ムーンライトベリーの香りが忘れられなくて

第10話 日常に戻る

週明けの月曜日。通学前の朝、制服のリボンを玄関にある全身鏡の前で形を整えた。前髪の位置をチェックする。
今朝の母は早番で早くに出勤していた。誰もいない家に「いってきます」とつぶやいた。

通学途中に歩きながら、愛香は、先週の金曜日の出来事を思い出す。一日の時間がもっと長くあって欲しかった。
その翌日の朝方には、朝ごはんも食べずに車で自宅に送迎された。
千晃先生は、何か隠したいことでもあったのか、慌ただしい様子で急かされた。
そんなに急がなくてもいいのにと思いながら、1人寂しく、帰宅してすぐの誰もいない自宅でぼーっと立ち尽くした。
先生はいなくなった後の玄関はとても静かだった。



 自宅から徒歩10分のところの駅に着く。
 電車の発車ベルが鳴り響いた。
 愛香は、小走りで乗り込み、車両の出入り口付近で立っていると、クラスメイトの菊地陽葵(きくちひまり)に声をかけられた。

「愛香、おはよう。元気? 何か調子悪そうだね」

 少し目の下にクマができているのを陽葵は見逃さなかった。

「……陽葵、おはよう。そう? いつもと変わりないよ」
「月曜日だもんね。調子悪くもなるよ」
「……確かに。週明けって、いやいや出て来るもんね」

 車両が動き出す。陽葵は、つり革につかまり、愛香は鉄製のスタンションポールにつかまった。乗客はほぼ満員だった。
 揺れるたびにぶつかりそうになる。周りの乗客たちは静かにイヤホンで音楽を聴いたり、本を読むこともあれば、ひたすらスマホを見ている人もいた。

 窓の外を眺めながら、陽葵は話し出す。
「今日、テストあるよね」
 その言葉にㇵッとする愛香だ。
「嘘、忘れてた。何の?」
「世界史……」
「げっ……」
 愛香は苦虫をつぶしたような顔をする。なんとなく、気まずい。週明けに早速会うのかと思うと鼓動が早くなる。
「小高先生も難しい問題引っ張り出すからさ、点数とりにくいんだよね」

 頬を膨らませていう。

「……うん、まぁ」
「何言ってるの。いつも愛香は満点取ってるくせに。推しなんでしょ。小高先生」
「……推しになるのやめようかな」

 急に落ち込む愛香に疑問を持つ。

「どした? 心変わり?」

 陽葵は、愛香の顔をじっと見つめる。ため息をついていた。

「あとで事情聴取させてもらうから」
「……え?」

 車両はトンネルに入り、レールの走る音がさらに響いていた。陽葵に話さないといけないかと思うとさらに心臓の音が早くなった。心の胸の内を友人に話すのには慣れていない愛香だった。


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