スイート・シガレット

スイート・シガレット

 クソ親父の部屋からタバコを一箱くすねて外に出た。もうすぐ日付が変わろうとしている。大丈夫だろう。あたしは公園に向かった。
 父の評判はよく知っている。男手一つで娘さんをここまで立派に、とかなんとか。確かに経済的には何不自由していないし私立の高校にも通わせてもらっている。あたしは「恵まれた」子供なのかもしれない。

 けどさ、最近あたしの顔見て何か話してくれたことあった?

 ベンチしかない本当に小さな小さな公園。夜闇と木に紛れて私の姿は通りからはすぐに見えないようになっているだろう。ベンチに腰掛け、タバコをくわえてライターをつけて、ふしゅっと一息。

「ふぅ……」

 タバコを初めて吸ったのは高一の時。あれから半年くらいか。今は高ニの六月。しっかりと肺に煙を落として吸えるようになっていた。

「えっ……嘘……佐々木?」

 びくりと肩が震えた。声のした方を見ると、金髪で背が高いクラスメイトの男の子……原田がいた。

「……そうだけど」

 あたしは原田が手に持っていたものを見た。右手にスマホ。左手にタバコとライター。
 なんだ、こいつもじゃん。

「えっ、えっ、佐々木さぁ、吸うの?」
「原田もでしょ。お互い現行犯だよ」

 原田とはそんなに話したことがない。派手でうるさくて無駄にコミュ力がいいという印象だ。原田はおずおずとあたしに近寄ってきて、あたしの斜め前に立つとスマホを一旦ポケットに入れてタバコを吸い始めた。

「佐々木……このこと内緒な?」
「決まってるじゃん」
「っていうかどこからタバコ調達してんの? 俺は兄貴に買ってもらってるけど」
「クソ親父のやつ盗んでる」
「えっ、口悪っ……何か印象変わった……」

 まあ、そうだろうね。タバコ吸うようには見えてなかっただろうね。あたしは髪も染めてないしメイクもネイルもしていない、成績は常に上位をキープして、休み時間は文庫本を盾にやかましいクラスメイトたちから避けていたから。
 先にタバコを吸い終えたあたしは、足元の側溝の中に吸い殻を放り込み、立ち上がった。

「じゃ、原田……一蓮托生だよ。あんたがバラしたらあたしもバラす」
「待てよ。連絡先知らないだろ。交換しとこう」
「いいけど」

 遠くで救急車だかパトカーだかのサイレンが響く中、あたしたちは連絡先を交換した。その間に原田もタバコを吸い切った。



 それから、あたしと原田は喫煙仲間になった。都合が合えば公園で一服しながらとりとめのない話をする。助かったのは、原田が色んな銘柄のタバコを持ってきてくれることだった。

「あたし、マルボロは苦手っぽい。普段メビウスだからかな」
「今度変わり種持ってこようか? コンビニとかじゃ売ってないやつ。兄貴に頼んでみる」
「へぇ、お願い」

 会うのはいつも夜だから、互いの顔はよく見えない。二人の吐く煙が夜闇に消えていくのを眺めていくだけ。
 そして、昼にクラスで会っても特に会話は交わさない。あたしは本ばかり読んでいるし、原田は男友達とギャーギャー騒いでいる。
 誰も知らない。あたしたちがこんな関係だなんて。
 そして、あたしは知っていった。原田は母子家庭だということ。母親との折り合いが悪いということ。友達は多いけれど上辺だけ、その場しのぎの付き合いだということ。

「……不思議だよな。佐々木にはペラペラ話しちまう」

 いつの間にかベンチで隣り合って吸うようになっていて、原田との距離はちょうどタバコ一箱分くらいになっていた。

「あたしも……原田にはぶっちゃけたね」
「うん。佐々木も片親だったとは知らなかった。なんかさ、うちの高校って……両親揃ってる奴の方が大多数じゃん? なかなか言いにくいんだよな。可哀想な目で見られるの嫌だし」
「それな」



 そして、原田は約束通り珍しいタバコを持ってきてくれた。ブラックデビルのミントバニラ。スマホで照らして見てみると、鮮やかな黄緑色のパッケージだった。原田が言った。

「あのさぁ、俺、してみたいことあるんだけど」
「何?」
「シガーキス」
「……はぁっ?」

 あたしにも知識だけはあった。片方だけタバコに火をつけて、もう片方のタバコに近付け、火を移すアレだ。

「なー、いいだろ? 佐々木にしか頼めないし」
「えっ……でも、キスじゃん」
「タバコ越しだよ」
「でもさぁ……でもさぁ……」
「俺じゃダメ?」

 普段あたしの顔なんて見ないくせに、原田はじっと見つめてきた。あたしは原田の右目に泣きぼくろがあることをその時初めて知った。
 別に、あたしと原田は付き合っているわけじゃない。秘密を共有するだけの仲。
 だからこそ……イイ、のかも。

「原田、一回だけだよ」
「んっ」

 原田が自分のタバコに火をつけた。あたしはくわえて原田を待った。タバコが重なり、原田の体温もすぐ側で感じるようになった。じり、じり、じり。ゆっくりと時間をかけて、火が移った。

「……ふぅ。凄い味だね、これ」
「佐々木が気に入ったんなら一箱やるよ」
「いや、いい。あたしはやっぱりシンプルなタバコの方が好きだな」

 そして、唇同士のキスもすることになるんだけれど、それはまだまだ先のお話。
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