恋愛対象外に絆される日
駅横の路地を入った飲み屋さんのカウンター席で並んで座る。暖かい店内。だけど畑中さんは寒いのかコートとマフラーをつけたまま。

「何飲みます?」

「ビールといきたいところだけど、寒いからあったかいの。焼酎お湯割り」

美人が焼酎お湯割りとか、予想外で思わず「おっさんか」とツッコむ。なんかこう、洒落たもの頼みそうなイメージだったけど、案外庶民的だ。

「ええ、ええ、何とでも言ってちょうだい」

「じゃあ俺もそれ。先輩にマフラー貸して寒い」

「長峰、お前……、自分でやっておきながら」

「冗談っすよ」

寒かったのは本当だけど。でもまあ、畑中さんがこれ以上凍えるよりはマシ。

ふふっと綺麗な笑みを浮かべた畑中さんだったけど、急に目から大粒の涙がこぼれてぎょっとした。それはじわじわと、たまったら落ち、たまったら落ち、宝石のような涙が溢れ出す。

これは……。うむ……。

そっとマフラーを鼻の上まで上げた。たぶん、見られたくないだろうから。マフラーごときで隠せるかよくわからんけども。

「……ごめん」

小さく声が漏れる。と同時に、スズっと鼻をすする音が聞こえた。

まあ、クリスマスに彼氏と別れたんだから、ショックだろうな。気の利いた言葉なんて持ち合わせていない。飲んで食べたら少しは元気になるだろうか。

「適当に、頼みますね」

畑中さんの好みは知らないけど、焼酎お湯割りに合いそうなものとか温かそうなものとか、数品頼んだ。

しばらく静かに泣いていた畑中さんが、ポツリとこぼす。

「別にさ、未練があるわけじゃないんだ」

「うん」

「別れるんだろうなって思ってたし。だからショックでもないんだけど……。でも、よくわかんないけど、泣ける」

畑中さんが泣くのを見るのは初めてじゃない。矢田さんが事故にあったときもずっと泣いていた。だけどその時の涙と今回は全然違う。悲しんでいるようには見えない。

「悔しいんじゃないです?」

「え?」

「私みたいないい女フリやがって……みたいな」

当てずっぽうで適当に言っただけだったけど、彼女は、はっと顔を上げてぷくっと頬を膨らませた。

「それだわ、それ! 悔しい!」

また、ぽろっと涙が溢れる。同時に鼻水も。
美人のそんな崩れた顔を見るのが珍しくて失礼ながらにも笑ってしまった。

「ふっ、鼻水」

「ギャー!」

しかも変な悲鳴を上げるものだから余計に可笑しい。今まで綺麗な先輩として見ていたけれど、その概念が崩れた気がする。もちろんいい意味で。

俺があまりにも笑ったからか、畑中さんの顔はみるみる赤くなっていく。そんな姿がまた新鮮で、ニヤニヤが止まらない。

「ハンカチ持ってないもん」

「女子力が原因だったか」

「うっさいな。ハンカチ貸してよ」

「俺も持ってないですね」

「なんでだよ! そこは持ってなさいよ」

よくわからない言い合い。いや、掛け合いなのか? とにかく、楽しかった。
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