恋愛対象外に絆される日
思いもよらぬ方向から肩をガシッと抱えられて、驚きで声も出ない。目の前の貴文は私の少し上に視線を向けてポカンと口を開けている。私はその視線を辿って斜め後ろを向けば、ものすごく禍々しいオーラをまとった長峰と目が合った。

不機嫌さを隠そうともしない悪の大王みたいな長峰は「誰?」と短く問う。

「あ、えーっと……元彼」

何だかものすごくやましい気持ちになってしまった私は小さな声でゴニョゴニョと答える。

長峰は私の肩を掴んでいた手を腰に回し、ぐっと引き寄せた。

密着してドックンと心臓が跳ねる。

「ああ、ちょうどよかったです。年末に掃除したんですよ。荷物持って帰っていただけるとありがたいんですけど。もう、必要ないんで」

「結子、これはどういうこと? 誰なの、その男」

「えっと……」

バカ正直に後輩の長峰ですと口をつきそうになったところで、腰に回っている手に力が入った。

「見てわかんないっすか?」

悪の大王……じゃなかった、長峰はものすごく悪い顔をしながら挑発するように言う。

「俺の――」

「待て、聞きたくない。もうわかった」

貴文はそそくさと玄関で靴を履く。一度こちらを見たけれど、すぐにさっと目をそらした。たぶん長峰が威嚇したんだと思う。威圧感が半端ないんだもの。

「もう来ないですよね?」

「……ああ、来ないよ」

「鍵」

貴文は大人しく鍵を長峰に渡すと、逃げるように出ていった。残念ながらゴミは持っていってくれなかった。貴文の家の鍵は返しそこねた。まあ、いっか。

貴文がいなくなって、しんと静寂が訪れる。腰に手は回ったままだから長峰と密着している。今まで近くにいたのに、触れそうで触れられなかった長峰とこんな形で触れることになるなんて。
ああ、息が苦しい。

「……結子さん、どうしてこんなことに?」

「ごめん、説明は後でいい? しんどい……」

ああ、そっか。長峰が腰に手を回したままなんじゃなくて、私が長峰によりかかってたんだ。立ってるのつらいもの。

「ちょ、結子さん?」

私が体重を預けても、長峰はびくともしない。しっかりと支えてくれてる。長峰、さっきは悪の大王みたいだったけど、今はスーパーマンみたいだ。
頼もしいなぁ……。
嬉しいなぁ……。

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