妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
「ダルシマー・・?」
天音が聞き返すと、久遠は冷酒をくいっと飲み干してから
「ああ、ケルト音楽にもよく使われる楽器でさ。癒しの音って言われるんだ」

そう言いながら、スマホで、久遠は検索を始めた。
「ほら、これ・・聞いて?すごくきれいだから」

それはオルゴールのように美しい。
天から光が降るような、余韻が広がるような音色だった。
森の中の木漏れ日、小川の水面がキラキラするようなヒーリングミュージック。

「天音ちゃん、一緒に食べよう。酒も飲めるよね」

五個年下の男に、「ちゃん」呼びされるのは、抵抗がある。
天音は躊躇したが、ここはお客である、彼のリクエストなのだ。

この旅館を少しでも高く売却するためには、大切な客にむげな扱いはできない。

「ごしょうばんさせていただきます」
天音が言うと
「ゴショウバン?って・・・」
久遠は、またスマホで検索している。

「一緒に食べてOKってことね。
日本語は難しい・・敬語も、いろいろバリエーションあるから」

久遠は猫舌で、箸先にひっかかった肉をフーフーしている。

疲れているのだろうし、酒を飲ませて、早く寝かせたほうがいいのだろう。
天音は素早く、空のグラスに冷酒を注いだ。

「ああ・・うまいなぁ、この酒、のどごしがいい」
久遠は息を吐いて、満足げにうなずいた。

のどごし・・・っていう日本語は、知っているんかい?
天音はつい心の中で、突っ込んでいた。

「天音ちゃんも飲んで・・どうぞ」
久遠がグラス一杯に、冷酒を注いだ。
「いただきます」

天音は正座をして、一気に飲んだ。
「この旅館さ、何か面白い話とかある?」

「そーですねぇ。祖父は、文化人が好きで、芸術家をただで泊めたりしたので。
そのお礼というか、宿賃としてもらった掛け軸とか、色紙とか、書き散らした原稿用紙とか、いっぱい段ボールにはいっています。」

その処分には、頭が痛い。
いっそこの旅館と一緒に、全部引き取ってもらおうか・・・
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