恋愛対象外に絆される日
「結子、何やってるんだ」

フライパンを握りしめて臨戦態勢に入っている私を見て貴文が驚きの声を上げる。そりゃそうか、さっきまで寝ていたから髪もボサボサだし化粧だってほとんどしていない。服だって適当なものを着ているし……。

て、違う違う。

「そっちこそ、何やってるのよ。何で勝手に入ってきてるの?」

「ああ、だって合鍵持ってるし」

悪びれもなく言う貴文の手には、紛れもなく我が家の鍵が握られている。

そうだった、どうしてそのことが抜けていたんだろう。貴文には合鍵を渡していたんだった。そして私も、貴文の家の合鍵を持ったままだ。

「ごめん、私も持ったままだった。返すわ」

「いや、いいんだ。持っててくれて」

「は?」

なんでだよ。別れた男の合鍵なんていらないわ。キーケースから鍵を抜く。突きつけるように差し出した。

「いらない。あなたも私の鍵返して」

「結子……」

ガシッと手首を掴まれてビクッと肩が揺れた。

「なに……」

「俺、結子と別れたくない」

「何言ってるの?」

「あの日はどうかしてた。俺は結子じゃないとダメだ」

縋るように甘えた目で訴えかけてくる。以前の私なら、もしかして許していたのかもしれない。しょうがないなあ、やっぱり私がいないとだめかーって。

でももう違うの。貴文に新しい彼女がいることを知っている。仲良く手を繋いでいたのを見た。どうせ体の関係もあるんでしょう。クリスマスの日だって二人で過ごしてたくせに。

「貴文さ、新しい彼女どうしたの?」

「そんなのいないよ」

「私知ってるんだからね。会社の若い女の子でしょ。デートしてたの見たんだから」

「あ、あれはっ……なんでもないんだよ。本当に同僚ってだけで。あ、綾音ちゃんも知ってるよ、挨拶したことあるから」

「あー、私も知ってるわ。わざとらしく挨拶したらしいわね。そんな昔からその子と付き合ってたなんて知らなかったわ。すっかり騙されちゃった」

「違うんだって」

貴文は喋れば喋るほどボロが出てくるよう。もう、面倒くさい。貴文が浮気してようがどっちが本命だっただろうが、どうだっていい。私はもう貴文とは別れたんだ。未練なんてこれっぽっちもないし、今はもう好きな人ができた。これ以上構わないでほしい。

「ほんの……出来心だったんだ」

「はあ、そうですか」

「離れてみてわかったよ。結子がどれだけいい女だったか」

「そりゃ、どーも」

コイツは何を語り出してるのか。離れなきゃ私の良さがわからないなんて、最低じゃない? 私はコイツの何が好きだったんだろう。ああ、もう考える気力がなくなってきた。頭はガンガンするし、早く帰ってくれないかしら。
< 70 / 106 >

この作品をシェア

pagetop