ムーンライトベリーの香りが忘れられなくて

第21話 そばにいるだけで

少し強い風が頬を打つ。
千晃先生は、授業中にも関わらず無我夢中になって、愛香の腕を引っ張り、連れて来たのは屋上だった。

誰もいない。屋上。どうしようというのか、力いっぱいつかんでいた手を離した。

「先生、どうかしたんですか」
「……俺、教師やめないといけないかもしれない」
「え? どういうことですか」
「校長に言われた。白埼との関係がばれて、謹慎処分だって」
「?!」
 愛香は息をのんで、口を塞いだ。千晃先生は、電子タバコを取り出して、おもむろに吸い出した。

「でも、だって、それじゃぁ。先生、やめちゃうの?」
「……たぶん、白崎のお母さんだな。リークしたの。知ってるのはお母さんしかいない」
「……だよね。たぶんそう。最近のお母さん、機嫌わるいから。きっと、私に対する八つ当たり」

 屋上のベンチの上、2人は隣同士座った。うぐいすが学校の裏山付近で鳴いている。授業中にサボって先生と過ごす空間にドキドキが止まらなかった。嬉しい反面、悪いことしているなという罪悪感も残る。

「俺は……別に辞めたっていいって思ってる」

 千晃先生はベンチに置いた愛香の右手に自分の左手を添えた。じっと眼鏡越しに愛香を見つめる。ダメだと思ってもやめられない。好きだという気持ちを誰が制止するというのか。衝動的な思い。何ものにも変えられない。単に髪型が良いから、顔が整っていて、スタイルもいいから、高校生、先生だからじゃない。人間そのものの存在が心地良い。一緒にいるだけで癒し、そして、満タンに心満たされる。ただ一瞬体と体を重ね合わせても、繋がってるかどうかさえ何度も確認しても不安になる。禁断な領域に入っているせいか、他人軸に振り回されてるからか。自分の思いはただひとつ、許されるのであれば、千晃先生のそばにずっといたい。その思いは永遠に変わらないと信じたい。

 2人は両手の指と指を重ね合わせて、風吹く屋上の中、夢中になって唇を何度も何度も触れ合った。舌と舌が触れ合うともう気持ちは止まらない。誰かに見られたらきっと終わり。分かっていても……。

「千晃先生!!」

 屋上の扉が開いた。教頭先生がクラスの授業が自習になってることに気づいて探し回っていた。ようやく、たどり着いて、肩で息をしていた。

「きょ、教頭先生!」

 ベンチから立ち上がり、背中に愛香の手を握ったまま隠した。体はべったりとくっついている。隠しようがない。屋上のフェンスに体をつけた。

 カザミドリが激しくぐるぐるとまわる。愛香は何も言えなくなって、千晃先生の後ろに隠れた。
 教頭先生がどんどん近づいてくる。険しい顔をしていた。
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