恋愛対象外に絆される日
「はい、じゃあとりあえずマスクして」

新しい不織布マスクを当てがわれる。

「これで顔が隠れますよ」

「そういう問題じゃないんだよ」

マスクで顔が隠れるからって言ったって、それは目から下だけじゃん。髪の毛だってぺっちゃんこだし、なにより私は長峰に良く見られたいのにこんなんじゃ幻滅されちゃうよ。

「結子さんは素っぴんでも可愛いですよ」

「……気を遣わなくていいよ」

「どんな姿でも可愛い。だって俺、結子さんのこと好きだから、全部が可愛くてたまらないと思う」

「え、ええっ?! な、なに?」

聞き間違いかと思った。熱で頭死んでるのかなって、自分の思うように妄想でも始まったのかはたまた夢でも見ているのかと思った。

「だから、結子さんのことが好きです」

長峰がもう一度言う。
まっすぐに綺麗な瞳でこちらを見て。
夢でも妄想でもない、現実――なの?

ぐぎゅるるるる

空気も読まずお腹が鳴った。気づいた長峰がくっくっと笑う。私はただ恥ずかしいだけ。

「とりあえず食べましょう」

「朝から何も食べてなかったのよ」

「元気な証拠っすね」

コポコポと良い音を立てながら、長峰がカップ麺にお湯を注いでくれる。その光景がとても幸せなものに思えた。

「ねえ、ずっといてくれたの?」

「そばにいてほしいって言いましたよね?」

うっ、確かに言った記憶がある。でも私すっかり眠りこけていたし、インフルエンザうつるかもしれないし、明日も仕事があるだろうし、長峰には何も良いことないのに。

「ごめん、迷惑かけて」

「嘘ですよ。俺が結子さんのそばにいたかっただけ」

「でも私、寝てただけ」

「よく眠れたみたいでよかったです。寝顔もめちゃくちゃ可愛かったので迷惑どころか得した気分」

長峰はニッと笑う。
寝顔が可愛いだとか言われたことなくて、素直に受け取っていいのか戸惑う。だけどその言葉がじわじわと浸透してくると妙にくすぐったい気持ちになってしまう。嬉しいって思ってしまう。

なんてこった。寝て起きてもやっぱり私は長峰が好きで、そして彼も私を好きだと言ってくれて、嬉しさのバロメーターが振り切れそうになっている。

まだ今年始まったばかりだよ。
幸先良すぎない?
まさか神様の仕業ですか?
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