恋のコードが解けるまで

牛筋カレー


水曜日は定退日だ。杏奈は昨夜カレーを仕込んだ。得意料理の牛筋カレーだ。一晩寝かせるとより一層美味しくなる。急ぎ足で会社のビルを出ると、出口で偶然鈴木さんに会った。
 
「藤野さん!」
 
「あ、鈴木さんお疲れ様です」
 
イケメン鈴木さんは今日も香水のいい匂いがする。えっと……こういう時にとっさに何を話していいのかわからなくなるコミュ障あるある。挨拶をして足早にその場を立ち去ろうとした。が、呼び止められた。
 
「久しぶりだね」
 
「はい。先日はどうもお誘いありがとうございました」
 
そう言いながら一緒に歩きだす。がしかし、杏奈の家は反対方向だった。鈴木さんはみんなと同じで駅まで行くんだろう。
 
「こちらこそ急に誘って悪かったね」
 
「いえいえ、それでは、失礼します」
 
心なしか帰る社員たちの視線を感じる。このまま話が長引くと杏奈も駅に到着してしまいそうだ。早々に切り上げる。
 
「ちょっと話せる?」
 
帰る距離が延びでしまうので、杏奈は鈴木さんの腕を取って道の端まで連れて来た。
「な……なに、どうしたの?」
 
「あ、すいみません。家逆方向なんで」
 
鈴木さんは声を出して、はははっと笑った。

「まだ全然藤野さんに出張のお礼ができてなくて、よければ飯いかない?今日定退日だし、他に予定があったらあれだけど……」
 
「あの、北海道は仕事だったのでお礼とかなくて大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「……じゃあお礼じゃなくて、ただ、ご飯食べに行きませんか?すごく腹減ってるし」
 
なんか鈴木さん結構グイグイくる。
 
「すみません。昨日カレーを作ってしまって。お鍋いっぱい作って、このままだと一週間ずっと晩御飯がカレーになっちゃうので」
 
カレーは1人分だけ作るより大きな鍋で大量に作った方が美味しいのだ。

「そんなにたくさん作ったの?」
 
「はい。パスタ鍋で作ったので大量です」

「手伝うよ」
 
「はい?」
 
「カレー食べるの手伝う」
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