恋愛対象外に絆される日
結子さんの目の前にいるのはたぶん元彼なんだろう。うどん屋で一瞬見ただけだからよく覚えていない。だから一応「誰?」と聞いてみる。

結子さんは肩をビクリとさせながら、小さく答えた。

「あ、えーっと……元彼」

やっぱりかよ。何しに来たんだよ、こいつ。てか何で家に上がり込んでいるんだ? 結子さんが入れたのか? いや待てよ、鍵を返してとか言ってたな。まさか合鍵持ってたのか? はぁぁぁぁ?

くそっ。イライラする。
さっさと帰れ。

俺は結子さんの腰に手を回して引き寄せ、元彼に見せつけるようにしてやった。

「ああ、ちょうどよかったです。年末に掃除したんですよ。荷物持って帰っていただけるとありがたいんですけど。もう、必要ないんで」

「結子、これはどういうこと? 誰なの、その男」

「えっと……」

「見てわかんないっすか? 俺の――」

「待て、聞きたくない。もうわかった」

結子さんの元彼は焦ったように靴を履く。視線が合えば思い切りそらされた。

「もう来ないですよね?」

「……ああ、来ないよ」

「鍵」

たぶん不機嫌さを隠しきれなかったんだと思う。いつも以上に冷ややかな声が出た。結子さんの元彼は靴の踵を踏みながら逃げるように出ていった。
足音が聞こえなくなってほっと一息つく。

「……結子さん、どうしてこんなことに?」

「ごめん、説明は後でいい? しんどい……」

結子さんの体が前のめりになり俺の胸へ倒れるように寄りかかった。支えて感じる結子さんの熱さと息の荒さ。

「ちょ、結子さん?」

ぐったりとしなだれかかってくる結子さんを受け止めると、ぐっと担いでベッドまで運んだ。

二度目の結子さんの部屋。掃除までしたのだから配置は完璧に覚えている。テーブルの上には乱雑に置かれた薬の袋。飲んだ形跡がなくてため息が出る。

あいつはいつからいたんだ。
部屋に上がり込んだなら薬くらい飲ませてやれよ。

結子さんに関わってほしくないくせに、ちゃんと結子さんを見てくれなかったことに怒りがこみ上げる。理不尽だとは思うが。
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