恋愛対象外に絆される日
03
「寒い……」

出勤時、首回りが寒くて思わず声に出た。
愛用のマフラーは結子さんに貸したまま。タートルネックで補えるかと思ったけれど寒いものは寒い。

今年のシフトは年末までみっちり仕事だ。クリスマスの日以降、結子さんと話をしていない。挨拶くらいはするけれど、早番と遅番で時間が合わなかったり、タイミングが合わなかったりで機会を失っていた。

大晦日はレトワール年内営業の最終日だ。この日は短時間営業になり、俺も半日で仕事は終わり。今年もよく働いた。

「遥人くーん」

春風のような声が厨房に響いて俺は顔を上げた。矢田さんがちょいちょいと手招きしている。手を止めてそちらへ行くと「結子さんが会いたいって」と言われてドキッとした。

店内に顔を出せば、私服姿の結子さんがニコッと笑った。

「お疲れ様です。どうしました?」

「仕事中ごめん。マフラー返したくてさ」

「ああ、数日寒かったです」

「ごめんて……」

結子さんは苦笑する。
返すと言いつつなかなかマフラーを出してくれない。なんだか物言いたげな結子さんの態度が気になって、イートインコーナーで待ってもらうことにした。俺の仕事もあと少しで終わりだったから。

急いで片づけを終わらせて着替えを済ませた。店長に年末の挨拶をしてからイートインコーナーに向かう。
日差しが差し込むテーブル席で、結子さんはコーヒーを飲んでいた。
対面に座る。ずっと立ちっぱなしだったから、どっと疲れが出た。

「はー、疲れた」

「年末までお疲れ様だわ」

「ほんとっすよ。クリスマス終わったら年始まで休みでいいんじゃないかと思ってる」

「あはは、理想的ね」

仕事は嫌いじゃないけど、クリスマスからの怒涛の日々はやっぱり体力的にしんどい。俺もコーヒー飲もうかな、なんてフリードリンクコーナーを眺めていると、結子さんはカバンからマフラーを取り出した。そして目の前でパチンと手を合わせてごめんなさいポーズをした。

「でさ、マフラーなんだけど。洗濯したら型崩れしちゃったの。ごめんなさい。弁償して返すわ」

ん? 型崩れ?
受取り広げてみるけれど、俺にはよくわからなかった。ケーキは綺麗に作りたいタイプだけど、こういうのは気にならない。あまりにも必死な結子さんが可愛らしくて「あー……これは就職祝いにばーちゃんからもらった大切なやつ……」なんて冗談を言ってみた。

結子さんはあからさまに顔が青ざめ焦りだす。オロオロとし始めたので、冗談が過ぎたかなと思いながらも笑ってしまった。結子さんのそんな焦った姿、仕事中に見たことがないからだ。

「冗談ですよ、冗談」

「えっ? 冗談……?」

「型崩れなんて、巻いたらわかんないでしょ」

俺はいつものようにマフラーを首に巻く。
あー、これこれ、しっくりくる。首元があったかくなって俺は満足だ。
それなのに結子さんは申し訳ないと謝ってくる。意外と律儀な性格のようだ。
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