妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
リッジモンド・・・確か、パスポートにあった名前だ。

「日本では、まだ、なじみのない会社ですが、欧米では、老舗ホテルチェーンで有名な会社です。
今は、世界各地に展開しています」
近藤が微笑んだ。

「ここは純粋に・・昔からの日本旅館ですね。
エキゾチックで旅行者受けするって、久遠が言っていました。
インバウンド需要が広がる中、妖怪ホテルはインパクトがある・・」

近藤は再び、天音を見て微笑んだ。
妖怪ホテルと断定されても困るのだが・・・

「ええ、でも、その話は明治の、この建物の前の旅館の話ですから」
天音は焦って、訂正をした。

「そうですか・・でも庭も広大だし。温泉、露天風呂もあるのですね」
近藤はスマホを出して、スクロールして確認している。
たぶん久遠が送った画像だろう。

「ここを、とても久遠が、気に入っていて・・
今後の売却について問題があれば、法務についてご相談にものりますので。」
そう言って、近藤はボールやざるを抱えた。

「ありがとうございます」
天音は頭を下げた。
この人は、信頼できるのだろうな・・・

窓の外では、大型のテントが組みあがっている。
いつのまにかキャンピングカーも2台ほど来ている。

BBQの肉の焼ける匂いと、たき火。
大声で飛び交う英語の会話、ギターの音、陽気に騒いでいる。
彼らは宿泊をしないと、近藤が言った。
持ち込んだテントやキャンピングカーで、寝るらしい。

「妖怪ホテルは・・・怖いらしいです。彼らは夜通し騒ぐつもりですから」
近藤はそう言うと、おかしそうに顔を歪め、厨房から借りた道具を台の上に置いた。

「明日は、何時にお帰りですか?」
天音が聞いた。
近藤は、腕時計を確認して、
「久遠が本社に呼び出されて、飛行機の時間があるから・・
朝5時30分出発ですね。車の手配をしてあります。」

「わかりました」
朝食は・・・すぐに食べられるように、おにぎりを準備しておこう。
近藤が出ていくと、天音はすぐに米をとぎ始めた。

皆、ビールを飲んで、盛り上がっている。
せっかくだから日本酒も、出したほうがいいのかな。

外の井戸にもう一本置いてあるはず。
天音が厨房の裏口から出て、井戸に向かった時だった。

少し先の茂みで、男女が抱き合っている・・・のが視界に入った。
久遠とあのモデルのように美しい、大柄のブロンドの女の人。

そしてキスをしていた。
それも・・長い・・・ディープキスだ。

天音は後ずさりした。
音を立てないように注意して、厨房に戻り座り込んだ。

自分は・・何を、期待していたのだろう。
一人で舞い上がって・・バカみたいだ。

久遠は、単なる客の一人だ。
それも、この旅館の最後の・・・

もみじの枝が風で揺れる。

黒っぽい鯉は日陰の石の下で、隠れるように生きるのが身の丈に合っている。
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