7度目の身代わり婚は、溺愛不可避


─両親が不慮の事故で、亡くなるまでは。


両親が亡くなったあと、私は父の姉夫婦─伯母夫妻の家に引き取られた。父は良い家柄出身だったこともあり、母の悪口をいっぱい聞いた。
特に伯母は父を凄く可愛がっていたそうで、母への恨みはとても深く、母によく似ていた私への暴言暴力はほぼ毎日、憂さ晴らしの道具として扱われた。

ご飯は基本的になく、1日に1食、伯母夫妻家族の食卓で出たものの残りを貰えたら、運が良かった。
水も食事も死なない程度に与えられただけで、毎日、お腹は空いていた。途中から、空腹感は忘れたけれど、それでも、お腹空く日はとても空いていた。

世間体で学校には通わせて貰えたものの、高校卒業と同時に進学は許されない。家で飼い殺しされる話も出ていて、朱音の父に救われることのなかった場合に朱音の母に考えられた未来じゃないかと思いながら、与えられる仕事をこなした。

─正直、日々の仕事も多くて、寝る暇もない。
使用人達には同情されたけど、手を借りたことは無い。
こういう場合、手を貸してもらった方がもっと仕事が増えることは予想出来たし、何より、私の仕事を手伝ったことで優しい人たちが傷つく羽目になることが嫌だったからだ。

そんなある日、従姉妹の元にお見合いの話が出た。
家柄的にそういうことがあってもおかしくなかったが、その相手が大企業の御曹司だと分かると、従姉妹は興奮を見せた。自分の容姿にとても自信がある彼女は、お見合い相手の彼と結婚して、大企業の社長夫人になりたかったんだろう。

しかし、お見合いの場所に来たのは予めも届いていた写真とは全く違う男性で、従姉妹は腹を立てた。
本来の御曹司代理かと思えば、彼が従姉妹と婚姻を結ぶ相手という。別にその人が醜男とかだったわけではない。
予め頂いていた写真の男が、あまりにも美男だっただけだ。

「ありえない!この話は無かったことにして!貴方みたいな醜男のために、私は存在してるんじゃないの!こっちを見ないで!気持ち悪い!!」

従姉妹─麗奈(レナ)の暴言は、酷いものだった。
大企業の夫人になれると思ったのに、写真と違う男が来たばかりか、相手方の両親がいなかった。
それは、彼女のプライドを酷く傷つけたんだろう。
それにしても、私─朱音相手ならまだしも、初対面のお見合い相手に言うなんて。教養がないと蔑まれてもおかしくないのに、麗奈に罵られた男性は穏やかな人で。

「困りましたね」

怒りもせず、ただ一言。
穏やかな微笑みを浮かべて、そう言った彼。
正直、特に困ってなさそうな雰囲気に、朱音は謝る。

「彼女がすみません」

麗奈が怒鳴り散らして出ていったまではいつも通りなのでどうでもいいが、全く、この空気をどうしてくれる。
伯母夫妻は興奮した麗奈の後を追いかけていくし……最悪である。
私一人を取り残さないで欲しい。

「大丈夫ですよ。─そもそも、貴女が謝ることでは無いでしょう?彼女と違い、あなたは教養があるようで」

何かを探るような目。
─お見合いの事前調査かな。
お見合い相手は、なかなかに食えない相手かもしれない。
麗奈のお相手だから、その警戒心は大切だが。

「─彼女が失礼な事を言ったのは事実ですから」

朱音は微笑みを絶やすことなく、比較発言を軽く流した。受け取っても面倒くさいことになることはわかったし、これ以上、話を広げたくない。

「そうですか。では謝罪は素直に受けとっておきましょう。ありがとうございます。……因みに、貴女のお名前を聞いても?」

そう言われて、名乗るタイミングがなくて名乗ってないままだったことに気づく。

「礼を欠き、申し訳ございません。─改めまして、緋ノ宮朱音と申します」

「緋ノ宮朱音さん……お噂とかなり違うようで」

「…そうですか?」

─普通にしくじった。素直に名乗ってしまった。
適当に誤魔化しておけば良かったのに、男遊びが激しいとか、弱者に対するイジメ、ギャンブル好き、浪費家、その他諸々…朱音にまつわる数多くの噂を彼が知っているのは予想外だった。

因みに、噂の【緋ノ宮朱音】の正体は紛れもなく、麗奈である。
人の婚約者は取るわ、裏で人を精神的に追い詰めるわ、高圧的な態度は勿論、あまり口にはできないことまで、彼女はしている。


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