恋愛対象外に絆される日
インターンシップ制度を利用して働くことになったのだが、俺の教育係に二歳年上の矢田陽茉莉さんが付くことになった。

彼女は店内でも群を抜いてニコニコ楽しそうにしているのが印象的。俺の教育係のくせに、「長峰くん絞るのすごい上手。私に教えて」とプライドの欠片もない。

「あの、俺が教わる立場なんですけど」

「長峰くんができないことは教えてあげるけど、長峰くんが得意なこと私に教えてよ。そうやってお互いに上手くなるといいよね」

悪意のない顔でニッコリと笑う。
それがとても衝撃的でむず痒かった。

しかも矢田さんは失敗しても笑っている。まわりを巻き込んで笑って、それでまた真剣な顔でやり直す。

「トライアンドエラー」

「レトワールにとっては損失だと思いますけど」

ポロッとこぼれた言葉は先輩に対して失礼極まりないと思った。思ったけれど、そう思うより前にもう発してしまった。こういうところが反感をかう原因なのかもしれない。

それなのに矢田さんは、「えー、厳しいなぁ」と楽しそうに笑った。嫌な顔ひとつしなかった。

そんな矢田さんは棚の上から小麦粉を取ろうとしてバランスを崩し盛大にぶちまけた。

「ひぃやぁ〜」

変な悲鳴を上げたので全員が振り向く。矢田さんは頭から粉まみれ。当然床も粉まみれ。

「わっ、ちょっと陽茉莉ちゃん大丈夫?」

「矢田さん、怪我しなかった?」

あきらかに矢田さんのミスなのに、ここで働く人たちは誰一人矢田さんを責めなかった。それがとても新鮮だった。しかも――。

「こら、長峰!」

突然背後から凛とした声が響く。
振り向けば掃除道具を手に持った販売スタッフの畑中結子さんが俺にぞうきんを押し付けた。

「君ね、背が高いんだから、率先して高いところの物取ってあげなさいよ」

なぜか俺だけが叱られた。関係ないのに。だけどそれは俺を責めているとかそういう物言いじゃなくて、そうしたらいいんだよというアドバイス的なものだった。

その後みんなで掃除をして事なきを得たけれど、このレトワールの雰囲気が忘れられなくてインターン終了後正式にレトワールの就職試験を受けた。
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