妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音

老舗旅館の跡取りはできない

記憶の中の母は、美しかった。
若い頃の写真は女優さんのようだ。
祖母は<小町>と呼ばれるほど、この界隈で有名な美人だった。

三代目の天音(あまね)は濃紺のスーツ姿で腕組みをして、旅館の玄関に立っていた。
これから来る客を、もてなさねばならない。

三代目女将(おかみ)として、この紅葉(くれは)旅館の、最初で最後の仕事だ。
その客とはこの旅館を買う目的で、視察に来る人。

仲介の不動産屋の話では、外資の大手ホテルチェーンと関連する会社らしい。

敷地だけは広いから、家屋はブルドーザーでぺしゃんこにつぶして、新しいリゾートタイプのホテルにするのではないか・・

と、やり手にはとても見えない、純朴な地元の不動産屋のおっちゃんは話をしていた。

紅葉(くれは)旅館とは・・
日本庭園と紅葉、大木のもみじが、素晴らしいので有名だった。

女将である祖母の美貌で集客し、母の美貌で繁盛して・・・
今は廃業するかの瀬戸際だ。

天音には残念ながら、武器となる美貌は、持ち合わせていない。

この旅館は、代々美貌で愛想のいい女将たちの力で、経営が成り立っていた。

明治の道路の開通や、昭和の地方再生、社員旅行などの団体客で賑わう時代もあった。

祖父は趣味、文化人で、有名画家や作家などを、長逗留させていた。

有名作家の書き散らした、屏風や色紙も、数多く残っている。
廊下に、田舎旅館には似つかわしくない、大きな日本画が飾られている。

川沿いにある柳の精のように、たおやかな美人画が連作でかけてある。
ややうつむき加減だが、しっとりと抒情ある女性。

大正ロマン風だが、どうやら祖母がモデルらしい。
有名画家が、宿代の代わりに描いたという。

祖父は美しい伴侶を持ちながらも、浮気をして愛人もいた。
それもあって、プライドの高い祖母は、女将業に執念を燃やしたのかもしれない。
< 1 / 37 >

この作品をシェア

pagetop