ムーンライトベリーの香りが忘れられなくて

第6話 千晃先生に着いていく

 殺風景な千晃先生の1LDKの部屋に黒いテーブルが真ん中に置かれていた。冷感接触のベッドマットが付いたベッドにはぐちゃぐちゃになったふとんが固まっている。床にはところどころに空っぽのペットボトルに、台所には洗っていない皿が残っていた。男性の1人暮らしってこういうものなのかとジロジロと見ていると、こつんと後頭部に千晃先生の手の甲が当たった。

「あんま、ジロジロ見るなよ。散らかっているから」
「……べ、別に見てませんよ。汚いなぁとは思いますけど」
「ほーら!! 汚いとかいう……。突然、訪問するからだろって俺がどうぞと誘導したんだけどさ」

 片手にビニール袋を持って、部屋中のゴミを回収し始めた。愛香は一緒にゴミを拾って片づける。その流れで掃除機を取り出し、吸い込み始めた。夜に掃除するって珍しいなと思いながら眺める。

「訪問者がいないと掃除もさぼるよね」
「……そんなもんですよね」
「お前は掃除しろよ。俺の真似するんじゃないぞ」
「……まぁ、まぁ。そうしときます」

 しばし沈黙が流れて、千晃先生は台所の片づけに向かった。部屋の隅っこにあるソファにそっと座り、カーテンの閉まっていない外を眺めると、土砂降りだった雨が上がり、雲の隙間から月が見え隠れしていた。母が仕事で帰ってこないと知った千晃先生は、善意で家に来るかと誘われた。別に何もしないからと言われたが、何をする気だったのかと笑ってしまった。

「とりあえず、そこ座ってって普通に座ってるし……まぁ、いいや。ほら、麦茶くらいしかないけど」

 千晃先生は、冷蔵庫で冷やしてた麦茶を青く透明なコップに大きな氷を入れてテーブルに置いた。ほっこりした気持ちで愛香は制服姿のままぺたんと床に座り、麦茶を飲んだ。いつも飲む麦茶と違って少しだけ薄かったが、なぜか美味しく感じた。

「俺さ、間、持たないからさ。社会勉強する?」
「ん? どういうことですか」
「愛香はもう18歳なったよな」
「え、あー、はい。4月生まれなので……」
「もう、大丈夫な年齢だけど、これに着替えて」

 適当にクローゼットから出した千晃先生のTシャツとスエットズボンを受け取った。

「着替えないといけないんですか」
「右膝はもう大丈夫だろ?」
「……まぁ、多少なら動かせます」
「寝室使っていいから。着替えてきな」
「はい」

 愛香は、言われるがまま、寝室のドアを閉めて、制服を脱ぎ、渡されたTシャツとズボンに履き替えた。千晃先生はベランダに出て、電子タバコを吸い始めた。いつもなら部屋で吸うのを愛香がいると思い、気を使ってベランダに出る。少し蒸し暑い外だったが、さらりと吹く風がちょうどよかった。隣の家の風鈴が鳴って涼しさを感じた。

 寝室から出て来た愛香を見て、千晃先生は少し頬を赤らめる。咳払いをしてごまかした。

「んじゃ、行くか」
「え、どこに?」
「いいから。その恰好なら問題ないから」
「……は、はぁ」

 よくわからないまま、アパートの外に出た。時刻は夜8時。
 だんだん夜が深まって来る時間だ。生ぬるい風が当たっていたが、気にしない。
 今の気持ちは予想外にワクワクしていた。


< 6 / 51 >

この作品をシェア

pagetop