ムーンライトベリーの香りが忘れられなくて

第22話 屋上の葛藤

教頭先生が屋上に千晃先生を探しにまわっていた。
授業を抜け出して、愛香と一緒に過ごしていることを目撃すると険しい顔をしていた。

「千晃先生、生徒と一体何をしていたんですか」
「…………」
 
 背中の後ろで手をつないだまま、教頭先生は千晃先生の顔にじりじりと近づいてきた。加齢臭が匂っていて耐えられなくなる。この先生に何と説明しようかと考えているうちに何も言葉が浮かばない。愛香も影に隠れて見えないようにしていた。

「……黙秘権ですか。そういう作戦でいくんですね」

 バーコードに広がった髪が風で舞い上がる。慌てて整えた。

「教頭先生。俺は、間違ったことしてるなんて思ってませんから」
「ん? それって、逆を罪を認めているようなものですよね。白崎愛香さんのお母さまから直々に訴えが来ています。小高千晃先生を娘に近づけるなと。そう言われるようなことを何かしてしまったんですか?」

「……俺は、白崎の心を救いました。シングルマザーでずっと1人の時間で過ごす白崎は傷ついていたんです。一人娘であることで大事にされているようでされていない。1人親が1人子どもをサポートするには限界があるんです。傷ついた心を救って何が間違ってるというんですか!!」

「……言い逃れるおつもりですか。まぁ、いいでしょう。そういう作戦ならば。親御さんからの要望は学校はその通りにしなくてはいけないことをお忘れではないですか?」
「教頭!! 虐待やネグレクトをそのままにするというのですか?」
「小高先生!! 口を慎みなさい。言って良い事とダメな事があること知りませんでしたか?」
 
 物々しい顔で千晃先生のそばに迫っている。教頭先生の額に筋がたくさんできていた。ふと、力を入れるのをあきらめて、屋上の扉開けて、振り向く。

「小高先生。書いてきても良いですよ。退職願。もう、教師としてのルールを守れないのならば、教師をやめてから白崎さんを守ればいいじゃないですか? この高校の品位を下げる行為はやめていただきたい!! これは警告です。できなければ、即刻白崎さんに退学していただくことも考えます。いいですね!!」
 
 そう吐き捨てると、バタンと力強く閉めて立ち去った。冷たい風が強く吹いた。鼻にぽつんと雨粒があたる。大雨に見舞われた。屋上の扉で雨宿りをした。灰色の雲が浮かぶ空を見上げて話し出す。

「白崎、俺がやめた方がいいのか? お前が退学するか? どっちにする?」
「……」

 首を横にブンブン振って、涙する。もう、自由じゃない現状に納得できない。どうして、うまくいかないんだろう。愛香は隣に千晃先生がいるのに凄然としている。心が埋まらない。満たされない。ここじゃないどこかに行けたら、どんなにいいだろう。学校でもない家でもない。解放された世界に逃げ出したい。そんなこと絶対無理だとわかっている。せめて心だけでも幸せになりたい。
ただ、今はずっと千晃先生の指と指を絡めて、手をつないでいたい。

時間がとまってしまえばいいのにと切に願う。
何も解決せずに雨はずっと降り続けていた。





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