恋愛対象外に絆される日
07
昼過ぎに仕事を終えて、コンビニで適当に見繕う。熱があるなら水分補給が大事だよなと、スポーツドリンクなんかを買い込んだ。

ずっしり重い荷物を抱えて住宅街を歩く。大晦日の日、結子さんの家の大掃除をしておいてよかった。家まで迷わず行けるからだ。

ブラウンと淡いベージュ色のアパートの階段を上がる。インターホンに手をかけたところでガチャっと玄関の扉が開いて思わず手を引っ込めた。

結子さんが出てくるのかと思いきや、半分ほど扉が開いただけ。そして中から話し声が聞こえてくる。

「今すぐ鍵を返して出てって。さもなくば痴漢だって叫ぶわよ」

は? 痴漢? 何の話だよ。
相手の声はよく聞こえない。
とりあえずこの扉を隔てて結子さんがいることだけはわかった。

「ああそうそう、ここのゴミ持って帰ってくれる? あなたの私物だから」

その言葉でわかった。中にいるのは結子さんの元彼なのだと。なぜ結子さんちに来ているのか知らないけれど、一瞬でムカムカとした感情が押し寄せてきた。

「うざい。キモい。名前を呼ぶな」

怒気をはらんだ結子さんの声。元彼とよりを戻すのかと考えが過ったけれど、そうでもないらしい。そのことにほっとしている俺がいる。

いつ出ていこうかと機会を失った俺はしばらく二人の会話に耳を傾けていた。

「あーもう、しつこい。どうだっていいわよ。私はもう貴文のことを好きじゃない。それに好きな人ができたの。誤解されたら困るから、邪魔しないでくれる?」

ちょ、えっ、好きな人だと?
聞き捨てならない。まったくもって聞き捨てならないんですが。そこを詳しく問いただしたい。誰なんだ、結子さんの好きな人って。俺いきなり失恋かよ。くっそー。

いや、今はそんなことよりも一向に出てこない元彼を結子さんから引き離すほうが先決だろう。あの元彼、彼女いるくせに何しにここに来たんだ。

俺は深呼吸ひとつ、半開きだった扉をぐっと握って全開にした。扉と共に倒れてきた結子さんをガッチリと受け止める。結子さんは驚いたのか目を丸くしていた。
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