恋のコードが解けるまで

翌朝、杏奈はまた温泉に入った。朝、バスルームを二人で交互に使うのは慌ただしい。自分なりに一応何となく気を遣っている。

結果温泉効果で肌がツヤツヤになってしまった。疲れているのに不思議なものだ。朝日を浴びながら早朝の温泉を楽しんだ。機会があったら両親をいつかここへ連れてきたいなと杏奈は思った。

部屋に戻ると鈴木さんはシャワーを浴びて着替えを済ませていた。

「おかえり……」
「ただいまです」

帰りの荷物をまとめると、ホテルの朝食を二人でとりに行った。
最後の朝だ。

一番奥の窓側の席に着席した。ビュッフェスタイルではなく、和定食で提供されていた。そのメニューは朝から海鮮がたくさん盛られた北海道ならではの豪華なものだった。
慌ただしさが無い分ゆっくりと落ち着いて食事ができ最後まで幸せだった。

「昨日は酔っぱらってしまって、迷惑をかけた。申し訳ない……藤野さんはちゃんと眠れた?」

「はい」

「えっと、何度も言ってるかもしれないけど、今回はいろいろと本当にありがとう」

「仕事ですから」
杏奈は笑顔で答えた。

慣れていなかった笑顔が簡単にできるようになっていた。
鈴木さんも嬉しそうに笑顔で「そうだね」と返してくれた。

今日は晴天だ。窓から入ってくる朝日に照らされたイケメン。スーツが似合い、食べ方もとてもきれいなイケメン。
イケメンと朝食なんて、この先一生味わえない貴重な経験かも知れない。そう思うと有り難くこの夢のような時間を心に刻もう。
本当に一品一品を丁寧に味わう事が出来た。

急に東京へ帰るのが嫌になる。なんだか名残惜しい。
杏奈はじっと鈴木さんを見つめてしまってたようだ。
鈴木さんが「ん?」と右の眉を上げた。

何か言わなければと思い。
「イチゴ……」
隣のカップルが食べているイチゴが目にはいった。
「いちご?」

「イチゴが苦手だっていう、あの変な自己紹介。理解してたんですね」
鈴木さんは笑いながら頷いた。

「まだまだ上手くはないけれど、取引相手がロシアだから、ある程度は一応勉強したよ」
食後のコーヒーを美味しそうに一口飲んだ。



< 38 / 86 >

この作品をシェア

pagetop