかったけれど。ただそれと対(つい)になるものはどこにも見当たらなかった。

ぼくは片方だけのピアスを机の上に置いた。

ピアスは朝日を受けて不気味な光を放っていた。

それから、紗英の布団を掛け直して、台所の前で横になった。

ぼくは朝日を背に受けながら、また眠りについた。

固くて冷たい床の上で。
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