7度目の身代わり婚は、溺愛不可避
第3章 橘家



「ハルちゃん!」

どこからか、大きな声で自分を呼ぶ声がする。
そんな可愛い呼び方で、自分を呼ぶ人はこの家には一人しか居ない。

「ハルちゃん!起きてる!?」

2階のバルコニーで本を読んでいた千陽は、母親─千冬(チフユ)に庭先から呼ばれ、顔を出した。

「何ー?母さん」

広い庭の、真ん中。
薔薇園にいる母親に届くように声を張り上げると、それに負けじと、母さんは声を張り上げる。

「あのねー!カゲくんのお嫁さんについて知りたくて!教えてくれるー?」

カゲくんというのは、言わずもがな、千景。
千陽の双子の兄のことである。

「……取り敢えず、そっちに行くから、もう叫ぶのやめなー!」

母親の喉の為、あまり強くない身体の為。
千陽は読んでいた本を閉じ、部屋に戻る。

「─あれ?」

すると、閉めていたはずの扉が開いていて、いつも閉じているはずのガラス戸も……。

「やっぱり。─みーつけたっ!」

ガラス戸のすぐ側にしゃがみこんで、口を両手で押さえている幼い子。

ずっと仲の良い両親が意を決して授かった、3人目。千景と千陽の弟であり、今年で5歳になる弟は千陽に抱き上げられた瞬間、目を輝かせる。

「えへへ!ハル兄に見つかっちゃったー!」

「悪戯っ子は誰だ〜?」

母親似の容貌に、母親似の性格。
遅くに授かった子どもということもあって、父親に溺愛されている末っ子の千彩(チサ)は愛らしくて、女の子みたいな見た目をしている。
まるで、母さんの生き写しのような子。

(俺は見た目は父さんで、雰囲気は母さんって言われるからな……)

父さんには、
『お前とはまた違う愛らしさがある』
と、力強く言われたことがある。

成人した息子相手に愛らしさとは……と思ったけど、敢えて深くは突っ込まなかった。

「ねぇねぇ、ハル兄、カゲ兄はー?」

「カゲ兄はね、千彩のお義姉ちゃんになってくれる人に会いに行ってるよ」

「お姉ちゃん!?」

「うん。楽しみだねぇ」

「うん!……えへへ」

見た目の可愛らしさ通り、というのは、ちょっとおかしいかもしれないが、千彩は幼い頃から可愛いものが大好きで、車や怪獣よりはぬいぐるみ、青や黒よりはピンクや白が好きな子だった。

─いや、まだ全然幼いんだけどね。5歳だし。
これから、好みも変わっていくかもしれない。
全然変わる可能性がある年齢だし、好きなものが変化していくのも楽しいだろう。
人生は長いし、いっぱい好きなものができても、いっぱい大切なものができてもいい。

好きなものを胸張って好きだと言えるのは良いことで、それは否定されるべきことでは無いから。

だから、この子の好きを存分に伸ばしてあげよう、例え周囲に何を言われても、この子の好きを決して否定したり、邪魔したりしないようにしようと、この子が2歳くらいの時に、家族全員で決めた。

これは、三大名家と呼ばれるほどに大きなこの家に、父さんと恋に落ちたってだけで嫁いできてしまった母さんが幼い頃、千陽や千景の教育でやることなすこと否定され、苦しんだ時に父さんと話し合って決めたことらしい。

母さんの苦しみにいち早く気付いて、ずっとそばにいて、抱きしめて、いっぱい話して。
それから、どんなに小さなことでも母さんの話を聞いて、相槌を打った父さん。

『大切なものを大切と言えるだけで良いんだよ』

幼い頃から、父さんには俺達もそう言われて育ってきた。
家の為とか、家の未来がとか、今生きる俺達には関係無いのだと、そう言って、父さんは笑った。

祖母に似て優しい容貌なのに、(俺がそっくり)性格は祖父似で、家族以外には冷酷な父さん。

千彩や母さんに激甘な姿を見ていると信じられないが、祖父の頃より更に事業を成功させたのは、間違いなく、父さん。

ずっと幼い頃から、仕事も全力だが、家庭も大事にする父さんが俺と千景の憧れだった。


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