恋のコードが解けるまで

夜のとばりが下りる。窓ガラスが奇麗になったからなのか、夜になると、ビルの窓の明かりがキラキラして綺麗だった。下を行きかう人の流れが海の波みたいで面白い。
 
「いいだろう、この小規模感。夜景ってのは高い所から見下ろすもんだが、俺はいつも見上げてるんだな。それもまた迫力あっていいんだわ」

有田さんがいつの間にか横に立っていた。

体調は良さそうだ。熱は下がったと言っていた。
 
「やるなお前、人んちで風呂まで入ったの?」

杏奈から石鹸の匂いが漂っていたからなのか、有田さんはそう言うと、俺もと言って、シャワーを浴びに部屋を出ていった。

簡単に食べられる、うどんとフルーツを用意する。

有田さんはシャワーから上がって髪を乾かしながら「自分で片付けるの、大変だなと思ってたから助かった。そこの業者今後も利用するわ」と意外とあっさり喜んだ。勝手に人の物を捨てやがって、という怒りも覚悟していたが、そんなこともなく、クリーニング代に色を付けて杏奈に返してくれた。
 
「明日は出社できると思う。部長にも後で連絡入れとく」
うどんとフルーツをぺろりと平らげて、ビール飲んでいいかと尋ねてきたので、秒で却下した。
 
何故ここに住んでいるのかという話になって、初めて有田さんがバツイチだと知った。妻と別れてから住む場所を探して、たまたま友人が所有していたビルのバーがつぶれたからそこ使っていいと言われ、ずっと住んでいるらしい。
 
何故かショックだった。有田さんが結婚していたことは知らなかった。
 
杏奈にはそう見えないが、有田さんの事を『落ち着いていて哀愁漂う感じに見える』とか『ちょっと危険な香りがする』とか事務の女の子が話していた事がある。メガネが似合うし髭もお洒落かもしれない。仕事はできるし、雰囲気がイケメン。そういう事に疎いから気にしたことはなかったが、この人モテるのかもしれない。
 
職場で仕事をしている有田さんしか知らなかったから、こうやって生活してたんだと思うと、30代の独身男性だなと改めて感じる。
有田さんのプライベートを除いてしまったと思うとなんだか気恥ずかしい気持ちになった。
 
有田さんは泊ってもいいが、ベッドはひとつだぞ、とセクハラ発言。そろそろ帰れって意味だろう。


 
帰りに「部長から言われなくても、お前、俺の見舞いきた?」と尋ねられた。
「電話が繋がらなければそりゃくるでしょ」
そう返した。

ちゃんと薬を飲んで水分取って早めに寝てくださいと言い、杏奈は家へ帰った。
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