恋愛対象外に絆される日
ベッドへ完全に沈んだ結子さんに静かに問う。

「インフルエンザなんですよね?」

「……うん」

「なんで薬飲んでないんです?」

俺の言葉に結子さんの目が力なく泳いだ。明らかにやばいって顔だ。そんな顔するくらいなら薬くらいちゃんと飲んでくれよ。

「発症から何時間以内に飲まないと効果がうすいんじゃ……? 何時間か忘れたけど」

「仕方ないじゃない、飲む気力がなかったのよ」

確かにその言葉からは覇気がなく、しんどいのが伝わってくる。それなのに元彼に対して啖呵を切っていたさっきの結子さんはきっと無理をしていたに違いない。

「まったく……。ほら、今すぐ飲んで」

グラスの置き場もわかっている。勝手にキッチンに入って勝手に食器棚を開けてグラスを手に取る。水道水を注いで飲まなきゃいけない薬を確認して結子さんに手渡した。

体を起こしたくなさそうな結子さんの背をそっと支える。思ったよりも小さくて華奢で壊れそうだ。

ゴクンとすべて飲み終わるのを確認してから、コンビニで買ったマスクを無理やりあてがった。そして再びベッドへ戻す。結子さんは大人しく従った。

コンビニで買ったゼリーやヨーグルト、飲み物を勝手に冷蔵庫に入れる。案の定、そういった類のものは入っていなかったから、買ってきてよかったと思う。

しかし――。
俺は先程のことを思い出す。

――「好きな人ができたの。誤解されたら困るから、邪魔しないでくれる?」

それが元彼を追い払う嘘ではないのなら、俺は確実に失恋。まだ結子さんを好きだと自覚して間もないというのに、あっけない。実にあっけない終わり方だ。

――「結子さんは俺の――」

俺の何だ。あのとき元彼が言葉を遮らなかったら俺は何と答えていただろう。答えなくて良かったと思う。危うく公開告白してフラレるところだった。

結子さんは先輩で片想いの相手で、近くにいるのに手が届かない存在。家まで上がり込んでしまったけれど、これは記念だと思おう。
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