恋愛対象外に絆される日
「ここにいるから、少し寝てください」

「……うん」

額に当てていた手をそっと外そうとすると結子さんの手が伸びてきてガシッと掴まれた。そのまま結子さんの首筋へ持っていかれる。

ちょっと待てちょっと待てちょっと待てー!!!
なんだ、どうした、何がどうなった?
俺の心の中、大騒ぎだ。

「気持ちいい……」

そんなことはお構いなしに、結子さんは気持ちよさそうにする。

あ、うん。うん、いいんだ。結子さんがそれでいいなら、俺は何も言うまい。冷え性グッジョブ。存分に結子さんの熱を取るがいい。

ぐったりと横たわる結子さんはとても弱々しくて心許ない。いつも元気いっぱいの姿からは考えられないほど大人しい。

「……熱すぎ。よくそんな高熱でさっきまで啖呵を切っていられましたね」

「……だってあいつ勝手に入ってきたし」

「合鍵?」

「うん、返してもらうの、忘れてた。……それだけだよ」

結子さんの目頭に涙の粒ができあがる。じわじわと湧き上がるそれは今にもこぼれ落ちそうで、そこに結子さんのどんな気持ちが込められているのかまったくわからない。もしかしたら未練や後悔があるのかもしれない。それでも、元彼を追い払うことができてよかったとも思う。

「……それだけなの」

小さな呟きとともにぽろりと涙がこぼれた。
思わず指で拭う。拭った先から涙がまた溜まってゆく。

「……泣かなくても」

何も言葉が思い浮かばない。こんなとき、気の利いたことが言えたらどんなにかっこいいのだろう。俺には結子さんの涙を止めることができない。それが悔しくてやりきれなくて、ぐっと奥歯を噛みしめる。

好きなのに、触れたいのに、これ以上結子さんと距離を詰めることができないなんてあんまりだ。手に届くところにいるはずなのに、届かない。遠い遠い、心の距離。

けれど――。

「…………ながみね……すき」

すぅすぅと寝息を立てる結子さんの口からそんな言葉が漏れた。

俺、本日二度目の動揺。
動揺が激しすぎて言葉を失うどころか、時が止まった。

どれくらいそうしていただろうか。
結子さんが漏らした言葉を頭の中で何度も反芻させる。

好きって言った。
好きって言ったよな。
俺のことを?
本当に?

夢の中を漂っているような気持ち。
ふわふわと掴み所がない。不安定な気持ち。

思わず口元を押さえた。
そしてベッドからずり落ちる。

なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!

ぐぐっと胸が締めつけられた。
そんな俺に動揺をもたらした張本人は、すやすやと静かに眠る。

結子さんが好きな人って……俺だったのか?!

遅れてカアアっと体が熱くなった。
びっくりするくらい心臓がドクドク脈打つ。

本当に?
嘘じゃないよな?
聞き間違いじゃないよな?

だとしたら――。

俺は結子さんを見る。
寝ていても、熱があっても、化粧をしていなくても、結子さんはとても綺麗だ。その存在はいつだって俺に安らぎを与えてくれる。ずっと冷たい世界にいた俺を簡単に溶かしてくれた。光ある世界を見せてくれた。ずっと側にいたい、大切でたまらない人。

それに気づけたことが奇跡だと思った。

だから俺も伝えたい。
結子さんが好きだって、伝えたい。
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