恋愛対象外に絆される日
大掃除は主にキッチンだった。ガスコンロと換気扇が難所といいながら、シンクには朝食時の洗い物が無造作に置かれている。キッチンはすべて掃除だな。

しかしまあ、あの彼氏と毎年掃除していたのかと思うと、なんだか無性にイラッとした。そいつよりも綺麗にしてやる対抗心がわく。

コートを脱いで腕まくりをした。掃除は嫌いじゃない。とりあえず目の前の食器洗いから始めた。お湯が出る。温かい。

結子さんは部屋の換気をしたりキッチン用の洗剤やビニール手袋などを用意してせかせかと動いている。メインの掃除は俺がやっているけれど、そのための準備とかサポートとか、上手いんだよな。仕事に通ずるものがある。

換気扇とガスコンロのこびりついた汚れを見て、結子さんはまめに料理する人なのだろうと想像した。背後から掃除機の音が聞こえる。ガツンガツンと家具にぶつかる音がやけに荒々しい。なるほど、そういうところは気にならないんだな。結子さんの新しい一面を垣間見た気がして嬉しくなった。

しばらくすると、背後がしんとしている。掃除が終わったのかと振り向けば、ゴミ袋を広げたまま何かを見つめ、うーんと悩んでいる結子さんの姿が目に入った。

「どうしました?」

「いや、ね。元彼の私物を捨てるか返すか迷ってて」

「どれですか?」

「この雑誌とかTシャツとか……」

躊躇っている結子さんの手から強引にもぎ取ってビニール袋へ投げ入れた。あれもこれも、いらない。今すぐ燃やしてやりたい気分だ。

「ちょっと長峰!」

「ゴミ出しの日に出すか、このまま元彼に返すかは結子さんの自由です」

「……ゴミ袋で返されるとかどんな仕打ち」

「仕方ないですよ、結子さんのことをフッたんだから。返されるだけマシですよね? それに結子さんがされた仕打ちのほうがヒドイ」

クリスマスにディナーの約束して別れるとか、ありえないと思う。あの日の結子さんの涙は忘れられない。それに今日だって他の女と楽しそうにしてたし。

結子さんはゴミ袋の中身をしばらく眺めていた。まだ忘れられないのかな。未練はなさそうな感じだけど、実際のところどうなんだろう。

結子さんはふと顔を上げる。
わずかに瞳が揺らいだ。

「私みたいないい女をフッたんだから、捨てても文句ないわよね?」

「当然でしょ」

それくらい強気でいいと思う。
だって結子さんは本当にいい女なんだから。




< 59 / 87 >

この作品をシェア

pagetop