恋愛対象外に絆される日
寒いから鍋焼きうどんを提案したら、二つ返事で承諾してくれた。駅の方へ行けばたくさん飲食店が並ぶ。大晦日だからか、うどん屋は大盛況で『年越し蕎麦』とのぼりが立っている。うどん専門店かと思っていたけど違ったみたいだ。

「私は時間あるから待ってもいいけど?」

「俺も暇なんで待ちます。蕎麦食べたい」

というより、結子さんと待つのも悪くないかな、なんて思って受付表に名前を書いた。店内は人がいっぱいで、しばらく外で待つ。

「日なたあったかいよ、ここおいでよ」

手招きされて日の当たる場所に立つ。ぽかぽかとした日差しは少しだけ冷えた体を解凍させた。

「あ、店内空いたみたいですね。中の椅子に座ります?」

「そうね」

結子さんは同意したのに、俺が一歩踏み出すと「長峰ストップ」と、ぐっと背中側のコートを引っ張られた。そしてそのまま俺の背に隠れる。うん、たぶん隠れている。「じっとしてて」と小さい声が聞こえた。

店内からは食べ終えた客がぞろぞろと出てくる。家族連れ、年配の夫婦、そしてカップル。カップルが俺の前を通り過ぎるとき、結子さんがコートを握る強さが変わった気がした。息を潜めている感覚が伝わってくる。

なんだなんだ、今のカップル知り合いなのか?
俺といるの見られたくないとか?
それだったらちょっとショックだな。

「……なに?」

「あー、うーん、ごめん。風よけ」

わざとらしい言い訳。ごめんと言いながら何でもないように笑う。そして去っていったカップルの方に視線を向けた。ほんの少し顔が曇った気がした。

「さっきの人?」

結子さんは一度目を泳がせたあと、俺のもとに視線が戻ってくる。はあ、と小さく息を吐きながら「そ、元彼」と白状した。

若い女と手を繋いで楽しそうに笑っていた。害のない優しそうなタイプでいい人そうな雰囲気だった。面白みのない俺とはまったく違う。結子さんはあれにフラレたのか……。それにしても別れてすぐに彼女(?)ができるとは、なかなかのやり手。いや、もしかして浮気されてた……とか?

結子さんの別れた理由は知らないから、いろいろな憶測が頭をよぎる。

「畑中さんってああいうのがタイプ?」

「はあ? もうタイプでも何でもないわよ。長峰の方がかっこいいわ」

吐き捨てるように言った。しかも、俺の方がかっこいいって。マジか。お世辞でも嬉しい。けど、どう答えるのが正解かわからない。

「あー、俺もそう思います」

たぶん若さでは勝ってるし。背の高さも勝ってるし。どうでもいいけどな。とりあえず否定するのもなんか違う気がするし。

「男はみんな若い子が好きなのよね」

元彼が去った方を見ながら結子さんがしんみりと呟いた。

「そうですか? 俺はさっきの人より結子さんの方が綺麗だと思うけど」

「――!」

結子さんが照れた顔でこちらを見据える。
しまった、心の声が漏れていたようだ。結子さんが綺麗だと思ってるのは本当のことだけど……そう、本当のことなんだ。気持ちに嘘はつけないよな。

結子さんがあまりにも真っ赤な顔をするのでこちらも緊張してしまう。ちょうどいいタイミングで名前を呼ばれたので「あ、名前呼ばれた。行きますよ」と店内へ入ることができた。店員さん、グッジョブ。





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