妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
「異界の住人でしょうか。小さなこどもの妖怪のようです。
私は、祖母から聞いたのですが、
明治時代、祖母がまだ幼い頃の話ですが・・・」

久遠の箸が、宙で止まっている。

「こどものキャッキャッ笑う声と、パタパタ走る音がするので。
祖母が、誰か遊びに来ているのかと、ふすまを開けると誰もいない。
ふすまを閉めると、また笑い声が聞こえる。
廊下に回ると、障子に着物姿の男の子と女の子が、追いかけっこしている影が映っている。」

ヒュウーーー

風の音が、古い窓を鳴らし、効果音をもたらした。

「グェェエェエェーー」
久遠が奇妙な悲鳴をあげて、飛び跳ねた。

「やだやだ・・・!!天音ちゃん!!」
久遠が、正座している天音に抱きつき、押し倒した。

ヒューー、ガタガタ

風が強くなっているのだろう。
立て付けの悪い窓枠が、泣くように音をたてる。
「こわいよぉ、一人でトイレに行けないよぉ?」

久遠にいきなりの寝技に持ち込まれ、天音は足がしびれて動けない。

「座敷童は・・怖くないです!」
と、トンチンカンな返事をしてしまった。

「こえーよぉ・・天音ちゃん、俺を一人にしないでぇ・・」
がっちりと腕をホールドされている。
天音も日本酒のせいで、脳みその回転がうまくいっていないのだろう。

「うちはぁ、そういうサービスは、していません!!」

ここはお化け屋敷か?それともデリヘル斡旋か?
どちらでもない。
酔っぱらった頭で、しびれた足でジタバタ抵抗していると、ふっと久遠の腕が緩んだ。

「ふへっ?」

久遠は目を閉じていた。
「おい、おい、おい」
天音は肩をゆすったが、起きる気配がない。泥酔して眠っている。

「あああーーー、まったくぅ」
久遠は長い体を、畳の上で「く」の字に曲げて眠っている。

浴衣が完全にはだけて、腹筋が見える。
シックスパックかぁ。
筋トレが趣味なのか、いい体してるじゃん。
ついでに美形だし。

しかしながら・・・まさか、あんな怖がりとは・・・
天音は何とか起き上がると、のろのろと押入れから布団と枕を出した。
あいている場所に、布団を敷いた。
それから、久遠に別の布団をかけてやった。

こっちも相当に眠いし、酒がまわっているのでだるい。
「うーーーーーんと」
もし、こいつが目を覚まして、部屋に誰もいなかったら

「こわぁーーーーいい」
とか叫んで、旅館内を爆走したらどうするか。
こいつのガタイでパニクられたら、女の腕では押さえられないだろう。

天音は毛布をかぶり、部屋の隅の柱に寄りかかった。
食器の片づけは、早朝にやればいい。
三代目女将の仕事は、後回しでいい。
天音の瞼は重く、閉じられた。
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