妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
客室を出ると天音は、玄関前のロビーのソファーで、ぐたっと体を沈めるように座っていた。
本当に疲れた・・・目を閉じると・・・

「カレイシュウ」という単語が、脳内をかけめぐる。
また眠ってしまったのか、肩を軽く叩かれた。

「天音ちゃん、天音ちゃん」
顔を上げると、久遠がニコッと笑って、よれよれTシャツ・ジーンズ姿で、目の前に立っていた。

「あ、あ、タカハラ様、お食事をなさいますか?」
「うん、そうだね。腹減ったな」

時計を見ると、11時30分だ。
天音が、急いで立ち上がると、

「俺が持ってきたマサラティー、作るわ。一緒にご飯食べよう」
ご飯はある。レトルトカレーのパックもある。

久遠はすぐに厨房に入り、冷蔵庫を開けた。
「ミルクもらうよ」
鍋にミルクを沸かし、緑色の小さな粒を割っていくつか入れた。

「それって・・何ですか?」
天音が、興味深々で聞くと
「カルダモン・・これが大事なんだ」
久遠は楽し気に答えた。
「シナモン、クローブ、ジンジャー・・・俺、好きなんだよね」

久遠は歌うように、鍋にスパイスを放り投げていく。

スパイスの臭いが、湯気と共に立ってくる。
天音も冷凍ごはんをレンジで温めて、カレーの準備を始めた。

カレイシュウ・・やっぱり気になる。
「あのぉ・・私、変なにおいしますか?」

天音はためらいながら・・でも、その気持ちをごまかすために、カレーを皿に盛りつけながら聞いた。

「へ?いや、そんな事ないよ」

久遠は慎重に鍋から、マサラティーを茶こしでこしてカップに注いでいる。

天音は額にしわを寄せて、詰め寄るように声を低くして
「朝、加齢臭って言いましたよね」

久遠はマサラティーをスプーンですくって、ふーっと息を吹きかけてから
「ああ、カレイシュウってどんな意味?
そんで、忘れないうちに、聞こうと思っていたんだ」
味見をしてうなずいている。

その姿を見て、天音はあきれ果てていた。
朝一で女に「カレイシュウ」なんてささやく男がいるのかぁ?

いや目の前にいる!
カレーの臭いとスパイスの甘い匂いが、厨房に広がる。

「カレイシュウとは・・オヤジ臭い・・脂っぽい不快な臭いですよ!!」

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