7度目の身代わり婚は、溺愛不可避
第二章 橘千景



「─初めまして」

「……」

無愛想。氷のような美男。愛想を捨ててる。
─散々な噂が理解できるほど、ぴったり。

挨拶しても、基本無視。喋らない、笑わない、ただ無言で、珈琲を呑んでいる婚約者との間のテーブルの上には、彼の名前と判が押された婚姻届。

(提出するのは、早い方が良いよな)

─あの後、千陽さんのご好意で、とても高いホテルに泊まらせてもらうこと数日。
伯母や従姉妹の尻拭いをする必要が無いどころか、鬱憤晴らしに使われる日常からも解放されて、好きな物食べて、好きなことして、両親が死んでから初めて、身も心も潤っている日々を過ごしていた。

そして、今日。
部屋に訪れた婚約者は15分程無言で、珈琲だけを啜ってる。

「書きますね」

相手するのが面倒になってきたので、ペンを手に取って、サラサラと書いておく。
名前と、判と…他の必要なところは千陽さんがどうにかしてくれるらしいし、任せよう。

とりあえず、何かのファイルに入れて、この婚姻届を提出するのは、千陽さんに預けよう─…そう思って立ち上がった瞬間。

「─11年前の、パーティー」

「?」

「覚えていますか」

やっと口を開いた婚約者様─橘千景(24)は、真っ直ぐに朱音を見て。

「11年前……?」

それは、両親が亡くなる前に出たパーティーだろうか。二人と行った、最後のパーティー。
色々ありすぎて記憶が混ざってるが、確か。

「冬の、ですか?」

「……」

良い意味でも、悪い意味でも忘れられないそのパーティーは、朱音の記憶に深く刻まれている。

何故なら、その後すぐにパーティーの主催者であった冬の名家─柊(ヒイラギ)家は滅んだからだ。

「そこで、貴女は」

「?」

私が、何をしたというのだろう。

「………………やっぱり、何でもありません」

「はあ…?」

煮え切らない男である。
綺麗な顔をしてるが、それだけだ。
やはり、結婚するならば、千陽さんの方が─…。


< 8 / 19 >

この作品をシェア

pagetop